二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと

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4.沈黙する者達①

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「痛っ、、、。いきなり何するの?」

 突然、ルークライが私の額をピンッと人差し指で弾いた。地味に痛い。
 彼は片方の眉だけを器用に上げて、更に私の額を指でグリグリしてくる。

「今、失礼なことを考えていただろ? リディ」

「なんで分かったの?!」

「まずは嘘でもいいから否定しろ。くくっ、長い付き合いだから分かるさ。お前の考えていることぐらい」

 そう言いながらルークは目を細める。


 私は五歳の時に養い親に引き取られ、そこで九歳のルークに出会った。
 同じ家で暮らしていたけれど、孤児院での共同生活と変わらなかったので、子供同士に兄弟のような感覚はなかった。
 実は私の初恋は彼なのだ。『結婚してください』とお願いした記憶がある。五歳のときの話だから、幸運なことに今となっては笑い話になっている。 ……本当に良かった。そうでなくては気まず過ぎるもの。

 自分より年上の子を兄さん、姉さんと呼んでいたのは、養母に厳しく言われていたから。家庭の温かみが欠けていると判断されると、給付金が減額されるらしい。


 マーコック公爵家の娘だと分かってからは『ルーク』と呼ぶようになったけど、それは私が望んだことではなかった。

『これからは、俺のことを兄さんと呼ぶのはやめろ。たぶん、リディの家族はいい気がしない』

 私と家族の関係に水を差さないようにと、気遣ってくれたのだ。彼の気持ちは嬉しかったけど、少しだけ淋しかった。今でもふたりだけの時は、慣れ親しんだ呼びかたが出てしまう。でも、それは許してくれている。『仕方ないな』と笑いながら。



 ルークライの登場で周囲はざわつく。

「肩にいる鳥、あれって足が一本だよな? ということは、彼があの”濡れ鴉”なのか」

「もっと怖い方かと思っていたけど素敵な方ね」

「思っていたよりもずいぶん若いな……」

 人々が発する言葉には、尊敬や秋波や羨望や畏怖が込められている。秋波は女性だけだったけれど、畏怖は男女とも。

 ……そう、彼は陰で”王宮の濡れ鴉”と呼ばれていた。


 魔法士が発動する魔法は防御のみに特化している。つまり、防御は魔法士、攻撃は騎士と役目が分かれている。どちらも厳しい訓練が必要なので、普通は両方を修められない。

 だが、ルークライだけは違う。並の騎士よりも剣術に優れているのだ。
 ある時、彼は剣を使って仲間を守りその身に返り血を浴びてしまった。その姿を見て驚いた者が『ぬ、濡れかっ、鴉……』と叫び、気づいたらそれが二つ名となっていたというわけだ。

 魔法士は積極的に名を乗ることはないので、濡れ鴉=ルークライとあまり周知されていない。

 では、なぜ気づかれたのか。それは彼の肩に片足の鴉がとまっていたから。この鴉は濡れ鴉の肩にしかとまらない、という事実が噂になったことがあるのだ。きっと王宮に仕える誰かが見たままを喋ったのだろう。

 片足の鴉の名前は『白』。ルークライが傷ついた白を手当てしたら、懐かれてしまったのだ。飼ってはいないけど、ふらっと飛んで来ては彼の肩にとまっている。


「リディ、行くぞ。国王陛下は王宮の鴉が舞踏会に色を添えることをご所望だ。華やかな衣装に埋もれることなど望んではいない」

 ルークライの言葉に、私達を囲うように立っていた人達がさっと離れていく。美味しい噂を求めたゆえに不興を買うなど馬鹿げていると判断したのだろう。


 ほとんどの貴族が何ごともなかったかのように去ったのに、シャロン達だけはその場から動かない。

「あの、お姉様。お仕事の邪魔をして申し訳ありませんでした。ですが、お仕事が終わってからで構いませんので、婚約者であるケイレブとの時間を作っていただけないでしょうか? 話も出来ないなんて彼が可哀想です」

 シャロンがケイレブの気持ちを代弁するかのように訴えてくる。

 舞踏会が終わった後なんて、深夜零時を回っている。そんな時間の逢瀬など既成事実があると周囲から勘ぐられてしまう。
 当の本人であるケイレブはというと、そんなことは望んでいないとその眼差しではっきりと告げてくる。
 
 だ、か、ら、どうして私を見るの!  

 真面目で穏やかな青年なのだろうけど、……なんというか頼りない。


 それにしてもシャロンはいったい何がしたいのか。なんだか私に彼を押し付けようとしている気がする。

「仕事が終わるのは真夜中だから無理よ、シャロン。それにケイレブ様だって、そんなこと望んでいないわ」

「でも――」

 更に言い募ろうとするシャロンの声を遮ったのは、ルークライだった。

「シャロン嬢。これ以上、話を続けようとするなら王宮騎士を呼びます。国王陛下が王宮の鴉に与えた崇高な任務を邪魔する者を、彼らは容赦なく排除するでしょう。それをお望みですか?」

 彼の口調は丁寧だけど内容は辛辣だった。罪人になるぞと脅しているのだから。
 魔法士という肩書は高位貴族に匹敵する。それを承知しているシャロンは唇を噛み締めながら頭を下げた。

「どうぞお仕事にお戻りくださいませ。お姉様、婚約者と踊る機会は次回のお楽しみになりましたわね」

そう言って去ろうとするシャロンを、なぜか彼は呼び止めた。怪訝そうな顔をする彼女に、ルークライは言葉を浴びせる。

「婚約者ではなく婚約者候補です。言い間違いという些細なことでも足を掬われる、それが社交界です。言葉には細心の注意を払ったほうがよろしいかと」

「言われなくとも分かっておりますわ。私はいつだって、公爵令嬢として言葉には気をつけております」

「それは失礼しました。ですが、それなら言い間違いではなく、敢えてでしょうか?」

 息する間もない言葉の応酬が不自然にとまった。

「…………ただの、言い間違いですわ」

 俯いた彼女は小さな声で己の過ちを認めた。でも、なんだか嘘を言っていると感じた。……気のせいだろうか。

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