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51.未来への約束①

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ここまではっきりと名前を言ってきたのだから、もう誤魔化しは効かない。

それに誤魔化す必要はたぶん…ない。
殿下の口調は責めるているものでなく、いつもと同じで甘く優しく、――そして真剣そのもの。


「あの…、いつから私がマーズ公爵家のハナミアだと気づいていたんですか?」

恐る恐る尋ねてみる。
弟妹達が話すわけがないから、たぶん私の言動から気づいたのだ。
身に覚え?あり過ぎて一つに絞れない…。


「さあ、どうだったかな。たぶん私とミアは以心伝心の関係だから自然と伝わってきたんだ」
「それは嘘ですよね?だって私はいろいろと…」

そう、いろいろやらかしていた。フォローしていたつもりだけど、冷静になって思い返したら、フォローになっていなかったなと思う。

だから自然には有りえない。

「どうかな…、よく覚えていない。私にとって大切なのは、ミアがミアでいることだ。公爵家とか子爵家とかはどうでもいい。肩書はただの肩書で、それはミアの魅力を左右するものではない」

殿下は優しすぎる嘘をつく。
そこには計算なんか微塵もなくて、私への想いしかない。
愛されているこそだと思うと嬉しいけれど、それと同時に申し訳ない気持ちになっていく。

だって私は彼に嘘をつき続けていた。


「でも騙していたんですよ…」
「だが悪意はなかった。そうだろ?ミア」

…そう、悪意はなかった。
殿下を欺くつもりではなかったけれど、理由はどうあれ偽っていたのは事実。

だから殿下は私に対して怒る権利がある。

ううん、怒って欲しいのだ。
リューザ様との関係を終わりにしたくないから…。

だって偽りの関係なんて長くは続かない。
いつまで生きられるか分からない。でも殿下のそばに出来る限りいたいと思っている。

その為には何をすればいい?

それは簡単だ。

まずは隠していたことを全部打ち明けること。

 もし、もし…それで嫌われたら……。

怖い?うん、すごく怖い。
逃げたい?
…ううん、それはない。

逃げるという手段は最善の時もある。

……でも今だけは絶対に駄目。

殿下は私自身を見てくれているのなら、私だって誠実でありたい。
今更かもしれないけれど、最初から始めたい。



「リューザ様、まず私の話を聞いてくれますか?」
「もちろんだ、ミア。話してくれ」

勇気を出して一歩踏み出すと、殿下が柔らかい声音で応えてくれる。

 良かった……。


それから私は隠していたことを話し始めた。
どうして身分を偽って学園に編入したのか、そして生まれてから今に至るまで公爵家で自分がどん扱いを受けていて、両親にとってどんな存在なのか伝えていく。

たぶん殿下は知っているだろうけれど、自分の言葉で伝えることに意味がある。


殿下はただ黙って聞いてくれた。


「ミア、話したいことはそれで全部か?」

私の話が一区切りつくと、殿下がそう尋ねてきた。その口調はいつもと変わっていない。

つまりここまでは受け入れられているということ。


でも一番伝えなくてはいけないことがまだある。
これを伝えるのが一番怖い。
たぶん殿下を傷つけてしまうから…。

「王都に出てくる前に医者から好きなことをしなさいと言われました。もともと長くは生きられないと分かっていましたが、思っていた以上に残りの人生は短いようです。…覚悟はしていました。だから後悔のないよう精一杯生きようと決めてました。学園に通って、弟妹達と一緒に過ごして、…そして恋をしました」
「私も生まれて初めて恋をした。お揃いだな」

そう、真剣に人を愛せてる喜びを知ることが出来た。
……だから私は幸せ。
たぶん、殿下も同じ気持ちでいてくれている。


それなのに…、私は彼を残して逝く。



それも遠くない未来に……。

自分が長く生きられないことではなくて、それが何よりも辛い……。

彼を悲しませたくない。


――でもそれは叶わない。


殿下に出会って愛するという本当の意味を知った。
それは幸せなことでかけがえのない想い。だからこそ別れは心が張り裂けそうになるはず。

後悔している?
いいえ、していない。

でも殿下どうかな。だって残されるほうがもっともっと苦しいはずだもの…。


もし最初から私の余命が短いと知っていたら、私を恋人にはしなかったかもしれない。
私は殿下から選択肢を奪ったのだ。

 ……ごめんなさい、リューザ様……。


「誰だってすぐに死ぬと分かっていたら、愛したりはしませんよね…」
「愛していたよ、ミア。あと何年生きられるかで、ミアへの想いが変わることはない。私にとってミアは最初で最後の恋だ」
「リューザ様……」

殿下が優しく私の目尻に口づけをする。
それは溢れる落ちる涙を拭うため。…また私は泣いていたのだ。
彼の前だと泣いていいのだと思ってしまう。

私を抱き寄せて殿下は耳元で囁く。

「生涯君だけを愛すると誓う。第二王子の妃という立場は楽ではない。周囲から妬まれたり攻撃されたりすることもあるだろう。だが全身全霊で守り抜く。私のそばにいることを後悔させない。だからこれから先の人生を一緒に歩んで欲しい。ミア、私の妻になって欲しい」
「…っ……」

頷きたい。
だって彼が私を望んでくれている。

でも……。

 …………愛しているからこそ頷けない。


彼の手を掴みたい私と、掴めない私。
どちらの私も偽りじゃない。


彼のそばにいたくて話し始めたはずなのに、彼の未来を守りたいから頷かない。

これが最善かなんて分からない。――でも頷けないないのだ。



 ……愛して…い‥ます、リューザさ……うっぅぅ…。




「ミアが妻になってくれなかったら、私は酒浸りの人生を送ることになる。そして酔った勢いで魔術を展開して大勢の命を奪う。もちろんそこに正義なんてない。ただの殺戮だ。これは褐色の口なしの予知だから絶対だ。どうする?ミア」

殿下は優しく笑いながら、私の言葉を待っている。


どんなに凄い魔術師も予知は出来ない。それは彼が以前私に教えてくれたこと。

つまりこれも殿下の愛に溢れた盛大な嘘。

こんなに熱すぎる求婚の仕方があるなんて初めて知った。

「私を止めてくれ、ミア。そしてこの世界を救って…」

とてもとても甘い声音でそう告げてくる。
世界が滅びる悲愴感なんてどこにもない。だって彼は世界を滅ぼさない。


これは、愛を乞う言葉。


『愛しているよ、ミア』と『世界を壊すけどいい?』と交互に繰り返しながら微笑んでいる。


……凄く重い愛。


だけど、私にとっては重くない。まるごと私を包み込む深い愛。

親から愛情を注がれなかったからこそ、これくらいの愛を渇望していたのかもしれない。

たぶんそれを殿下は分かってくれていた。



――この深い愛に応えたい。
 

目尻に落としていた口づけが、頬に、額に、そして唇へと移っていく。拭う涙がもうないから。
 

 …頷いていい…かな……。

 …もう頷くしかないよね……。

 ふふ、だって世界が滅びてしまうから……。


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