王妃は涙を流さない〜ただあなたを守りたかっただけでした〜

矢野りと

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53.決別

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覚悟は決まっていた。

この国を、民を、見捨てるのかと問われれば否定はできない。でも私は大切な人達の人生を守りたい、だから今行動する。

――後ろめたさもある。

でも自分で選んだことだから、その思いもすべて背負ってこれから生きていく。


「この度は隣国へ招待して頂き誠に有り難うございます。謹んでお受けいたします」
「流石は王妃、賢い選択だ。これで我が国とこちらはを継続出来る。この国は良い王妃に恵まれ幸運だったな」

恭しく返事をする私を見つめるレザの表情に変化はない。でも不安は感じない。

巫山戯ていてもそうでなくとも私を安心させてくれる、彼はそんな人だ。


一歩踏み出す勇気を与えてくれたレザには感謝しかない。



アンレイは私の言葉を聞いて顔色を失う。

「ジュンリヤ!駄目だ、やめてくれ…」
「三年前の一方的な侵攻を反省することなく暗殺未遂に関わったのは我が国の者達で、それを未然に防げなかったのはこの国の怠慢」

告げたのは事実だけ。

「なんとかする!これから考え――」
「この国は最初に与えられた機会を自ら潰した。だからこれからはないわ。これはこの国にとって必要な選択よ」

歯を食いしばってこの状況に必死に耐えているアンレイ。彼も分かっているのだ、だから私の言葉に反論出来ない。

彼は間違えたけれども国王としての矜持はある、欲に溺れた先王とは違う。
だから現実と向き合えた今なら、正しい選択が出来るはず。

アンレイは国王として最良の選択現実を最終的に受け入れた。




この場にいる貴族達はもう誰も反対はしていない。
隣国と今まで通りの関係を続ける為に王妃を差し出すことを受け入れる。

それは三年前と同じ。みな心のどこかで当然だと思っているのかもしれない。

――人はそれぞれ守りたいものがある。

それは大切な人だったり、地位だったり、財だったり、自尊心だったり、それぞれ違う。


貴族達は今なにを守ろうとしているのだろうか。
三年前とは違って保身でないことを願いたい。

――変わって欲しい。




「アンレイ国王、王妃の判断に異論はないか」
「……ございません。この度は寛大なお心を示して頂き有り難うござ…ます」

アンレイはレザの問いに苦渋の表情を浮かべながらも国王として答える。
彼はこれからこの決断も背負っていく。

「王妃を招待する期間はこの国の者達の言動次第。それを忘れずに己の行動を戒めるといい」

レザの言葉に広間にいる者達は一斉に頭を下げ神妙な態度を見せる。

どれくらいの人が本当の意味で理解しているのだろうか。
…己の行動を戒めるのは簡単ではない事を。


法に反することをした者は処罰されるだろうが、それ以外は何一つ変わっていない。

でもそれは立場や地位などの表面上のことだけ。
尊敬は侮蔑へ変わり、忠誠は失われるだろう。
そして執政は確実に混乱し今までのようにはいかない。

そんな中で上も下も変わらなければならない、どちらか一方では意味がない。
誰かがやってくれるだろうという甘い考えを捨てなければならないのだ。

人が変わろうとするには相当な努力がいるうえ、努力した分結果が出るとは限らない。

――だから人はなかなか変われない。


今だって人々はこの状況を正しく理解し絶望している人と、所詮は王妃で済んだと安堵している人に分かれている。みな一様に神妙な顔をしているけれど、その目が違っているから分かってしまう。

アンレイや側妃や宰相は前者に入っているのがまだ救いだった。
どうか彼らが手本となり変わって欲しい。


彼らは悪人ではなく弱かっただけ。
押し付けられた運命に翻弄され、間違えた選択を繰り返した普通の人。

――同情はしない。

結局はどんな運命でもその責任は背負っていくのだから。


でも誰にだってやり直す機会はある。
ただ困難を極める。なぜなら自分の過去は消せないからだ。
一生努力し続けても苦しんで終わるかもしれない。

 それは私も同じ……。

――誰にも分からない。



宰相と側妃はただ黙って私に向かって深々と頭を下げ続ける。

 もう分かっているのね…。

彼らは己の罪を理解していた。
もともとは優秀な人達だったから、目が覚めたのだろう。

これから待ち受けているのは茨の道だ。特に側妃にはもうすでに彼女を心から慕っていた侍女達から厳しい視線が送られている。
だから私から言うべきことはなにもない。
  
二人にはそっと目礼をして別れの挨拶とした。



私の前に立ってアンレイは苦悶の表情をしているが国王の顔を作っていた。

彼もまた己の過ちに気づき始めているようだ。
そして私の気持ちがもう自分にないと察している。

国王として私の前に立っているのは、きっと彼なりの気遣い。


「…ただ守りたかったんだ、ジュンリヤ」
「私も三年前は同じ気持ちだったわ。でも今は違う」
「…ああ、もう知っている」

力なく頷くアンレイ。
互いにこれ以上言葉は必要なかった。

「国王陛下、どうか民の為に良き王となることを祈っております」
「ありがとう、王妃」

最後の会話は王妃と国王として終わった。
こんな形だけれども、最後に向き合えたことには心から感謝している。

 さよなら、アンレイ。

心のなかで別れの言葉を紡ぐ。彼の名を呼ぶのはこれが最後だ…。



――誰の不幸も願ってはいない。




別れの挨拶を終えた私は視察団のもとへ歩いていく。

「そろそろ出発したい。王妃、こちら側には最低限の用意はあるが、準備する時間は必要か?」

身に纏ってるのは黒色の無駄のない服だったので、旅支度は必要はなかった。
それにこの国から何も持ち出すつもりはない。

「いいえ、このままで大丈夫です」

私がそう告げると同時に、さっとレザが右手を差し出してくる。
建前としては隣国側へ招待されて行くので彼の行動は間違っていない。

最後の一瞬まで彼は王妃としての私を尊重してくれる。三年間、それを支えに頑張ってきた私を知ってるからだろう。

分かってくれている人はいた。
それが泣きそうなほど嬉しくて堪らない。

 どうしてあなたはいつも分かってくれるの…。


それは彼がずっと見守ってくれていたから。



私は差し出されたレザの手にそっと自分の左手を重ねる。

彼は私と視線を合わせない。でも私の手を包み込むようにしっかりと握ってくれる。

…その手はとても温かった。
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