上 下
37 / 61

37.怒気①〜レザ視点〜

しおりを挟む
「くそったれどもがっ!」


ガッシャーン…。
ドガッ、……ガッタン……。

俺は口汚く罵りながら近くにあった花瓶を手でなぎ払い、椅子を蹴り倒す。
部屋は瞬く間に無惨なことになっていくがそんな些細なことはどうでもいい。

「おいおい、私の部屋でやめてくれ。それにお前が怒りにまかせて壊しまくっているのはこの国のものだ。それもかなりの高級品だ、はぁ……」

ランダはそう言いながら床に散乱している花瓶の破片を拾い上げ、わざとらしくため息をついてくる。

今俺がいるのはこの国に滞在中にランダが使用している部屋だ。俺はこの部屋に入るなり手当り次第に周囲の物に怒りをぶつけていた。

まだ来てから数分しか経っていないとは思えないほどの惨状だった。

――別に構わない。

こんな部屋がどうなろうと、この国がどうなろうと関係はない。一層のこと完全に消滅してしまえとさえ思っている。


「レザム、いくらなんでもぶつかって壊してしまったが通じるレベルではないぞ」
「………」

確かにそうだろう、飾り机はぶつかったくらいで真っ二つになったりしない。
だが最初から言い訳する気はない、そんなのどうでもいい。

「私への襲撃事件とお前の破壊行為は全く関係がない。この国に変な借りは作りたくないからきっちり弁償する。もちろんお前の負担だ、レザム」

腕を組んでそう告げてくるランダ。
この顔は冗談で言っているのではなく本気だ。

 ちっ、王子のくせして細かい奴めっ。

どこからかへし折った飾りを投げ捨ててから、俺はランダのほうに顔を向けた。

「おいっ、今心のなかで私に対して失礼なことを言っていただろう!」

ランダは敏感に俺の表情を読み取ったようだ。

俺だって王族の一員だから感情を顔に出さない術くらい身につけている。
暴れている今だって、さきほどの心の声は表情に出したつもりはない。

だが俺とランダの仲だから伝わってしまったのだろう。
普段ならお互いに言葉がなくても通じるのはそれなりに便利だが、こういう時は面倒だ。

こんな時は喰い付かなくてもいいのに、食い付いてくる。


「…言ってない」

嘘はついていない。
ランダと俺は幼い頃にお互いに嘘はつかないと約束を交わし、今に至るまでそれを違えたことは一度もない。

「…だが思っていただろう?」
「思ってはいた」

聞き直す必要もないのに、ランダが聞き直してきたから、俺も否定はできなかった。

こういうところは本当に面倒くさい奴だと思う。
だがこれをまた心のなかで呟いたら、同じように指摘してくるだろう。

――面倒くさいことに付き合っている暇はない。


「ランダ、お前本当に面倒くさい奴だな。それとこれは遠征費から落とせ」

だから今度はちゃんと言葉にした。

「親しき仲にも礼儀ありという言葉がこの世にある意味を考えろ。それからレザムが故意に破壊したものは経費とは認められない」
「ちっ、…………」

 ……うるさい奴め。


ランダには俺の舌打ちが聞こえていたはずだ。
それにその後に続く俺の心の声も確実に察していたがもう何も言ってこない。

その代わりに額に手を当てながら長い溜息を吐いている。

…俺は聞こえないふりをした。



暫く経ってから俺は辛うじて原型を留めている椅子に座った。
ランダもボロボロになった椅子の強度を確かめてから恐る恐る腰を下ろす。

…壊れはしなかった。



「レザム、少しは落ち着いたか?いやすまない、愚問だったな。…落ち着けるわけはなかったな」

ランダは痛いほど俺の気持ちが分かっているはずだ。伴侶がいる王族なら今の俺の気持ちを理解できない奴はいない。
だからこそ俺が物を壊していても本気で止めはしなかったのだ。

「この国の者共は馬鹿みたいに勝手に踊ってくれる。なにも仕掛けていないのに、こちらにとって都合のいい絵を描いてきやがった。…くそっ!」

吐き捨てるようにそう言うと、俺はランダに向かって紙の束を放り投げた。


しおりを挟む
感想 1,229

あなたにおすすめの小説

雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う

ちゃっぷ
キャラ文芸
多少嫁ぎ遅れてはいるものの、宰相をしている父親のもとで平和に暮らしていた女性。 煌(ファン)国の皇帝は大変な女好きで、政治は宰相と皇弟に丸投げして後宮に入り浸り、お気に入りの側妃/上級妃たちに囲まれて過ごしていたが……彼女には関係ないこと。 そう思っていたのに父親から「皇帝に上級妃を排除したいと相談された。お前に後宮に入って邪魔者を排除してもらいたい」と頼まれる。 彼女は『上級妃を排除した後の後宮を自分にくれること』を条件に、雇われ側妃として後宮に入る。 そして、皇帝から自分を楽しませる女/遊姫(ヨウチェン)という名を与えられる。 しかし突然上級妃として後宮に入る遊姫のことを上級妃たちが良く思うはずもなく、彼女に幼稚な嫌がらせをしてきた。 自分を害する人間が大嫌いで、やられたらやり返す主義の遊姫は……必ず邪魔者を惨めに、後宮から追放することを決意する。

婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした

アルト
ファンタジー
今から七年前。 婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。 そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。 そして現在。 『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。 彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。

永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……

矢野りと
恋愛
ある日突然、私はすべてを失った。 『もう君はいりません、アリスミ・カロック』 恋人は表情を変えることなく、別れの言葉を告げてきた。彼の隣にいた私の親友は、申し訳なさそうな顔を作ることすらせず笑っていた。 恋人も親友も一度に失った私に待っていたのは、さらなる残酷な仕打ちだった。 『八等級魔術師アリスミ・カロック。異動を命じる』 『えっ……』 任期途中での異動辞令は前例がない。最上位の魔術師である元恋人が裏で動いた結果なのは容易に察せられた。 私にそれを拒絶する力は勿論なく、一生懸命に築いてきた居場所さえも呆気なく奪われた。 それから二年が経った頃、立ち直った私の前に再び彼が現れる。 ――二度と交わらないはずだった運命の歯車が、また動き出した……。 ※このお話の設定は架空のものです。 ※お話があわない時はブラウザバックでお願いします(_ _)

貴方にはもう何も期待しません〜夫は唯の同居人〜

きんのたまご
恋愛
夫に何かを期待するから裏切られた気持ちになるの。 もう期待しなければ裏切られる事も無い。

真実の愛は素晴らしい、そう仰ったのはあなたですよ元旦那様?

わらびもち
恋愛
王女様と結婚したいからと私に離婚を迫る旦那様。 分かりました、お望み通り離婚してさしあげます。 真実の愛を選んだ貴方の未来は明るくありませんけど、精々頑張ってくださいませ。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

アリシアの恋は終わったのです【完結】

ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。 その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。 そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。 反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。 案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。 ーーーーー 12話で完結します。 よろしくお願いします(´∀`)

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜

矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』 彼はいつだって誠実な婚約者だった。 嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。 『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』 『……分かりました、ロイド様』 私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。 結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。 なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。

処理中です...