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40.一途に思う者(レイリー視点)

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「レイリー、久しぶりだな。一ヶ月――いや、二ヶ月ぶりになるかな……」

「商談があって忙しかったんだ。ロイド、いいのか? あそこから抜け出して」

 私――レイリーの視線の先には、先ほどまでロイドが談笑していた令嬢達がいた。みな未婚で身分も高く、そのうえ華がある。彼女らは全員、ロイドの再婚相手候補のはずだ。

 ロイドは離縁してからすぐに再婚相手を選ぶようにホグワル候爵から命じられていた。
 だから夜会では、ホグワル候爵が見繕った令嬢達の相手をしている。彼は丁寧に対応しているが、乗り気ではないのは明らかだった。


「少しくらい息抜きをしたっていいだろ? ずっと囲まれていて大変だったんだ。それよりも、レティのことを――」

「ロイド、妹はもうお前の妻じゃない。さすがにその呼び方は改めてくれ」

「あ、あぁ、そうだったな。すまない、つい……」

 この会話も何度目だろうか。いくら言っても、彼は妹のことを愛称で呼び続ける。

 まるでレティシアにしがみついているみたいだ……。


 そう、彼はまだ妹のことを心から愛しているのだ。だから、私に会う度に妹の近況を知りたがる。
 トウヤはホグワル候爵家の主治医を辞めてしまったので、私しか聞く相手がいないのだ。


「元気にしてるよ、妹は」

「そうか、良かった。なにか言ったりは……いや、なんでもない」

 彼は自分のことを妹が気にしていないかと聞きたいのだろう。なんでもないと言いながらも、教えて欲しいと目で訴えている。

 だが私は優しさから、その目に気づかないふりをする。

 言えるわけがない、まったく話題に出ないなんて……。



 私は通りかかった給仕の盆の上からグラスをふたつ取ると、片方をロイドに押し付けるように渡す。


「喉が乾いていたんだ、付き合ってくれ。久しぶりの再会に乾杯、ロイド」

「……乾杯、レイリー」

 飲みたかったわけではなく、話の流れを途切れるためだったので、私は唇を湿らせるに留める。


「それよりも、アリーチェの子がそろそろ生まれるんじゃないか?」

「ああ、そうだな」

 ロイドの声音に喜んでいる色はない。自分の子が生まれるというのに。

 その理由の最たるものはアリーチェだろう。

 彼は愛人となった彼女と上手くいってないという。
 あんなに学生時代恋い焦がれていた相手なのに、今は一欠片の恋情もないそうだ。

『アリーチェと一緒にいても安らげないんだ。凛としていた彼女はもういないよ。ただ、我が強いだけで。……遠くから見ているのがちょうど良かったよ』

 ロイドは自嘲しながらこう言っていた。

 アリーチェにかつて向けていた思いは気の迷いだったと、自分が心から愛し一生をともにしたい相手はレティシアだと気づいたらしい。

 その愛は、貴族社会では愚かだと切り捨てられる類のもの。家のためにならない――子を産めない――妻は切り捨てるべき存在なのだ。

 そういう貴族社会の規範から見れば、ロイドの思いは一途と言える。だが、こんなふうに愛せる彼を羨ましいとは思わない。

 ……なら、どうして貫かなかった。

 愛してると言いながら、離縁届けに署名した。
 まだ愛していると言いながら、こうして父親に求められるままに再婚相手を探している。

 彼の一途な愛は、どこまでも貴族社会の枠の中に留まり続けているのだ。つまり、なにかを捨てる覚悟はない。自分の身が一番大切なのだ。

 ふっ、誰かさんと同じだな。

 その誰かとは私自身であり、殆どの貴族男性に当てはまるはずだ。……トウヤは例外だが。 

 だから、私はロイドの友人であり続けるのだ。自分を見ているようで放っておけない。


 ――ロイドは特別に悪い奴じゃない。ただ、運が悪かった。


 私は元気づけるように、彼の肩を気安く叩く。

「生まれたら教えてくれ。祝いを贈るから」

「ありがとう、レイリー。連絡するよ」

 彼は気のない返事を返してきた。きっと連絡は来ないだろう。レティシアに配慮してではなく、彼にとって大切な案件ではないから失念する気がする。

「そろそろ戻るよ。父上がこっちを見てるから」

 少し離れたところにホグワル候爵はいた。にこやかに目の前にいる相手と話しているが、横目でこちらを睨んでいる。
 彼は事業の拡大を考えていて、ロイドの結婚をその足掛かりにしようと思っているらしい。
 時間を無駄にするなと言いたいのだろう。


「ロイド、またな。無理はするなよ」

「……やはり、レイリーはレティ、シアの兄なんだな。彼女もいつもそう言ってくれていたんだ。私の心配をしてくれて」

 ロイドは悲しそうに『彼女によろしく伝えてくれ……』と呟いてから、また令嬢達の輪の中に戻っていく。


 ――離縁しようと、愛人がいようと、彼の価値は損なわれていない。


 令嬢達は条件の良い彼に選ばれたくて、我先にとロイドに話し掛けている。

 傍から見たら羨ましい光景だろう。


 ……だが、彼は全然幸せそうには見えなかった。


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