上 下
23 / 42

23.私は私④

しおりを挟む
「レティシア様からホグワル侯爵夫人にお認めになるように言っていただけませんか?」

「何をでしょうか?」

ルーマニ伯爵夫人は嬉々として私に話し掛けてくると、自分のネックレスを見せつけるように手に取る。

「彼女は私のデザインしたネックレスを真似したんですのよ。ね、皆さま」

後ろに控えているギルス候爵夫人達は口を揃えて『その通りですわ』と頷く。


彼女が言うには、自身がそれを身に着け始めたのは一ヶ月ほど前だという。そして、私の記憶では、義母にネックレスが届いたのも同じ頃である。依頼してから完成するまで数ヶ月は掛かるから、やはりどちらも真似をしていないのだ。

――不幸な偶然。


それをルーマニ伯爵夫人達は意趣返しに利用した。


義母も同じ頃から持っていたと証明出来れば問題は解決する。たぶん、取り巻き達は義母のネックレスに見覚えがあるはずだ。でも、みな口を閉ざしている。

他に誰かいるかと言えば、私しかいない。でも、身内である私の言葉は一蹴されて終わるだろう。

しかし、私はこの場を収める優れた話術もなく、助けてくれそうな人脈も残念ながらない。
出来ることは、この場で義母の唯一の味方になることだけ。私は深く息を吸ってから口を開く。

「義母も一ヶ月ほど前からネックレスを所有しておりました。ですから偶然の一致だと思いますわ」

「何を言うかと思えば。レティシア様まで嘘を吐くなんて。侯爵夫人とは血が繋がっていないのに似ていますわね」

ルーマニ伯爵夫人がくすくすと笑うと、ギルス候爵夫人が一歩前に出る。

「他の誰もホグワル侯爵夫人が一ヶ月前からそれを身に着けていたと証言しておりません。華があって目立つ方なのにおかしいですわよね?」

それはここがダイナ公爵家のお茶会だからとは言えない。静観しているミネルバを巻き込むことになってしまう。


矛先が義母から私に移ると、隣に立つ彼女から微かに安堵の息が漏れる。その表情を見ると、彼女が持ち直したのが分かった。


彼女はいつも私の前に出る人だった。でも、今は前に出る気配はない。それどころか、矛先が私に向けられた瞬間、場を譲るようにほんの少しだけ後ろに下がっていた。

 ずっと彼女を強い人だと思っていたけれど……。

――本当は違うのかもしれない。



向けられた矛先に耐えていると、人混みから『あの……』と小さな声がしてダイナ公爵家の侍女がおずおずと前に出てくる。

「レティシア様のお話は本当です。侯爵夫人は一ヶ月前から所有していました」

その侍女は三週間ほど前に義母によって解雇された子だった。理由は髪飾りを壊したからだが、飛び出してきた猫に驚いて転んだ結果だった。
紹介状がないと次の仕事に就くのは難しい。だから、私は秘かに紹介状を書いて持たせたのだ。

 まさかここで働いていたなんて……。

一介の侍女がこの場で発言するなんて勇気がいったことだろう。目で感謝を伝えると、彼女ははにかんだ様子で下がっていった。

「侍女の言葉なんて信用に値しませんわ」

ルーマニ伯爵夫人達が余裕の表情でそう言い放つと、ひとり、またひとりと人混みから前に出てくる者達がいた。


その中のひとりの令嬢が何度も深呼吸してから口を開く。

「あ、あの……マイル子爵家のリリアナと申します。私も数週間前に見ました。記憶力はいいほうです。レティシア様、いつぞの夜会では声を掛けてくださりありがとうございました。祖父であるピロット公爵も大変感謝しておりました」

「お礼を言うのはこちらの方です。一緒にお話できて楽しい時間を過ごせました」

リリアナは顔を真っ赤にしていた。
彼女は上がり症で、とある夜会でも、それを誰かに指摘され壁際で俯いていたのだ。

『良かったら私とお喋りしてくださいませんか?』
『……わ、私、は苦手なんです』
『実は私もなんです。この通り壁の華になってますから、お仲間ですね。レティシアと申します』
『あ、あの、リリアナです。お喋り……したいです』

お互いに爵位は名乗らず、会話を楽しんで終わった。まさか彼女がピロット公爵の親戚だったなんて……。

驚いていると、彼女はぺこっと私にお辞儀をしてから下がっていく。
それからは、順番に同じようなことが続いていった。みな爵位は高くなかったけれど、最後に付け足される親戚の名は錚々たるものばかりだった。


旗色が悪くなったと感じたルーマニ伯爵夫人達は狼狽えている。逆に義母は形勢逆転とばかりに一歩前に出る。


――誰かを悪者にして終わらせたくない。


私は義母より先に動いた。

「ルーマニ伯爵夫人もお義母様もともに、社交界の華と称えられるかたですから感性が同じなのですね。こんな素敵な装飾品を生み出せるなんて羨ましいです。お二人ともよくお似合いですわ」

ルーマニ伯爵夫人も義母も気まずそうな顔をして、お互いの出方を窺っている。未熟な私の言葉に乗って終わらせるべきか迷っているのだろう。
自分の力不足を痛感していると、ミネルバがこちらに歩いてきた。


「レティシア様、お茶の続きを致しましょう。もしかしてお話がまだお済みではないのかしら?」

「「「いいえ、終わりましたわ。ダイナ公爵夫人」」」

ミネルバの登場に、ルーマニ伯爵夫人達と義母の声が見事に重なった。

これを合図に集まっていた人達は、この場から離れていきお茶会の続きを始める。義母の姿も気づいたら人混みに紛れてしまったようで消えていた。



「ミネルバ様、収めてくださりありがとうございました」

「私はただ友人をお茶に誘っただけですわ。収めたのはレティシア様、あなたよ」

ミネルバは謙遜したが、彼女の登場がなかったらまだ揉めていたはずである。

彼女がまだ私を友人と言ってくれて嬉しく思う。
三人揃って温室へと歩き始めると、左隣にいたマールが覗き込むように私を見る。

「レティシア様、お疲れ様でした。あなたのお陰で丸く収まりましたね」

「いいえ、みなさんの勇気のお陰です。ご縁とは不思議なものですね。まさか、こんなふうに繋がっていくとは思っておりませんでしたわ」

「その勇気を与えたのは、あなたですよ。レティシア様」

私が買いかぶりすぎですと笑うと、彼は意味ありげに『そのうち分かりますよ』と目を細める。


私達は温室に戻ると楽しい時間を過ごした。ミネルバは少女のような一面もあり可愛い人だと知り、マールは相変わらず冗談を言って笑わせてくれた。




お茶会が終わると、私と義母はホグワル侯爵家の馬車に乗り込み来た道を帰っていく。

義母は小さな窓から外を見ていて、横に座る私に背を向けている。私からは声を掛けなかった。
 
――誰だって一人になりたい時もある。


それに見返りが欲しくてあの時、義母の隣に立った訳ではない。
いろいろあって疲れていたのか、私がうつらうつらし始めていると、ガタンッと馬車が揺れて目が覚める。

「……ありが……と……ぅ」

聞こえてきたのは微かな涙声。隣を見ると、義母の背中は微かに震えている。

彼女は感謝してくれていたのだ。
人は誰しも感情が上手く出せない時がある。もしかしたら、私に聞かせるつもりはなかったのかもしれない。



――たぶん、今は返事を返さないほうがいい。


私はそっと目を閉じて寝たふりをした。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

平凡な365日

BL / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:590

【完結】妻に逃げられた辺境伯に嫁ぐことになりました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:568pt お気に入り:3,041

転生チートは家族のために~ユニークスキルで、快適な異世界生活を送りたい!~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:15,378pt お気に入り:3,272

公爵家の娘になりました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:262pt お気に入り:207

処理中です...