報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜

矢野りと

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2.大切な婚約者(ロイド視点)

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 私――ロイドは婚約者レティシアを大切に想っている。


 初めての顔合わせは、私が七歳で彼女はまだ五歳の時だった。

『僕がロイド・ホグワルです。両家の縁で結ばれたこの婚約を心から嬉しく思っています。これからよろしくお願いします、レティシア』

『あ、あの、レティシアです。私もとてもうれしいです。ロイド様と婚約できて……えっと? あっ、ものすごく光栄です』

 私の挨拶に比べて、彼女の挨拶はたどたどしかった。バーク侯爵夫妻は娘の失態に顔を青くしていたけど、私は一生懸命な彼女が可愛らしいと思った。

 くすっと私が笑うと、彼女も真っ赤になりながらふわっと笑ってくれた。この子となら素敵な家庭を築けると、子供ながらに思った瞬間だった。



 ――その気持ちは一度だって変わったことはない。



 だが、学園に入学して、アリーチェ・ロルバケルという女性に出逢ってしまった。

『正しいことは正しい。間違っていることは、間違っている。身分で変わることはないのよ』

 身分を笠に着て、子爵令息をいじめていた奴に、彼女は臆することなく言い放った。

 彼女の第一印象は“苛烈な人”で、正直に言えば苦手だと思った。私の母が気の強い人だったので、なんとなく重なってしまったのだ。
 それなのに、気づいたら彼女のことを目で追うようになっている自分がいた。
 

『なんで気になるんだと思う?』

『やめておけよ。君、婚約者がいるんだろ?』

『いる。……もの凄く大切な子だ』

 真面目な友人に何気なく相談すれば、恋に落ちている前提で忠告され、その時初めて自分が恋に落ちたのだと知る――初恋だった。


 私の父は常に愛人を持っていた。一人の時もあれば複数いる時もあって、そんな父の背中を母は時折憎々しげに見つめる。冷え切った家庭だった。
 だからこそ、私は温かい家庭を築きたいと願い、そのために必要なのは誠実さだと思っていた。

 ……決して父のようにはならない。


 だから、一線を越えるという選択肢は私の中になかった。見てるだけ、それなら浮気ではないと、私は秘かに初恋を楽しんでいた。

 大切な婚約者を裏切っていなかったので、罪悪感を持つこともなかった。そんな気持ちが変化したのは、レティシアが学園に入学してから暫くたった頃だ。


『……さ、ま。……イド様? 聞いてますか、ロイド様?』

『あっ、いや、すまない。考えごとをしていた……んだ。本当に済まない』

『謝るほどのことではありませんわ、ロイド様。誰だってぼうっとすることはありますもの』

 昼休みをレティシアと一緒に過ごしている時、こんなことが数回続いてしまった。アリーチェがそばを通りかかると、つい目で追ってしまう自分がいたのだ。


――やめられなかった。


 次第にレティシアと過ごす心地よい時間が苦しいものになっていった。

 今日こそ気づかれただろうか。いや大丈夫だ。きっと……。

 そればかり気になってよく眠れなくなった。誠実でなければ幸せな家庭は築けないと知っていたから。
 私は悩んだ末に、レティシアにすべてを打ち明ける道を選ぶことにした。……自分が楽になりたかったんじゃない、彼女に対して誠実であろうとしたのだ。

 ……私は父とは違う。



 そして、私は勇気を振り絞って、彼女に包み隠さず告白した。身勝手とも言える私の話を、彼女は一度も遮ることなく聞いてくれた――受け入れてくれたのだ。

「分かりました、ロイド様」

 彼女の目には怒りも軽蔑も浮かんでいなかった。
 なにをあんなに悩んでいたのだと、こんなことならもっと早くに話せば良かったと、私は安堵の息を吐く。
 

 レティシアは包み込むような優しさを持っている女性だった。人を一瞬で引き付けるような苛烈な美はないが、その代わり和ませる雰囲気がある。

 私が彼女に恋をすることはこの先もないだろう。


 だが、生涯をともにしたい大切な人。



 私はまた眠れるようになり、なにも失うことなく充実した毎日を取り戻せた。

 そして、今日も私の隣には大切な婚約者がいる――なによりも心地よい時間。


「レティ、明日は一緒に劇を観に行く約束……」

 言葉が止まってしまったのは、アリーチェが近くを通ったから。

 彼女は俺の視線に気づくことなく、友人と話しながら去っていく。その後ろ姿が見えなくなってから、私は隣に座るレティシアに視線を戻した。彼女が微笑んでいてほっとした。少しだけアリーチェに目を向ける時間が長かったので、機嫌を損ねてしまっていたらと心配だったのだ。

 ……杞憂だったな。


私が笑いかけると、彼女は途中で止まっていた会話の続きを始める。

「明日の劇、楽しみにしてますね」

「ああ、馬車でバーク侯爵邸に迎えに行くから待っていてくれ。レティ」

「はい、ロイド様」

 彼女の柔らかい笑みと優しい声音に、私は今日も癒やされる。彼女の目にはいつだって私しか映っていない。


 ――だからこそ、愛おしい。



 
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