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21.私は私②
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私達に気づいたミネルバは顔を顰める。私が彼女の気遣いを無にしてこの場に来たからだろう。まず最初にするべきは謝罪だ。
「ミネルバ様、申し訳ご――」
「まったく、マール伯爵は役に立たない方ですわね。もう少し出来る方かと思っておりましたわ」
彼女に遮られて私は最後まで言えなかった。
そして、なぜか彼女の鋭い視線は、私ではなく彼に向けられている。
役に立たないって……?
辛辣な言い様に私が驚いてると、更に驚くことが待っていた。
「私はあなたと違って、レティシア様の意思を尊重しますので。そして、ミネルバ様、そのお言葉そっくりお返しします。まだ収めていないとは、もう少し出来る方かと思っておりました」
「尊重とは、自分の無能さを隠す時にも使えるのですね。教えてくださり感謝しますわ、マール伯爵」
「こちらこそ、新しい解釈を知りました。尊重とは自分の意見を押し付けることでもあるのですね、ミネルバ様」
マールとミネルバはともに長身なので、間に挟まれた私の頭上で、言葉の応酬を始めた。
私は忙しなく二人の顔を見比べる。
どちらも笑顔を受かべ穏やかな口調だけれど、その目は鋭く話している内容は……なかなかである。
どうやら、ミネルバは彼に私を引き止める役を暗に頼んでいたようで、彼にもそれは伝わっていた。しかし、私がここに来たいと言ったから……。
彼らの善意を私が台無しにしたことで、こんな事態になっている。
私は先ほど言えなかった言葉をもう一度言おうと口を開く。
「私が我儘を言ったばかりに申し――」
「レティシア様の立場なら当然の行動ですから、謝る必要はありませんわ。ね、マール伯爵」
「それについてはミネルバ様に同意します」
にこやかに私を見る彼らは先ほどまでとは別人のようで、私が知っている二人だった。
きっと彼らは気の置けない関係だからこそ、あんなふうに言い合えるのだろう。
ほっとすると同時にそういう関係を築けて羨ましいなと思っていると、ミネルバがあちらを見てと視線を中心に向けた。
「装飾が被っているの。どちらも自分が考案したものだと主張しているわ」
義母とルーマニ伯爵夫人の胸元を飾るネックレスは同じに見える。
紫水晶を金のチェーンに絡ませていて繊細なのに華やかさもある代物で、どちらにもよく似合っている。
最近、貴婦人達の間で自分でデザインを考えて装飾品を作るのが流行っている。つまり、自分の手で一点ものを作るのだ。普通に考えたら被ることはないはずだが、似通ったデザインはよく見かけた。
それにはこういう事情があった。
デザインを考えると言っても一からではなく、宝石商人から提示された案を組み合わせるのだ。
素人判断で突飛な方向に向かっていると感じたら、商人は無難なデザインに上手く誘導する。出来上がってから『こんなはずじゃなかったわ』と支払いを拒まれないために。
先を読んで確実に利益が取れる手段を用いる――それが商売。
だから、似てしまうのは仕方がないことだけれども、そっくり同じなのは初めて見た。
……たぶん、商人のせいね。
全く同じデザインをうっかり提供してしまったのだ。商売が繁盛してチェックが追いつかなかったのかもしれない。
状況は分かったけれど、ここまで揉める問題ではないはずだ。
内心は穏やかではないにしろ、この場にいない者――宝石商人――のせいにして、お互いの面目を保つのが社交の基本。
ミネルバは少しだけ屈んで、口元を私に近づける。
「ルーマニ伯爵夫人の後ろの面子をご覧なさい、レティシア様」
「ミネルバ様、申し訳ご――」
「まったく、マール伯爵は役に立たない方ですわね。もう少し出来る方かと思っておりましたわ」
彼女に遮られて私は最後まで言えなかった。
そして、なぜか彼女の鋭い視線は、私ではなく彼に向けられている。
役に立たないって……?
辛辣な言い様に私が驚いてると、更に驚くことが待っていた。
「私はあなたと違って、レティシア様の意思を尊重しますので。そして、ミネルバ様、そのお言葉そっくりお返しします。まだ収めていないとは、もう少し出来る方かと思っておりました」
「尊重とは、自分の無能さを隠す時にも使えるのですね。教えてくださり感謝しますわ、マール伯爵」
「こちらこそ、新しい解釈を知りました。尊重とは自分の意見を押し付けることでもあるのですね、ミネルバ様」
マールとミネルバはともに長身なので、間に挟まれた私の頭上で、言葉の応酬を始めた。
私は忙しなく二人の顔を見比べる。
どちらも笑顔を受かべ穏やかな口調だけれど、その目は鋭く話している内容は……なかなかである。
どうやら、ミネルバは彼に私を引き止める役を暗に頼んでいたようで、彼にもそれは伝わっていた。しかし、私がここに来たいと言ったから……。
彼らの善意を私が台無しにしたことで、こんな事態になっている。
私は先ほど言えなかった言葉をもう一度言おうと口を開く。
「私が我儘を言ったばかりに申し――」
「レティシア様の立場なら当然の行動ですから、謝る必要はありませんわ。ね、マール伯爵」
「それについてはミネルバ様に同意します」
にこやかに私を見る彼らは先ほどまでとは別人のようで、私が知っている二人だった。
きっと彼らは気の置けない関係だからこそ、あんなふうに言い合えるのだろう。
ほっとすると同時にそういう関係を築けて羨ましいなと思っていると、ミネルバがあちらを見てと視線を中心に向けた。
「装飾が被っているの。どちらも自分が考案したものだと主張しているわ」
義母とルーマニ伯爵夫人の胸元を飾るネックレスは同じに見える。
紫水晶を金のチェーンに絡ませていて繊細なのに華やかさもある代物で、どちらにもよく似合っている。
最近、貴婦人達の間で自分でデザインを考えて装飾品を作るのが流行っている。つまり、自分の手で一点ものを作るのだ。普通に考えたら被ることはないはずだが、似通ったデザインはよく見かけた。
それにはこういう事情があった。
デザインを考えると言っても一からではなく、宝石商人から提示された案を組み合わせるのだ。
素人判断で突飛な方向に向かっていると感じたら、商人は無難なデザインに上手く誘導する。出来上がってから『こんなはずじゃなかったわ』と支払いを拒まれないために。
先を読んで確実に利益が取れる手段を用いる――それが商売。
だから、似てしまうのは仕方がないことだけれども、そっくり同じなのは初めて見た。
……たぶん、商人のせいね。
全く同じデザインをうっかり提供してしまったのだ。商売が繁盛してチェックが追いつかなかったのかもしれない。
状況は分かったけれど、ここまで揉める問題ではないはずだ。
内心は穏やかではないにしろ、この場にいない者――宝石商人――のせいにして、お互いの面目を保つのが社交の基本。
ミネルバは少しだけ屈んで、口元を私に近づける。
「ルーマニ伯爵夫人の後ろの面子をご覧なさい、レティシア様」
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