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9.浮かび上がる絵②〜ルークライ視点〜
しおりを挟む自称父親であるタイアンが俺の前に現れたのは今から七年前。
『初めまして、私はアクセル・タイアン。セリーヌ、いや、お母さんから何か聞いているかな?』
『何も聞いてません』
『そうですか。私は君の父親です。これからよろしくお願いします』
『えっ………』
彼はにこやかに手を差し出してきたので、俺はおずおずと握り返した。驚いたけど嬉しくもあったから。母は女手でひとつで俺を育て体を壊して亡くなり、それから十年経っていた。わざわざ捜していたということは、俺と母を捨てた訳では無いと思ったからだ。
初めて会う父の姿は眩しかった。どんなふうに接していいのか戸惑っていると、彼は俺にある物語を聞かせ始めた。
王子が侍女に恋をし、ふたりは恋仲となった。田舎の子爵家出身の侍女は『生意気だ』と嫌がらせを受けた。当然王子は心配したが、侍女は『全然平気よ』と屈託なく笑っていた。ある日、王子が一ヶ月の外遊から帰国すると、侍女の姿は王宮から消えてた。嫌がらせに耐えられなくなったのだ。侍女を心から愛していた王子は心から悲しみました。
――王子はタイアンで、侍女は母だった。
屈託ない笑顔ってどんな顔だよっ……。そんな顔、俺は一度だって見たこともない。
俺の記憶にある母は淋しげに笑う人だった。
俺は物語の続きを彼に聞かせてやった。
『母さんはひとりで必死に俺を育てた。無理して働き続けて体を壊して、血を吐いて苦しんで死んだっ! この野郎っ、馬鹿野……郎、うぅぅ……』
『すまない、本当にすまない』
俺は思いつく限りの言葉で彼を罵った。
彼は贖罪として俺を引き取ったが、表面上はあくまでも他人だ。
十五歳からの一年間は彼が用意した家に住んでいたが、十六歳で正式に魔法士として採用されると王宮の寮に入った。
魔法士の見習い期間は人によって違うが、平均すると三年くらいか。タイアンの世話になりたくない一心で俺は一年という最短記録を作った。
その寮を追い出されたのは三年前。片足の鴉が勝手に俺の部屋を寝床にしたからだ。
『動物を飼うのは厳禁です』
『いや、飼ってるわけでは――』
『部屋にいるので、飼っているとみなします。寮に居たかったらその鴉を捨ててください』
管理人にそう言われた俺は寮を出ることにした。俺の肩にしかとまらない白に情が移っていたのだ。
けれども、部屋探しは難航した。動物は駄目だと悉く断られたのだ。田舎にあるボロ家なら見つかったが、それでは王宮に通えない。
唯一、見つかったのが今俺が住んでいる貸家だった。
契約書に記されていた家主の名は『ジャック・ロード』だった。それがタイアンの偽名だっと知ったのは引っ越した後のことだった。
『借主が偽名を使うことは違法ですが、貸主は違法ではありません。お気に召さないのなら引っ越しますか? 鴉を見捨てて……』
詰め寄った俺に、タイアンは悪びれる様子もなく告げてきた。腸は煮えくり返っていたが、俺の肩で『ヵァ……』と小さく声をあげた白を見捨てるという選択肢はなかった。
それ以降、彼は権利の行使という名の下に、たまに顔を出すのだ。今日のようにふらりと。
「ノアについてですね」
俺が答えずにいると、タイアンは自分で答えを口にする。
俺が読んでいた報告書はテーブルに置かれたままだ。彼は彼で独自に調べていたのだろう。そして、同じような絵を頭の中で描いた。
会話なんてしたくはないが、他視点を聞く機会を逃すのは賢明ではない。己の先入観を自分自身で気づくのは難しい。
俺は彼の前にある椅子を少し離してから、向き合う形で腰を下ろした。
「ノアはシャロンと相思相愛の仲だと思いますか?」
「可能性はゼロではないでしょうね。もしかしたら自分達が結ばれるために、彼女を唆しているのは彼かもしれない。口約束とはいえ婚約を一方的に解消したら、マーコック公爵家の信用が損なわれます。優秀な嫡男ならば家の利益は守るでしょう」
彼の言う通り、ノア主導も十分にあり得る。
ノアはリディアにとって血の繋がった兄だ。もし彼女を踏み台にしようとしたのが、義妹ではなく兄のほうだったら余計に傷つくだろう。
リディアに傷ついて欲しくないという強い想いが、無意識にノア主導という絵を排除していたのか。板挟みという無難な役割を彼に与えようとして。
自分の思い込みに気づけて良かった。
「ありがとうございます」
「礼には及びません。それにしても初めてですね。君が私にお礼を言うなんて。明日は雪でしょうか?」
皮肉に反応したら彼の思う壺だから無視する。
俺は玄関のほうを指し示すが、彼はグラスにまた酒を注ぐ。上等な酒なのに遠慮というものを知らない。
「物件の確認は済んだでしょうからお帰りください」
「これはあくまでも主観ですが、彼はそんなに愚かな人物ではないと思ってます。ですから、様子見が正しいでしょう。ふっ、ルークライと同じ答えなんて嬉しいですね。やはり私の血が半分流れているからですかね?」
彼は近くにいる白を撫でようと手を伸ばす。白は『ガァッ』と威嚇して、彼から遠ざかった。
はっ、いい気味だ。
一般に知られてはいないが、魔法士の血筋に生まれた者はその血に特殊な魔力が宿っており、それを基に親子鑑定が可能なのだ。複雑な過程を経るため、検査には一年という長い時間と膨大な費用がかかる。聞くところによると、低位貴族が一生暮らせるほどの額らしい。
なので、実際にここ百年で行われたのは俺とリディアだけだ。俺のように秘密裏に行われた者が他にもいたら話は別だが。
覆せない事実をわざとらしく彼が尋ねてきたのは、俺の反応を楽しむためだ。これ以上楽しませるつもりはないので淡々と言葉を紡ぐ。
「残念ながら紛れもない事実です」
「はっはは、そうですね。ですが、残念なんて言わないでください」
彼は嬉しそうに酒を喉に流す。どうやらどんな答えだろうと楽しめるらしい。
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「そろそろ帰りましょうかね、君に嫌われる前に。困ったことがあったらいつでも頼ってください」
「自分で対処しますので結構です」
「本当につれないですね。では、また明日、王宮で他人として会いましょう」
彼はそう言うと上機嫌で家から出ていった。窓から見える彼の姿が小さくなっていく。俺は彼の背に向かって呟いた。
「心配なんて無用だ――もうとっくに嫌っている」
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