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34.マーズ公爵夫妻の目的

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私の視界を遮るように殿下が前に出たけれど、それは一瞬だけ遅かった。私の目には着飾った両親の姿がもう映っていた。

 お父様…、お母様、どうしてここに…。

一緒に暮らし始めても、顔を合わせたのはまだ数えるほどしかない。それでも領地に飾られていた絵姿をずっと見ていたから見間違えることはない。


マーズ公爵夫妻の登場に周囲はざわついていたのだ。
ホワイト伯爵夫妻が丁寧な口調で、彼らに向かって挨拶をする声が聞こえてくる。やはり予定外の参加だったようだ。

「ホワイト伯爵、大変申し訳無い。使用人の勘違いで招待を断ってしまったようだが、それを知らずに来てしまった。招かざる客となってしまっただろうか」
「いいえ、とんでもございません!マーズ公爵様と奥方様に来て頂けるなんて大変光栄なことでございます。今宵はマーズ公爵家のご子息とご令嬢も、我が娘メリッサの友人として参加頂いておりますから、今後は親子ともどもよろしくお願いいたします」
「レイザとレイリンも…参加しておりましたか…」

お父様の訝しむ声がここまで聞こえてきた。
弟妹達はマーズ公爵家の次代を支える者として、どの夜会に参加するか己の判断で決めることが許されている。しかし、このホワイト伯爵家は社交界で価値なしと判断されている家だ。その夜会になぜ我が子が参加しているのだと、考えているのだろう。

でもそれを言うなら、両親こそなぜここに来ているのか。使用人の勘違いなんて見え透いた嘘に決まっている。
主催者であるホワイト伯爵も分かっているだろうが指摘したりはしない。理由が何であろうと、マーズ公爵夫妻が来てくれたということで箔がつくからだ。


「はい!えっと、…ああ、あちらにいらっしゃいます。ケイドリューザ殿下とご一緒のようですね。実は今宵は私の娘の友人として隣国の第二王子である殿下も参加しておりまして――」
「ホワイト伯爵、快く迎えてくれて礼を言う。では、ゆっくりと楽しませていただこう」

ホワイト伯爵の言葉にレイザとレイリンの動きが止まる。それは両親の視線が私達のほうに向いてしまったからだ。
きっとまだ殿下の背に隠れている私の存在には気づいていない。
でもここで慌てて動いたら、かえって目立ってしまう。

両親は周囲と優雅に挨拶を交わしながら、こちらに向かってくる。
その目的は弟妹達か、または隣国の第二王子か、それともここにいてはならない私という存在か…。


あの夜会で倒れてから、夜会への参加は不要だと私は申し付けられていた。
『ハナミア様。今後夜会への参加は控えるようにと公爵様がおっしゃっておりました』
『でもまだ数回でなくてはいけないものがあったはずだわ。急に断るのは失礼だから、それは出たほうが良いのよね?』
『あの……、必要ないとおっしゃっておりました』
私の問いに口籠る侍女の様子から、それは私の体調を気遣ってではなく、公爵家の者としてみっともない姿を晒すことはあってはならないからだと分かった。
お父様の言葉は本当はもっと直接的なものだったのだろう。きっと侍女はこれでも遠回しな言い方に変えくれたのだ。


私はこの夜会への参加も当然許されない。
ただ両親は私に無関心だから、気づかれないまますべてが終わるはずだった。




 まだ気づいていないよね…?


私の姿は両親の目には映っていないはずだ。
それならまだ大丈夫。
殿下や弟妹達と話している間に私だけがこっそりとこの場から離れていけばいい。
流石に顔を見られたらどうしようもないけれど、後ろ姿だけなら気づかれないだろう。

…逃げるが勝ちでいいよね?


「姉上、合図したら一人でここから離れてください。申し訳ありません、私の確認不足でした…」
「いや、ミアを一人には出来ない。レイザ殿が私と一緒にここに残れ。レイリン嬢は私が合図したらミアと一緒に離れろ」
「分かりましたわ、殿下」
「殿下、よろしくお願いします」

殿下の言葉にレイザとレイリンは素直に頷く。いつもの反抗的な態度は一切ない。それはこの状況がまずいからこそだ。
私はというと、もう逃げる準備は万端だった。

それに万が一ばれてしまった時の覚悟もしている。ここに来ることになったのは私のお節介のせいで、三人は巻き込まれただけ。

自分の行動には責任を持たなければいけない。
出来損ないの娘の愚行を両親が笑って許すことはないだろう。
きっとさらに見放されるかもしれない。

 でもこれ以下はないかな……。

うん、これ以下がないなら全然大丈夫!


逃げられたらラッキーくらいに思っておこう。そう思うと気が楽になる。
うん、楽天的で良かったな。

どーんと来いとばかりに身構えていると、両親の足が殿下と弟妹達の前で止まった。

「ケイドリューザ殿下、お初にお目にかかります。私はマーズ公爵家当主のランム・マーズで、こちらが妻のハンナでございます。我が子達が殿下と親しくさせて頂いているとは知りませんでしたが、マーズ公爵家としても大変光栄なことです」
「ブルゾ国第二王子のケイドリューザだ。ここには留学生という立場来ているので、堅苦しい挨拶は無用で願いたい」

どうやら両親の目的は隣国の第二王子への顔繋ぎだったようだ。どこからか聞きつけてやって来たのだろう。
殿下は背中に回した手をさっと動かし『去るように』と合図を送ってくる。

『さあ、お姉様』と私の耳元でレイリンが囁き、私達が離れようとすると。

「レイリン、お待ちさない。あなたにも関係がある話があるのよ」

レイリンの後ろ姿に向かって声を掛けてきたのはのお母様だった。

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