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22.鴉の居場所

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 狩猟大会まであと一週間と迫ったある日。
 魔法士達が集う部屋は、視覚的にはとても華やかだった。なぜなら、みな私服で出勤しているから。狩猟大会で着る服は自由だけど事前に確認するらしく、今日がその日だった。

 なのにその華やかさは、神妙な面持ちで自分の席に座っていた魔法士達によって打ち消されていた。
 私は隣の老魔法士に声を潜めて話し掛ける。

「あの、なんか変ですよね? ピリピリしているというか……」

「そうか、リディアは狩猟大会は初めてじゃったな」

「はい。昨年はまだ見習いだったので」

 狩猟大会では特定の誰かを警護するわけではない。不測の事態に備えての配置だから、臨機応変な対応が難しい見習いは参加しないのだ。

「今日はタイアン魔法士長が豹変する日じゃ。にな」

 まさか、と私は吹き出す。魔法士は攻めではなく守りに徹するからか、総じて穏やかな人が多い。その中でもタイアンは断トツだ。一番悪魔から縁遠い人だろう。

「笑ってられるのも今のうちじゃ」

 老魔法士はそう言うと「悪魔退散、悪魔退散……」と呟き始める。周りをよく見れば、彼以外にもそんな人がたくさんいた。

 悪いものでも食べたのかなと首を傾けていると、離れた席に座るルークライと目があった。良かった、彼はいつも通りで爽やかだ。
 彼がひらひらと手を振ってくれたので、私もにっこりと応える。


『おめでとう』と言えた日から数日経っていた。

 私は今みたいに彼の前でちゃんと笑えている。
 でも時々、どうしようもなく胸が苦しくなる時もあった。その時は、染みない湿布のお世話になっている。

『ほれ、貼っとくかの? 可愛い顔が腰痛になりそうじゃぞ』

『……ぅぅ、なんで分かるんですか?』

『亀の甲より年の功じゃよ』

 老魔法士はいつも何も聞かない。けれども、すべてお見通しなのだと思う。

 私は彼の心遣いに支えられている。そして、そっと見守ってくれている他の魔法士達にも。
 
 お互いに無理して距離を詰めることはない――自然体なのに心地よい関係。本当の家族から得られなかったものを、私は他人である彼らから貰っている。

  ……私が思っているよりも、血の繋がりは重要ではないのかもしれない。



 始業の鐘が鳴ると、一番前の席の魔法士がおずおずとタイアン魔法士長の前に進み出る。どうやら、服装の確認作業が始まるようだ。タイアンはゆっくりと上から下へと視線を動かす。

「不合格です」

「魔法士長、どうしてですかっ! 今年は平凡な服を着てきたのに……」

「平凡と言うよりはダサいです。はい、次」
 
 悪魔もといタイアンの判定と、嘆きの叫びが交互に響き渡る。
 緊張感が漂っていたのは、私服のチェックが厳しいとみな知っていたからだ。いつもはあんなに穏やかなのに、服には煩い――ではなく美意識が高いようだ。

 順番が来た老魔法士は右手右足を一緒に出すという奇妙な動きで前に歩いていく。
 その五分後。若作りし過ぎという理由で不合格になった彼が、トボトボと席に戻って来る。
 私がそっと染みない湿布を渡すと、彼はペシッと顔に貼った。……恩返しができて良かった。


 結局、合格は半分くらいで、なんと私もその中のひとりだった。理由は『まあ、いいでしょう。息子の恋人という感じなので合格です』という意味不明なものだったけど、合格は合格だ。
 
「リディア。お互いに合格で良かったわね。さあ、服を侍女達の支度部屋に持っていきましょ。狩猟大会までそこで保管しておくのが慣例なのよ」

 声を掛けてきたのは年齢不詳の美魔女魔法士――キューリ。今、魔法士のなかで女性は私と彼女だけ。こうして知らないことを教えてくれるので心強い存在だ。

 ふたり並んで廊下を歩いていると、前方からシャロンがやって来る。たぶん、友人である王女に招かれたのだろう。
 道を譲るために端に寄ったが、彼女は私達の前で立ち止まる。

「シャロンお姉様、お久しぶりです。魔法士様、お目にかかれて光栄です。妹のシャロンと申します」

「こちらこそお会いできて嬉しいですわ。魔法士ですので、名乗りは割愛させていただきますね」

 シャロンは私達に向かって交互に顔を向け、それから私が持っている服を指さす。

「……ところで、それは何でしょうか?」

「狩猟大会のときに私が着る服よ。制服は禁止されているから」

「素敵な薄紫色ですね。触ってもいいですか?」

「ええ、どうぞ」

 彼女はじっくりと眺めながら、いつどこで買ったのか尋ねてきたので、私は教えてあげた。

 安価な服なので、実際に彼女が買うことはないだろう。マーコック公爵家はオーダーメイドしか着ない。でも、目が肥えた彼女から見ても素敵な服だと思うと嬉しかった。安いとは言え、私には安くない買い物だった。買った甲斐があるというものだ。

「とても良いものを見せて頂きありがとうございます、お姉様。では、失礼いたします」

 シャロンはわざわざ優雅にカーテシーを見せてから去っていった。キューリがいたからだろう。
 角を曲がってシャロンの姿が視界から消えると、キューリはおもむろに口を開く。

「リディア、気を悪くしないで欲しいのだけど、あの子には十分気をつけなさいね」

「もしかして義妹が何かご迷惑をお掛けましたか?」

 あの子は魔法士の警護対象者になる立場ではない。だから、仕事で関わることはないだろう。でも、社交界で接点があったのかもしれない。キューリは子爵家出身だと聞いている。
 
 眉根を寄せながら言うと、彼女は違うと否定した。

「ただね、ああいう目を知っているから」

「目ですか?」

 私は訝しげに見つめ返す。

「私、こう見えてもあなたの三倍弱生きてるの。だから、裏がありそうな目をしたご令嬢に何度か痛い目に合わされたことがあるわ。ふふ、やり返したけどね」

 さ、三倍?! ……全然見えない。

 驚いている私に、内緒よとウィンクしてから、彼女は話を戻した。

「人それぞれ違うけど。そうね、あの子の場合は、養女が実子を羨ましく思っているというところかしら。ありがちでしょ?」

 キューリはマーコック公爵家の内情を知らないから誤解しているようだ。

 シャロンは家族のなかに揺るぎない居場所を持っている。実の娘である私を羨んで……なんて王道な理由を持ちようがない。でも、わざわざ訂正はしなかった。彼女が私を案じるあまりに出た言葉なのだから、その気持ちだけを受け取っておけばいい。
 
 
 すると、キューリが急にすたすたと歩き始めてしまい、私は慌てて追いかける。

「もし困ったことがあったら言いなさい。妹のピンチを救うのは姉の役目よ」

 彼女は前を向いたまま一気に喋った。そして、振り返ることなく、私への言葉を続ける。
 
「そう、。年が少し離れていても。誰がなんと言おうと。文句があるかしら?」

 彼女の口調は早口で少し無愛想だった。でも、それは照れくさいのを誤魔化すためだと分かっている。
  もう、十一人目。ふたりだけの時に、こんな感じで自称家族を名乗ってきてくれたのは。何人目だろうと慣れることはなく、何度言われても嬉しい。追いかける足が自然と弾んでしまう。

「いいえ、ありません。私も姉が良いです! それから、ご忠告ありがとうございます」
 
 追いついた私は、再び彼女と並んで歩く。彼女は前を向いたままで、私のほうを見ない。でも、横から見た彼女の唇はしっかりと弧を描いていた。
 

 血の繋がらない家族は、本当の家族とは違ってとても温かい。


  自分の居場所を見つけた……そう思ってもいいのだろうか。
 


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