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11.初指名

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 あっ、言い間違えた……。

 表情筋を緩ませないことに集中していたからだ。湿布は剥がせない。打撲と言い直す? いいえ、それは駄目だ。絶対にルークライは心配して、見せてみろと言ってくる。

「腰痛なら腰だろ? リディ、なんの冗談だ?」

「……本気です」

 私は間違いの訂正よりも表情筋を優先した。

 ルークライがお腹を抱えて笑うと、他の魔法士達も私に注目する。
 顔の真ん中に大きな湿布をぺたりと貼った私に、どっと笑い声が上がる。恥ずかしいけど、背に腹は代えられない。

 取り敢えず私は暫くそうしていた。だんだんと笑い声が小さくなり、そして静まり返った。ひそひそと『頭大丈夫かな……』なんて声が聞こえてくる。大丈夫じゃないのは心臓なんだけど、それを言うわけにはいかない。

 ああ、私の評判が……。
 
心の中で泣きながら耳に蓋をする。

 この状態をキープしたまま始業となり、今日の割当ての説明を聞く。と言っても、スケジュールは一ヶ月前から決まっているので再確認である。
 指示を受けた者から先に部屋を出ていき、最後に残ったのは私だった。

「取り敢えず、それ、外しましょうか。リディア」

「失礼しました、タイアン魔法士長。お陰様で完治しました」

「それは良かったです。次からは目と鼻の部分をくり抜いておくことをお勧めします」

 流石はタイアン魔法士長、大人の対応である。姿勢を正したまま、私は心のなかで拍手を送った。


「急な変更で申し訳ないですが、今日の午前中はザラ王女の警護をお願いします」

 申し訳なさそうな顔をする彼を、私は訝しげに見返す。

 警護対象が誰とどんな状況で会うのか、どんな関係性なのかなど、魔法士は事前に情報をその頭に叩き込んでおく。
魔法を発動させるには平常心がなによりも重要なのだ。心の乱れは防御の盾を脆くしてしまう。だからこそ、いろんな場面を想定し魔法士は任務に臨む。


 緊急時以外で急な変更は普通なら考えられない。

 国王には五人の子供がいて、末っ子のザラ王女は唯一の王女。溺愛されており、多少の我儘なら通る。きっと彼女から直々の要請だったのだろう。


 でも、なぜ私なの?

 王女の姿を遠くから拝見したことはあっても面識はない。疑問が表情に表れていたのだろう、タイアン魔法士長が口を開く。

「歳の近い魔法士が良いと言ってたらしくてね。先ほど上から伝えられたので、私も詳細は把握していないのですが」

「それは指名されたということですか?」

「そうなりますね。ですが、断っても構いません。私が対処しますので」

 タイアンは魔法士長だが王弟でもある。だからこその言葉だった。

 いくら王女の願いだとはいえ、それが危険な状況を招くと判断されたら通るはずはない。
 新米でも対応が可能だと判断されたから通った話だろう。それなら、王宮の鴉として受けるだけだ。

「喜んでお受けします。では、行って参ります、タイアン魔法士長」

 具体的な説明のないまま、私は指定された場所――王族専用の庭園へと漆黒のフロックコートをはためかせながら急ぐ。
 どんな理由であれ指名なんて初めてだった。魔法士として信頼されている証に、心が弾まないわけはない。

 ふふ、あの夢のお陰かな。

 素敵な夢が初指名という慶事をもたらしてくれた、そんな気がする。
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