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16.宰相の懸念〜宰相視点〜
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王妃様が帰国されてから、もうすぐで二ヶ月になる。
国王陛下は相変わらず公務に追われていて、王妃様との時間をとることが出来ない。
それは宰相である私の責任でもある。
私は本来宰相になれるような身分ではないから、歴代の宰相のように権力や人脈を行使して裏で手を回す事が難しく、その分陛下に負担を強いているのだ。
私が不甲斐ないばかりに…。
陛下は私を責めたりはしない。
先王の愚かな過ちによって苦しむことになった民の為に、ただ実直に公務と向き合っている。
――少しでも力になりたい。
国王陛下は私と同じで、本来国王になるはずではなかった。だから余計な野心を抱かぬように、狡猾さではなく実直さを、非情でなく忠義を幼少の頃より学んできた。
――人は急には変われない。
だから国王陛下は危ういところがある。
善意を信じることは普通のことで、それは人として長所とも言える。しかし今のこの国の国王としては短所になる。
私がその穴をすべて埋められればいいが、それ程の才は残念ながらない。
側妃様と二人で力を合わせてやっと埋められるかどうかだ。
――本当に側妃様には感謝しかない。
ただ最近は少し気になることがある。
それは王妃様に向ける眼差しに一瞬だけ影のようなものを感じたからだ。
たぶん…気のせいだ。
側妃様はあんなに王妃様を気遣っておられるのだからと自分に言い聞かせるが…。
――人の気持ちは外から見えない。
どうしても気になり、念の為に国王陛下と二人だけの時に尋ねてみた。
「最近は側妃様のご様子はどうでしょうか。…陛下への態度に変化などを感じたことはございますか?」
もし陛下に対する側妃様の気持ちが変わった、つまり愛するようになったならば、公務とはいえ閨をともにしている陛下が気づかないはずはない。
「いや、特にはない。今まで通り公務をこなしている」
国王陛下の言葉に迷いは一切なかった。
側妃様の一番近くにいる陛下がそういうのなら間違いはないのだろう。
それでもなんとなく払拭しきれない不安があった。
忙しい陛下の手を煩わせて申し訳ないと思いつつ、更に問い掛けてしまう。
「王妃様とは話す機会も少ないままですが、大丈夫でしょうか?」
「確かに時間は取れていない。だが必要なこと伝えてある。通じ合っているからこそ、この状況が落ち着くまで待ってくれているんだ。どうした、宰相。何かあったのか?」
…伝えられることは何もない。
「…いいえ、ございません。お時間を取らせてしまい申し訳ございませんでした」
あるのは心の中にある微かな不安だけ。
なんの確証もない、……たぶん勘違いだ。
それをわざわざ口にして、国の為に尽くしている側妃様を貶めるようなことはしたくない。
――何もない、それが事実だ。
側妃様は変わっていない。
王妃様が帰国した後も『私がやります』と王妃の公務を自ら率先してやってくれる。
それに王妃様の侍女が辞めた時に、自分に付いていた優秀な者を王妃様に譲る配慮もみせている。
側妃様がもし王妃様を害しようと思っていたならば、それは陛下へ恋情を抱き更に上の地位を欲した時だろう。
だが望んでいない。
なによりも『国を守った王妃』がいるからこそ、今のこの国があると側妃様は十分に理解している。
……深読みしすぎだったな。
ここ二ヶ月間は王妃様の帰国に便乗し怪しい動きをする貴族がいないか周囲に神経を尖らせていた。
疑ってみる癖がいつの間にか染み付いていたのだろう。
二年間一緒に頑張ってきた側妃様を疑うなんてどうかしている。
王妃様が帰国したその日だって、私を庇ってくれたではないか。
帰還の準備で多忙を極めていたとはいえ、大事な書類のことを伝え忘れるのは私にしては珍しいミスだった。
どうしてあの時に限って忘れていたのだろうか。
違う、そうじゃない。
いつもなら側妃様が事前に気づいて『宰相、これを』とフォローしてくれていたのだ。
あの時は誰もが忙しかったから、側妃様も気づかなかったのだろう。
でもあの瞬間に思い出してくれて本当に助かった。大事に至らずに済んだのは側妃様のお陰だ。
そんなことを思い出していたら、ちょうど側妃様が執務室にやってきた。
「陛下、この書類の確認をお願いします」
「そこに置いておいてくれ」
変わらぬ二人のやり取りに心から安堵する。
私達三人は運命に翻弄され今の立場になったが、それを嘆くことなく前を向いて頑張ってきた。
畏れ多いが、心の中では同志のように思っている。
「あら、私の顔になにかついていますか?宰相」
私の視線を感じて側妃様はにこやかに尋ねてくる。その表情はいつもと同じにしか見えない。
なんで勘違いなんてしたのか不思議だった。
きっと疲れていたのかもしれない。
頭の中から微かな不安が完全に消えた。
――もう憂いはない。
「なんでもございません、側妃様。ところで隣国との件ですがこのまま進めてよろしいでしょうか?」
「ええ、お願い」
「はい、承知しました」
一ヶ月後には隣国の視察団がやってくる予定で、私達は今その準備に追われている。
そこでなにか不備を指摘されるようなことがあってはならない。
隣国の視察団を納得させ、もう誰かが人質にならないように万全を尽くしていくだけだ。
――きっと上手くいくと信じている。
国王陛下は相変わらず公務に追われていて、王妃様との時間をとることが出来ない。
それは宰相である私の責任でもある。
私は本来宰相になれるような身分ではないから、歴代の宰相のように権力や人脈を行使して裏で手を回す事が難しく、その分陛下に負担を強いているのだ。
私が不甲斐ないばかりに…。
陛下は私を責めたりはしない。
先王の愚かな過ちによって苦しむことになった民の為に、ただ実直に公務と向き合っている。
――少しでも力になりたい。
国王陛下は私と同じで、本来国王になるはずではなかった。だから余計な野心を抱かぬように、狡猾さではなく実直さを、非情でなく忠義を幼少の頃より学んできた。
――人は急には変われない。
だから国王陛下は危ういところがある。
善意を信じることは普通のことで、それは人として長所とも言える。しかし今のこの国の国王としては短所になる。
私がその穴をすべて埋められればいいが、それ程の才は残念ながらない。
側妃様と二人で力を合わせてやっと埋められるかどうかだ。
――本当に側妃様には感謝しかない。
ただ最近は少し気になることがある。
それは王妃様に向ける眼差しに一瞬だけ影のようなものを感じたからだ。
たぶん…気のせいだ。
側妃様はあんなに王妃様を気遣っておられるのだからと自分に言い聞かせるが…。
――人の気持ちは外から見えない。
どうしても気になり、念の為に国王陛下と二人だけの時に尋ねてみた。
「最近は側妃様のご様子はどうでしょうか。…陛下への態度に変化などを感じたことはございますか?」
もし陛下に対する側妃様の気持ちが変わった、つまり愛するようになったならば、公務とはいえ閨をともにしている陛下が気づかないはずはない。
「いや、特にはない。今まで通り公務をこなしている」
国王陛下の言葉に迷いは一切なかった。
側妃様の一番近くにいる陛下がそういうのなら間違いはないのだろう。
それでもなんとなく払拭しきれない不安があった。
忙しい陛下の手を煩わせて申し訳ないと思いつつ、更に問い掛けてしまう。
「王妃様とは話す機会も少ないままですが、大丈夫でしょうか?」
「確かに時間は取れていない。だが必要なこと伝えてある。通じ合っているからこそ、この状況が落ち着くまで待ってくれているんだ。どうした、宰相。何かあったのか?」
…伝えられることは何もない。
「…いいえ、ございません。お時間を取らせてしまい申し訳ございませんでした」
あるのは心の中にある微かな不安だけ。
なんの確証もない、……たぶん勘違いだ。
それをわざわざ口にして、国の為に尽くしている側妃様を貶めるようなことはしたくない。
――何もない、それが事実だ。
側妃様は変わっていない。
王妃様が帰国した後も『私がやります』と王妃の公務を自ら率先してやってくれる。
それに王妃様の侍女が辞めた時に、自分に付いていた優秀な者を王妃様に譲る配慮もみせている。
側妃様がもし王妃様を害しようと思っていたならば、それは陛下へ恋情を抱き更に上の地位を欲した時だろう。
だが望んでいない。
なによりも『国を守った王妃』がいるからこそ、今のこの国があると側妃様は十分に理解している。
……深読みしすぎだったな。
ここ二ヶ月間は王妃様の帰国に便乗し怪しい動きをする貴族がいないか周囲に神経を尖らせていた。
疑ってみる癖がいつの間にか染み付いていたのだろう。
二年間一緒に頑張ってきた側妃様を疑うなんてどうかしている。
王妃様が帰国したその日だって、私を庇ってくれたではないか。
帰還の準備で多忙を極めていたとはいえ、大事な書類のことを伝え忘れるのは私にしては珍しいミスだった。
どうしてあの時に限って忘れていたのだろうか。
違う、そうじゃない。
いつもなら側妃様が事前に気づいて『宰相、これを』とフォローしてくれていたのだ。
あの時は誰もが忙しかったから、側妃様も気づかなかったのだろう。
でもあの瞬間に思い出してくれて本当に助かった。大事に至らずに済んだのは側妃様のお陰だ。
そんなことを思い出していたら、ちょうど側妃様が執務室にやってきた。
「陛下、この書類の確認をお願いします」
「そこに置いておいてくれ」
変わらぬ二人のやり取りに心から安堵する。
私達三人は運命に翻弄され今の立場になったが、それを嘆くことなく前を向いて頑張ってきた。
畏れ多いが、心の中では同志のように思っている。
「あら、私の顔になにかついていますか?宰相」
私の視線を感じて側妃様はにこやかに尋ねてくる。その表情はいつもと同じにしか見えない。
なんで勘違いなんてしたのか不思議だった。
きっと疲れていたのかもしれない。
頭の中から微かな不安が完全に消えた。
――もう憂いはない。
「なんでもございません、側妃様。ところで隣国との件ですがこのまま進めてよろしいでしょうか?」
「ええ、お願い」
「はい、承知しました」
一ヶ月後には隣国の視察団がやってくる予定で、私達は今その準備に追われている。
そこでなにか不備を指摘されるようなことがあってはならない。
隣国の視察団を納得させ、もう誰かが人質にならないように万全を尽くしていくだけだ。
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