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9.慟哭〜ジェイ視点〜
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俺はやっとシンシアの身に何が起こっていたのか知った。
「…なんで、なんでそのまま帰したんだっ!」
目の前にいるシンシアを診た医者に怒りをぶつける。
彼女は毒によって全身が蝕まれ、いつ命が尽きるかもしれないというのに、『お大事に…』なんて言って普通に帰すなんて有りえないだろ?
だっていつ倒れてもおかしくない状況なのに……。
「…出来ることは何もなかったんだ、すまない」
「……っ……」
医者は俺に向かって謝ってくる。
俺だって分かっていた、この医者のせいじゃないことぐらい。
出来ることはなかったから、シンシアだって医者のもとを再び訪れなかったのだ。
だが湧き上がる怒りを抑えることなんて到底無理なことだった。
ドカッ!
怒りのままに拳を力一杯壁に叩きつける。
くそったれがっ……。
なんで俺はシンシアに付き添って一緒にここに来なかったんだ。
もし俺がその場にいたら、シンシア一人にすべてを背負わせることにはならなかった。
彼女だってあの決断を選ばなかっただろう。
いいや、選ぼうとしただろうが、絶対に力ずくでも俺は止めたはずだ。
――すべては今更だった。
どうして俺はあの時に、笑顔でシンシアを一人で帰したんだ…。
彼女の性格を知っていながら、どうしてもっと考えなかったっ。
出来たはずだ、それなのに……。
噛み締めた唇から流れ出る血を無造作に拭いながら、自分の甘い考えを後悔し続ける。
七年ぶりの再会、そして微かな関係の変化に浮かれていて判断を誤った。
大人になった自分が苦労したシンシアを、これから幸せにしてやるとばかりに、思い描いた未来しか見えていなかった。
……結局なんにも分かっていなかった。
大人になったつもりでいて、自分の未熟さにも気づかない子供のまま。
悔しいが今の自分はその程度だ。
その事実から目を背けるわけにはいかない。
「これは君あてだ」
「それは…」
そう言って医者が渡してきたのは真っ白い封筒だった。裏返してみたが、表にも裏には何も書かれていない。
医者は使い古したペーパーナイフを俺に差し出しながら話してくる。
「旅支度をした彼女がここに来て、ジェイザ・ミンという人物が来たら、これを渡してくれと頼まれていたんだ。暫く経っても来なかったら捨てて構わないと言っていたから預かっていた」
「シンシアが…」
俺は医者の言葉を聞くなり、血が滲んでいる手で乱暴に封を開け、中に入っている紙を取り出す。
開くとそこにはたった一言だけ書いてあった。
――『ありがとう』――
たったそれだけ。
綺麗で温かみのある文字は滲んでいる。
書いた後に涙が落ちたのか、それとも書きながら泣いていたのか…。
どんな気持ちでこれを書いたんだろう。
きっと自分のことなんて考えていなかった。
大切な人達を巻き込みたくない、どうか私のことで悲しまないで欲しいと願いながら書いたに決まっている。
だから離縁もせずに、大切な人達にも肝心なことはなにも知らせなかったんだ。
シンシアは大切な妹達の人生を、その心を、最後まで守りたかったんだ。
シンシアらしい選択。
だが言って欲しかった、頼って欲しかった。こんな俺でもいないよりはましだから。
シンシア、俺はそんなに頼りなかったか…。
『ありがとう』という滲んだ文字が、上から滴り落ちるもののせいで更に滲んでいく。
「うあぁーーーー、シンシ…ア……」
叫んだのは己の不甲斐なさを呪ってだ。
決して初恋の人を失ったからじゃない。
……まだ失ってなんかいないっ!
俺にはまだ出来ることがある。
優しいシンシアの気持ちを踏みにじる真似はしない、彼女が守ろうとしているものには触れない。
――でもやるべきことは俺がやる。
「…なんで、なんでそのまま帰したんだっ!」
目の前にいるシンシアを診た医者に怒りをぶつける。
彼女は毒によって全身が蝕まれ、いつ命が尽きるかもしれないというのに、『お大事に…』なんて言って普通に帰すなんて有りえないだろ?
だっていつ倒れてもおかしくない状況なのに……。
「…出来ることは何もなかったんだ、すまない」
「……っ……」
医者は俺に向かって謝ってくる。
俺だって分かっていた、この医者のせいじゃないことぐらい。
出来ることはなかったから、シンシアだって医者のもとを再び訪れなかったのだ。
だが湧き上がる怒りを抑えることなんて到底無理なことだった。
ドカッ!
怒りのままに拳を力一杯壁に叩きつける。
くそったれがっ……。
なんで俺はシンシアに付き添って一緒にここに来なかったんだ。
もし俺がその場にいたら、シンシア一人にすべてを背負わせることにはならなかった。
彼女だってあの決断を選ばなかっただろう。
いいや、選ぼうとしただろうが、絶対に力ずくでも俺は止めたはずだ。
――すべては今更だった。
どうして俺はあの時に、笑顔でシンシアを一人で帰したんだ…。
彼女の性格を知っていながら、どうしてもっと考えなかったっ。
出来たはずだ、それなのに……。
噛み締めた唇から流れ出る血を無造作に拭いながら、自分の甘い考えを後悔し続ける。
七年ぶりの再会、そして微かな関係の変化に浮かれていて判断を誤った。
大人になった自分が苦労したシンシアを、これから幸せにしてやるとばかりに、思い描いた未来しか見えていなかった。
……結局なんにも分かっていなかった。
大人になったつもりでいて、自分の未熟さにも気づかない子供のまま。
悔しいが今の自分はその程度だ。
その事実から目を背けるわけにはいかない。
「これは君あてだ」
「それは…」
そう言って医者が渡してきたのは真っ白い封筒だった。裏返してみたが、表にも裏には何も書かれていない。
医者は使い古したペーパーナイフを俺に差し出しながら話してくる。
「旅支度をした彼女がここに来て、ジェイザ・ミンという人物が来たら、これを渡してくれと頼まれていたんだ。暫く経っても来なかったら捨てて構わないと言っていたから預かっていた」
「シンシアが…」
俺は医者の言葉を聞くなり、血が滲んでいる手で乱暴に封を開け、中に入っている紙を取り出す。
開くとそこにはたった一言だけ書いてあった。
――『ありがとう』――
たったそれだけ。
綺麗で温かみのある文字は滲んでいる。
書いた後に涙が落ちたのか、それとも書きながら泣いていたのか…。
どんな気持ちでこれを書いたんだろう。
きっと自分のことなんて考えていなかった。
大切な人達を巻き込みたくない、どうか私のことで悲しまないで欲しいと願いながら書いたに決まっている。
だから離縁もせずに、大切な人達にも肝心なことはなにも知らせなかったんだ。
シンシアは大切な妹達の人生を、その心を、最後まで守りたかったんだ。
シンシアらしい選択。
だが言って欲しかった、頼って欲しかった。こんな俺でもいないよりはましだから。
シンシア、俺はそんなに頼りなかったか…。
『ありがとう』という滲んだ文字が、上から滴り落ちるもののせいで更に滲んでいく。
「うあぁーーーー、シンシ…ア……」
叫んだのは己の不甲斐なさを呪ってだ。
決して初恋の人を失ったからじゃない。
……まだ失ってなんかいないっ!
俺にはまだ出来ることがある。
優しいシンシアの気持ちを踏みにじる真似はしない、彼女が守ろうとしているものには触れない。
――でもやるべきことは俺がやる。
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