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4.美しい想い人
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義母の友人関係を息子である彼が、すべて把握しているはずはない。だから、この再会は本当に偶然。
……彼のせいではないわ。
手をぎゅっと握りしめて、俯いてしまいそうになる顔を上げ続ける。
アリーチェは優雅に一歩前に出る。
彼女はシンプルなドレスを纏っていた。……この夜会の中で一番控えめな衣装。でも、自信に満ち溢れたその姿は、以前と変わらず美しかった。
「アリーチェと申します。初めまして……なのは、レティシア様だけですわね。ロイド様は私のことを覚えておりますか? 学園に在籍中、同じクラスになることは一度もありませんでしたが、私達は同学年だったのですよ」
ロイドはちらっと気遣かしげに私を見てから答える。
「……申し訳ございませんが記憶にありません。あの学年は人数が多かったですし、私は物覚えが良くないので。アリーチェ嬢は、なぜ私のことを知っていたのですか?」
かつての想い人を忘れるはずがない。私のための嘘を吐いたのだと思うと、少しだけ胸の苦しさが薄れた気がした。
彼女は残念そうな顔をしながら、ふふっと小さく笑う。
「ロイド様は素敵な方でしたから、女生徒に人気があったのですよ。ですから、私も知っておりました。雲の上のような存在でしたので、在学中は話す機会もありませんでしたが、こんな形でご縁が出来るなんて光栄ですわ」
「まあ、世間は意外と狭いものね」
義母は驚いた顔をして、二人を交互に見ている。アリーチェの歳を知らなかったようだ。女性に対して年齢を尋ねるのは失礼なことなので、必要がなければ聞いたりはしないからだろう。
「母上の顔が広すぎるのですよ」
「メイベル様のお顔が広いのだと思いますわ」
ロイドとアリーチェの声が重なり、二人は顔を見合わせ笑みを零す。
「二人揃って、お褒めの言葉をありがとう」
義母も嬉しそうに声を上げて笑った。私も合わせるように笑みを浮かべてみせる――彼の妻は私だから、懸命に平気なふりをした。
「では、母上。私達は挨拶回りに行ってきます。さあ、レティ」
彼は話を自然に切り上げ、この場から去ろうとする。彼は私の背に手を回すと、労るように優しく撫でてくれた。
……やっと終わるわ。
そっと安堵の息を吐きながら、私が差し出された彼の手を取ると、義母に呼び止められた。
「まだ肝心なことを伝えてないわ。アリーチェは明日からホグワル侯爵家の次期当主に仕えるから、そのつもりでね」
「母上、そんな話は初耳です……」
「ええ、だから今話しているのよ。ロイド」
ロイドは目を見開いて、私を見ながら首を横に振る。自分は本当に知らなかったのだと伝えているのだ。
下位貴族の令嬢が行儀見習いという形で高位貴族や王族に仕えることはある。それは箔をつけるためだ。
一定期間仕えたということは、その家の者に礼儀作法に問題がないと認められた証となり、婚姻を結ぶときに有利に働くのだ。
なので、男爵令嬢が侯爵家に仕えるのは不思議ではない。しかし、普通ならば当主夫人または次期当主夫人に侍女として仕えるものだ。
アリーチェの表情は変わらない。義母から事前に聞いていたのだろう。
「母上、なぜ、私なのですか!」
「レティシアのためよ」
抑えた声で詰問するロイド。義母の視線の先には彼ではなく、なにも言えずに立ち尽くしている私がいた。
……彼のせいではないわ。
手をぎゅっと握りしめて、俯いてしまいそうになる顔を上げ続ける。
アリーチェは優雅に一歩前に出る。
彼女はシンプルなドレスを纏っていた。……この夜会の中で一番控えめな衣装。でも、自信に満ち溢れたその姿は、以前と変わらず美しかった。
「アリーチェと申します。初めまして……なのは、レティシア様だけですわね。ロイド様は私のことを覚えておりますか? 学園に在籍中、同じクラスになることは一度もありませんでしたが、私達は同学年だったのですよ」
ロイドはちらっと気遣かしげに私を見てから答える。
「……申し訳ございませんが記憶にありません。あの学年は人数が多かったですし、私は物覚えが良くないので。アリーチェ嬢は、なぜ私のことを知っていたのですか?」
かつての想い人を忘れるはずがない。私のための嘘を吐いたのだと思うと、少しだけ胸の苦しさが薄れた気がした。
彼女は残念そうな顔をしながら、ふふっと小さく笑う。
「ロイド様は素敵な方でしたから、女生徒に人気があったのですよ。ですから、私も知っておりました。雲の上のような存在でしたので、在学中は話す機会もありませんでしたが、こんな形でご縁が出来るなんて光栄ですわ」
「まあ、世間は意外と狭いものね」
義母は驚いた顔をして、二人を交互に見ている。アリーチェの歳を知らなかったようだ。女性に対して年齢を尋ねるのは失礼なことなので、必要がなければ聞いたりはしないからだろう。
「母上の顔が広すぎるのですよ」
「メイベル様のお顔が広いのだと思いますわ」
ロイドとアリーチェの声が重なり、二人は顔を見合わせ笑みを零す。
「二人揃って、お褒めの言葉をありがとう」
義母も嬉しそうに声を上げて笑った。私も合わせるように笑みを浮かべてみせる――彼の妻は私だから、懸命に平気なふりをした。
「では、母上。私達は挨拶回りに行ってきます。さあ、レティ」
彼は話を自然に切り上げ、この場から去ろうとする。彼は私の背に手を回すと、労るように優しく撫でてくれた。
……やっと終わるわ。
そっと安堵の息を吐きながら、私が差し出された彼の手を取ると、義母に呼び止められた。
「まだ肝心なことを伝えてないわ。アリーチェは明日からホグワル侯爵家の次期当主に仕えるから、そのつもりでね」
「母上、そんな話は初耳です……」
「ええ、だから今話しているのよ。ロイド」
ロイドは目を見開いて、私を見ながら首を横に振る。自分は本当に知らなかったのだと伝えているのだ。
下位貴族の令嬢が行儀見習いという形で高位貴族や王族に仕えることはある。それは箔をつけるためだ。
一定期間仕えたということは、その家の者に礼儀作法に問題がないと認められた証となり、婚姻を結ぶときに有利に働くのだ。
なので、男爵令嬢が侯爵家に仕えるのは不思議ではない。しかし、普通ならば当主夫人または次期当主夫人に侍女として仕えるものだ。
アリーチェの表情は変わらない。義母から事前に聞いていたのだろう。
「母上、なぜ、私なのですか!」
「レティシアのためよ」
抑えた声で詰問するロイド。義母の視線の先には彼ではなく、なにも言えずに立ち尽くしている私がいた。
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