25 / 62
24.嫌われる勇気①
しおりを挟む
この展開にザラ王女の顔から笑みが消えていく。侍女達もどうして良いか分からずに落ち着きを失っている。
私もタイアンの言葉は意外だった。
彼は公平な人だから、無条件に王女の肩を持つことはないと信じていた。でも、もっと姪である王女に寄り添った――この場で責めることなく、あとで窘めるような形で事を収めると思っていた。
私の中でもともと高かった彼への評価が急上昇する。
そして、もっと意外だったのは王女の反応だった。しゅんと、してしまったのだ。
彼に言われたのが堪えているようだった。きっと彼女にとってタイアンは大好きな叔父なのだろう。
その気持ちは分かる。王位継承権を放棄したことで変わり者と言われているけど、彼はみなから好かれている。
「ごめんなさい、叔父様」
「謝罪する相手を間違えていますよ、ザラ」
「シャロン様。……ただの偶然を勘違いして申し訳ありませんでした」
濡れ衣を着せようとしたのに、勘違いで済ませるつもりのようだ。本当に勝手な王女様。どうしてルークライが彼女を選んだのか分からない。
本当に見る目がないな……。
そう思いながら、私は頬を無理矢理緩ませる。報告書の作成がまだ終わっていないので、さっさと終わりにしたい。
「誤解が解けて良かったです」
王女はこれでいいですよね? という感じでタイアンを窺い見る。叔父に嫌われないための謝罪なのだ。まあ、いいけど……。
よく出来ましたというように、タイアンは彼女に笑みを返した。
「では、リディア、早く戻りましょう。今日の分の報告書がまだですよね。それから、ザラ」
「アクセル叔父様、なんでしょうか?」
王女は嬉しそうに答えた。
「今日のことは兄上に報告しておきます。それと、三度目がないことを心から祈っていますよ。私とて姪を嫌いにはなりたくないので」
「……分かりました、叔父様」
王女の声が分かりやすく萎む。素直な人なのだろう。
溺愛されて育ったからか自分本位なところがある。でも、彼女の魅力によって、それは天真爛漫という表現に変わる。
私をこの場に呼び出さずに、明日公衆の面前で貶めることも可能だった。それを考えたら、性根は腐っていない――百歩譲って天真爛漫で間違ってないのもしれない。
……けど、やはりルークには似合わないと思う。
タイアンは私の背に軽く手をあてエスコートするように空中庭園から退出した。
ふたり並んで歩いていると、すれ違う人達が恭しく道を譲ってくれる。彼が王弟だからだ。早く戻って報告書を仕上げたいので助かる。
「リディア。ザラが本当に申し訳ありませんでした。そして、何があったか教えてくれませんか? 正確に把握しておきたいので」
私は頷いてから、呼び出された後のこと話した。
今回はシャロンのこともちゃんと伝える。そうしないと王女の行動の辻褄が合わなくなってしまうから。もちろん、『私の憶測ですけど』と最後に付け加えた。証拠はないから。
彼は聞いている途中で何度も謝ってきた。特に頬を叩いたと知った時は、土下座する勢いだったので必死で止めた。本当に姪とは大違いである。
そして、私の話を聞き終わった彼は首をひねった。
「だいたい予想通りでしたが、一点だけ疑問があります。ザラとルークライが互いに想い合っている関係という前提ですが、これはどこからの情報ですか?」
彼の指摘に、私は目を泳がせる。勢いでつい話してしまったけど、これはまだ公になっていないことだった。
どうしよう……。
シャロンの名は出せない。
今回のことは勘違いして注進に及んだ彼女にも落ち度がある。だから、今度あったら注意するつもり。でも、それはそれだ。
「あの……、えっと、小耳に挟んで。でも、タイアン魔法士長もそれを知っていたからこそ、あの判断だったのですよね?」
「いいえ、違います。私は王族が使うはずない布とザラの様子、それからあの子が誰かさんに熱を上げているのを知っていただけです」
「では、ふたりが婚約間近というのは誤りですか?」
期待から思わず声が上ずってしまう。
「さあ、どうでしょうか? 私は王弟ですが、数多いる王族のひとりに過ぎません。情報が私のところにおりてくるのに、時間がかかることもありますので」
「……そうですよね」
たぶん、まだ彼が知らないだけだろう。糠喜びに終わってしまった。私が曖昧な笑みを受かべて落ち込んでいるのを誤魔化していると、彼が窺うように覗き込んでくる。
「仮に、婚約の話が事実だとしたら、リディアはどう思いますか?」
「……」
もの凄く嫌だ。ルークライには幸せになって欲しいから。
ここでの正しい返事は『祝福します』の一択だ。でも、言いたくなかった。この前はルークライにおめでとうと言ったけど、あの時はザラ王女がこんな人なんて知らなかった。
今、祝福しますと言ったら、彼の不幸せを望んでいると言うのと一緒だ。
答えない私にむかって、タイアンは「ここだけの話ですから」と軽く片目をつぶってみせる。
「どうぞ、忌憚ない意見を聞かせてください、リディア。ルークライの妹として」
私もタイアンの言葉は意外だった。
彼は公平な人だから、無条件に王女の肩を持つことはないと信じていた。でも、もっと姪である王女に寄り添った――この場で責めることなく、あとで窘めるような形で事を収めると思っていた。
私の中でもともと高かった彼への評価が急上昇する。
そして、もっと意外だったのは王女の反応だった。しゅんと、してしまったのだ。
彼に言われたのが堪えているようだった。きっと彼女にとってタイアンは大好きな叔父なのだろう。
その気持ちは分かる。王位継承権を放棄したことで変わり者と言われているけど、彼はみなから好かれている。
「ごめんなさい、叔父様」
「謝罪する相手を間違えていますよ、ザラ」
「シャロン様。……ただの偶然を勘違いして申し訳ありませんでした」
濡れ衣を着せようとしたのに、勘違いで済ませるつもりのようだ。本当に勝手な王女様。どうしてルークライが彼女を選んだのか分からない。
本当に見る目がないな……。
そう思いながら、私は頬を無理矢理緩ませる。報告書の作成がまだ終わっていないので、さっさと終わりにしたい。
「誤解が解けて良かったです」
王女はこれでいいですよね? という感じでタイアンを窺い見る。叔父に嫌われないための謝罪なのだ。まあ、いいけど……。
よく出来ましたというように、タイアンは彼女に笑みを返した。
「では、リディア、早く戻りましょう。今日の分の報告書がまだですよね。それから、ザラ」
「アクセル叔父様、なんでしょうか?」
王女は嬉しそうに答えた。
「今日のことは兄上に報告しておきます。それと、三度目がないことを心から祈っていますよ。私とて姪を嫌いにはなりたくないので」
「……分かりました、叔父様」
王女の声が分かりやすく萎む。素直な人なのだろう。
溺愛されて育ったからか自分本位なところがある。でも、彼女の魅力によって、それは天真爛漫という表現に変わる。
私をこの場に呼び出さずに、明日公衆の面前で貶めることも可能だった。それを考えたら、性根は腐っていない――百歩譲って天真爛漫で間違ってないのもしれない。
……けど、やはりルークには似合わないと思う。
タイアンは私の背に軽く手をあてエスコートするように空中庭園から退出した。
ふたり並んで歩いていると、すれ違う人達が恭しく道を譲ってくれる。彼が王弟だからだ。早く戻って報告書を仕上げたいので助かる。
「リディア。ザラが本当に申し訳ありませんでした。そして、何があったか教えてくれませんか? 正確に把握しておきたいので」
私は頷いてから、呼び出された後のこと話した。
今回はシャロンのこともちゃんと伝える。そうしないと王女の行動の辻褄が合わなくなってしまうから。もちろん、『私の憶測ですけど』と最後に付け加えた。証拠はないから。
彼は聞いている途中で何度も謝ってきた。特に頬を叩いたと知った時は、土下座する勢いだったので必死で止めた。本当に姪とは大違いである。
そして、私の話を聞き終わった彼は首をひねった。
「だいたい予想通りでしたが、一点だけ疑問があります。ザラとルークライが互いに想い合っている関係という前提ですが、これはどこからの情報ですか?」
彼の指摘に、私は目を泳がせる。勢いでつい話してしまったけど、これはまだ公になっていないことだった。
どうしよう……。
シャロンの名は出せない。
今回のことは勘違いして注進に及んだ彼女にも落ち度がある。だから、今度あったら注意するつもり。でも、それはそれだ。
「あの……、えっと、小耳に挟んで。でも、タイアン魔法士長もそれを知っていたからこそ、あの判断だったのですよね?」
「いいえ、違います。私は王族が使うはずない布とザラの様子、それからあの子が誰かさんに熱を上げているのを知っていただけです」
「では、ふたりが婚約間近というのは誤りですか?」
期待から思わず声が上ずってしまう。
「さあ、どうでしょうか? 私は王弟ですが、数多いる王族のひとりに過ぎません。情報が私のところにおりてくるのに、時間がかかることもありますので」
「……そうですよね」
たぶん、まだ彼が知らないだけだろう。糠喜びに終わってしまった。私が曖昧な笑みを受かべて落ち込んでいるのを誤魔化していると、彼が窺うように覗き込んでくる。
「仮に、婚約の話が事実だとしたら、リディアはどう思いますか?」
「……」
もの凄く嫌だ。ルークライには幸せになって欲しいから。
ここでの正しい返事は『祝福します』の一択だ。でも、言いたくなかった。この前はルークライにおめでとうと言ったけど、あの時はザラ王女がこんな人なんて知らなかった。
今、祝福しますと言ったら、彼の不幸せを望んでいると言うのと一緒だ。
答えない私にむかって、タイアンは「ここだけの話ですから」と軽く片目をつぶってみせる。
「どうぞ、忌憚ない意見を聞かせてください、リディア。ルークライの妹として」
1,747
お気に入りに追加
3,842
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
結婚しましたが、愛されていません
うみか
恋愛
愛する人との結婚は最悪な結末を迎えた。
彼は私を毎日のように侮辱し、挙句の果てには不倫をして離婚を叫ぶ。
為す術なく離婚に応じた私だが、その後国王に呼び出され……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。
鍋
恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。
キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。
けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。
セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。
キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。
『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』
キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。
そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。
※ゆるふわ設定
※ご都合主義
※一話の長さがバラバラになりがち。
※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。
※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】婚約破棄され毒杯処分された悪役令嬢は影から王子の愛と後悔を見届ける
堀 和三盆
恋愛
「クアリフィカ・アートルム公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する」
王太子との結婚を半年後に控え、卒業パーティーで婚約を破棄されてしまったクアリフィカ。目の前でクアリフィカの婚約者に寄り添い、歪んだ嗤いを浮かべているのは異母妹のルシクラージュだ。
クアリフィカは既に王妃教育を終えているため、このタイミングでの婚約破棄は未来を奪われるも同然。こうなるとクアリフィカにとれる選択肢は多くない。
せめてこれまで努力してきた王妃教育の成果を見てもらいたくて。
キレイな姿を婚約者の記憶にとどめてほしくて。
クアリフィカは荒れ狂う感情をしっかりと覆い隠し、この場で最後の公務に臨む。
卒業パーティー会場に響き渡る悲鳴。
目にした惨状にバタバタと倒れるパーティー参加者達。
淑女の鑑とまで言われたクアリフィカの最期の姿は、良くも悪くも多くの者の記憶に刻まれることになる。
そうして――王太子とルシクラージュの、後悔と懺悔の日々が始まった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
あなたには彼女がお似合いです
風見ゆうみ
恋愛
私の婚約者には大事な妹がいた。
妹に呼び出されたからと言って、パーティー会場やデート先で私を置き去りにしていく、そんなあなたでも好きだったんです。
でも、あなたと妹は血が繋がっておらず、昔は恋仲だったということを知ってしまった今では、私のあなたへの思いは邪魔なものでしかないのだと知りました。
ずっとあなたが好きでした。
あなたの妻になれると思うだけで幸せでした。
でも、あなたには他に好きな人がいたんですね。
公爵令嬢のわたしに、伯爵令息であるあなたから婚約破棄はできないのでしょう?
あなたのために婚約を破棄します。
だから、あなたは彼女とどうか幸せになってください。
たとえわたしが平民になろうとも婚約破棄をすれば、幸せになれると思っていたのに――
※作者独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
「いなくても困らない」と言われたから、他国の皇帝妃になってやりました
ネコ
恋愛
「お前はいなくても困らない」。そう告げられた瞬間、私の心は凍りついた。王国一の高貴な婚約者を得たはずなのに、彼の裏切りはあまりにも身勝手だった。かくなる上は、誰もが恐れ多いと敬う帝国の皇帝のもとへ嫁ぐまで。失意の底で誓った決意が、私の運命を大きく変えていく。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約破棄された令嬢のささやかな幸福
香木陽灯(旧:香木あかり)
恋愛
田舎の伯爵令嬢アリシア・ローデンには婚約者がいた。
しかし婚約者とアリシアの妹が不貞を働き、子を身ごもったのだという。
「結婚は家同士の繋がり。二人が結ばれるなら私は身を引きましょう。どうぞお幸せに」
婚約破棄されたアリシアは潔く身を引くことにした。
婚約破棄という烙印が押された以上、もう結婚は出来ない。
ならば一人で生きていくだけ。
アリシアは王都の外れにある小さな家を買い、そこで暮らし始める。
「あぁ、最高……ここなら一人で自由に暮らせるわ!」
初めての一人暮らしを満喫するアリシア。
趣味だった刺繍で生計が立てられるようになった頃……。
「アリシア、頼むから戻って来てくれ! 俺と結婚してくれ……!」
何故か元婚約者がやってきて頭を下げたのだ。
しかし丁重にお断りした翌日、
「お姉様、お願いだから戻ってきてください! あいつの相手はお姉様じゃなきゃ無理です……!」
妹までもがやってくる始末。
しかしアリシアは微笑んで首を横に振るばかり。
「私はもう結婚する気も家に戻る気もありませんの。どうぞお幸せに」
家族や婚約者は知らないことだったが、実はアリシアは幸せな生活を送っていたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる