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14.気になる存在〜ケイドリューザ視点〜②

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「公爵令嬢ハナミア・マーズではなく、子爵令嬢レイミア・マードルとなら良き友人のままでしょう。殿下はそれでよいのですか?」
「彼女はレイミアだ。ハナミアではない」

ダリムの問いに私は即答した。

私は王族で、レイミアは子爵令嬢としての立場で普通を求めている。
私と彼女は良き友人でいい。

公爵令嬢という立場なら政略結婚の相手にもなり得るが、そうさせるつもりはない。

体が弱い彼女にその役割は負担が大きすぎるし、マーズ公爵家での彼女の扱いを考えたらこちらに彼女を選ぶメリットはない。
…なにより彼女に嫌われたくはない。柄にもなくそんな事を思う私がいた。

どうしたというのか。
純粋な彼女に影響されたか?

 いや、それはない。

王族としての考え方は骨の髄まで染み込んでいる。

そもそも特別な感情があったわけではなく、ただなんとなく気になっていただけだ。
貴族令嬢として仕草も教養も申し分ないのに、擦れていないところが物珍しくてつい目で追ってしまっていたんだろう。

特別な感情ではなく、それはただの興味だ。

――疑う余地もない。


ダリムは見慣れた笑みを浮かべる。

「…殿下ならそう言うと思っておりました。『安心しました』と申し上げますが、これは側近としての言葉です。洟垂れ小僧だった殿下を見守ってきた一個人としては、少々残念でもあります。ですが殿下の判断を支持します。私もあのままのレイミアさんに癒やされたいですから。野生の子兎は籠に入れて飼うものではありません」
「言われなくとも分かっている」

卒業までの三ヶ月。
短い期間だが、その間だけ友人としての彼女の側にいられる権利を手に入れた。

 …楽しくなりそうだ。

そう思う自分に驚く。きっとダリムはこう思っている私を見透かして驚いているのだろう。いや、楽しんでいるのか。

そんな事を考えているとダリムはこの国の者に見せたことがない優秀な側近の顔になる。そこに浮かぶ笑みに温かみは一切ない。

『氷笑のバード』とは国での彼の二つ名だ。
その名の本当の由来を知る者は、彼と目を合わせようとはしない。

その気持ちはよく分かるが、幼い頃より彼によって鍛えられ、そして彼のいろいろな顔を知っている私からしたら、やはりダリムは古狸が一番しっくりくる。もちろん、これには親しみも込められている。

本当にダリムは器用に表情を使い分ける。
それは持って生まれた才能だろう。


「それと、双頭の龍ですが、今日見た限りなかなか姉に入れ込んでいる様ですからご注意ください。どんな絆があるかは不明ですが、ああいう輩は捨て身になったら何をするか分かりませんので」

ダリムは口ではご注意くださいと言っているが、それは案じている顔ではない。私が彼らに殺られるはずがないと思っているからだ。
私だって殺られる気はしない。私の二つ名だってお飾りじゃない、自分の力でもぎ取ったものだ。


マーズ公爵家の双頭の龍は、我が国でも認識されている。彼らはいずれこの国の中枢でその手腕を発揮する人物になるからだ。

その龍達の逆鱗は姉ハナミア。

一見すると双頭の龍が姉を守っているように思えたが、帰り際に見た時には違って見えた。
ハナミアは両脇を固める双頭の龍を、その眼差しで優しく包み込み、その時の双子は苛烈な龍ではなく子犬にしか見えなかった。

子兎が子犬の皮を被った龍を従えているとは面白い。

だがその子犬達も医務室を出るとき、私と目があったら、また龍の眼を見せつけてきた。
こちらが下手なことをしたら、その鋭い爪で容赦なく首を引き裂こうとするのか。

 相手をするのも悪くない。




「双頭の龍もなかなか見る目があるようだな」

マーズ公爵家で冷遇されている姉を普通ならあんなに大切にしない。親の背を見て育てば、刷り込みで同じ行動をとるものだ。だが彼らは自分の意志で考え行動している。見どころがある。

「そうですね。噂以上のようです。手を組みますか?」

ダリムが確認してくる。
私は色々な国に留学し、その先々で我が国の為に有益とみなした人物と秘密裏に接触している。企んでいるのではなく、何かあった時の手札は多いほうがいいからだ。

それが第二王子である私に課せられた役目。
一箇所に留まるよりは、常に動いていたい質なので適任とも言える。

「いや、まだ様子を見よう」
「分かりました。それとレイミアさんは魔力ゼロでした。この国で貴族として生きていくのは辛いですね」
「だから公爵家から見捨てられたのか…」
「大いに関係しているでしょう」

ダリムは人の体内にある魔力の有無が分かる。こんな馬鹿げた特技を持っているのは彼ぐらいだろう。普通は魔力玉を使ってしか分からない。

通常どこの国の貴族も遺伝的に魔力を受け継いでいる。それを高めて魔術師となれる者は年に数名いるかどうかだ。だから実際に魔力がなくとも生活に支障はない。

我が国では魔力判定すら受けない貴族も昨今では多い。

しかしこの国では貴族=魔力持ちという考えが主流で、生まれるとすぐに大金を払って魔力判定し、婚約を結ぶ前にその証明書を確認するのが決まりになっている。
つまり魔力なしの貴族は役立ずの烙印を押されてしまうのだ。


その烙印を押された姉を大切にする双頭の龍。
彼女にどれほどの価値があるというのだろうか。
彼らが大切にしたいのは血の繋がりか、それとも他のなにかか…。

それはこれからゆっくり見極めればいいだろう。
三ヶ月はあっという間だが、見極めるには十分な時間だ。

だが知ったところで意味はないだろうが…。


「ダリム、レイミアは体が弱い。これからも気にしてやってくれ」
「言われなくとも、そうするつもりです。私は彼女の友人ですから」
「私のほうが先に友人になったんだっ」

張り合うわけじゃないが、なんとなくムッとしてそう告げた。こんなつまらないことを、今まで気に留めたことはなかったのに。

「想いには知り合ってからの長さは関係ありません。深さが重要なんです、殿下」
「何を言ってるんだ?」
「古狸の独り言ですからお気になさらず」

ダリムがしたり顔でそんな事を言ってくる。
レイミアはただの期間限定の友人で、それだけだ。


わざと年寄りくさい笑い声を上げながら、ダリムは私の部屋から出ていく。

 ったく…、ダリムめ。

意味深な言い方をするところが、年寄りの証拠だ。言いたいことがあるなら、はっきり言えばいいものを。

心のなかで悪態をつきながら、明日授業で使う教科書の用意をする。頭の中に内容は全て入っているからこれは形だけ広げているに過ぎない。

だから真ん中に置かずに、レイミア側に置いても困ることはない。それなのに私はこの一週間、真ん中に置き続けた。

 どうしてだ……。

まあいい、明日も真ん中に置くのは変わらないのだから。
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