二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと

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36.タイアンの独白①

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「あの子はどこから話しましたか?」

「最低な父親がいるとだけ。詳しいことはあとで聞くことになってました」

 今度な、と約束してくれた。あの時、私達は今度なんて来ないと思っていたけど、もし今度があったら教えてくれていたと思う。

 タイアンは目を伏せ「では、最初から」と話し始めた。

「私はある人を好きになりました。王宮侍女として仕えていた子爵令嬢セリーヌです。私は彼女との結婚を望みました。だが、妬んだ者達は些細な意地悪を彼女にするようになった。そして、ある日『好きではなくなりました、さようなら』と手紙を残して彼女は王宮から去りました」

 身分違いの恋を周囲は歓迎しなかったのだ。きっと彼女は耐えられなくなったのだろう。
 彼は俯いたまま深く息を吐いた。

「女性ひとりすら守れない頼りない男だと、愛想を尽かされたのだと思いました。臆病な私は追いかけなかった。軽蔑の眼差しを向けられるのが怖かったんです。彼女のこの目だけを覚えておきたかった」

 彼は胸元から懐中時計を取り出すと、それを開いて私に差し出した。蓋の内側には絵姿が挟んであった。

 この人がセリーヌ様……。

 紫銀の髪も、目元も、口元もルークライにそっくりで、一目で親子だと分かる。穏やかでとても優しそうな眼差し。ルークライが私を見る目に似ている。

 私が返すと、彼はそれを大切そうにまた胸元に仕舞う。

「未練がましい私は、綺麗な思い出にしがみついて生きる道を選びました。王位継承権を放棄したのも、独身を貫きたかったからです」

 そう言えば、王位継承権を有する直系の王族はある程度の歳までにみな婚姻を結んでいる。法で定められていなくとも、次世代を残す義務を課せられているのだろう。

 放棄してまでも貫きたかった愛は、軽い想いではなかったはず。

 もし追いかけていたらルークライは早くに母を亡くさなかったかもしれない。そう思えば、身籠っているのを知らなかったとしても、タイアンの罪は重い。

 軽蔑して構いませんと言った意味が分かった気がした。 


「七年前、面談でルークライに会いました。この子はセリーヌの子だと、彼女は幸せに生きているんだと、私は歓喜しました。亡くなっている事実を知らずにね……」

 タイアンは自分自身を嘲笑うようにそう告げる。

 面談とは魔法士の才がある者達が受けるもので、それに受かれば晴れて見習いとなれる。確か、ルークライがそれを受けたのは養い親の家を出る少し前だった。

 ルークライの母は働きすぎて体を壊したと聞いたことがある。最低な父親と言っていたのは、母のことを思ってだろう。……確かにそう思っても当然だ。

「そのあと親子鑑定をしてルークライを引き取ったのですね?」

「鑑定はしてません」
 
「えっ……」

 ルークライの容姿はタイアンに似ていない。魔法士の才は血で受け継がれるからといって、ルークライがタイアンの子だという証明にはならない。

 まさか彼女が姿を消したとき、自分の子を身籠っているのを知っていた? 

 沸々と怒りが込み上げてくる。私は車椅子から立ち上がって、これ以上ないくらい軽蔑の眼差しを目の前の男に向けた。

「あなたは、父親を名乗る資格はありません」

「分かっています、自分が一番ね」

「身籠っていると知りながら、どうして追いかけなかったんですか!」

「……知らなかったんですよ」

 彼は絞り出すようにそう答えると、面談のあとの自身の行動を語った。

 彼はルークライの出自を調べてセリーヌが未婚の母だったこと、亡くなったことを知ったそうだ。そして、最後に住んでいた家に足を運ぶと、そこで大家に『捨てられなかったから』と彼女の遺品を託された。その中には日記もあったという。

「そこには私が知らなかった事実が書かれていました」

「それは私が聞いてもいいことですか?」

「あなたにはすべてを伝えておきたい。いつかあの子が真実を知った時に支えてあげて欲しいんです」

 私は深く頷いた。支えたいからこの話を始めたのだ。彼は安堵の息を吐きながら頭を下げ、それからゆっくりと顔を上げる。
 
「彼女は王宮を去る前に暴漢に襲われたそうです。妬んだ者が仕組んだことでしょう。つまり、私のせいです」

 衝撃の事実に言葉を失う。

 違いますとは言えなかった。仕組んだ者が一番悪いけれども、彼の権力を最大限に使えば排除出来たかもしれない。……でも、実際は無理なのだろう。
 悪意など誰でも抱えており、それを実行に移すかどうか見極めるのは難しい。権力とは諸刃の剣。ひとつ間違えれば、冤罪を生んでしまうことになる。
 
 私は何も言わずに耳を傾ける。

「日記には彼女の苦悩が綴ってありました。出産当日は『とても可愛い子。だけど愛せる自信がない。だって、この子は……』と。字は涙で滲んでいました」

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