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5.聴こえない声

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目が覚めた時には私は屋敷のベットの上にいた。
なんだか頭がぼうっとして、なぜ寝ていたのか分からない。

心配そうに私の顔を覗き込むライアンは控えている侍女に『医者をこの部屋に連れてきてくれ!』と早口で指示を出している。


どうして自分に医者が必要なんだろうか。

自分の置かれた状況を飲み込めずにいると、それを察した彼が私に説明をしてくれる。


「***、君は夜会で倒れたんだ、覚えているかい?医者はどこも悪いところ見当たらないからきっと人混みに酔ったのだろうと言っていたけど…。
気分はどう、どこか痛むところはないか?」



彼の話を聞いて私はあの夜会でのことを思い出す。そうだ…、私はで呼ばれるのが耐えられなくなって気を失ったのだ。


「以前も夜会の帰りに具合が悪くなったことがあっただろう?もしかしたら疲れが溜まっているのかもしれない。
気づいてやれずにすまなかった。
伯爵夫人として社交や屋敷の管理やルイスの世話など頑張りすぎていたのかもしれないな。しばらく***は夜会を控えよう、無理しないでくれ」


心配そうにそう言う彼の話はちゃんと理解できた。

でもなぜか彼の言葉の一部だけが聴こえない。音は耳に入っているのにどうしても聴き取れない。

こんなことは初めてでどう説明したらいいのか分からず困惑してしまう。


もしかしたら私は倒れた時に頭をぶつけたのだろうか。


「***、***?どうした?」


ああ…、また。

彼がなにか言っているのは分かるけど、前半部分だけ聴こえてこない。


「…なんだか調子が良くないみたいで。
私は倒れた時にどこかぶつけたりしたの?」

「いいや、それはない。俺が抱きとめたからどこもぶつけてはいないはずだが。
どこか痛むのか?***」

「大丈夫よ、痛みはないわ…」

やはり彼が何を言っているのか分からなかった。

この症状をどう伝えるべきか分からずにいると、侍女に連れられ医者が部屋に入ってきた。どうやら私が目覚めるのを屋敷内で待っていたらしい。



すぐさま私は医者の診察を受けるが、結果は異常なしだった。
『奥様は過労によって倒れたのでしょう。健康状態に問題はありませんが、しばらくはゆっくりと休むことをお勧めします』


医者とのやり取りで聞こえない言葉はなかったし、侍女とも普通に会話が出来ている。

でもライアンとの会話でだけ聴こえない言葉がある。
本来なら医者や彼にこのことを伝えなくてはいけないのだろうけど、なぜかそれを伝えてはいけない気がして言わなかった。
 

 どうして彼の言葉の一部だけが聴こえないの?
 どこも異常がないはずなのに。
 
 なぜかしら………。
 

彼と交わした会話を思い返してみる。

その言葉が聴こえなくても会話は成立していて、でも彼が何度も口にする言葉。

それは少し考えれば何か分かった。
私が聞こえないのは彼女カトリーナの名を告げる彼の言葉だった。


『***』


音としては捉えているけど私には聴こえない。


自分が愛されていないことを突きつけられるのを心が拒絶しているからだろうか。
まるで心を自分自身で守ろうとしているかのように、その言葉だけが聴こえない。


人は自分が受け入れられない事実を前にするとこうなるのかと思った。

この状況に抗う気力なんて私には残っていなかった。




「***?」


ぼうっとした様子の私を心配して彼が声を掛けている。音は分かるから反応できることにホッとする。
これなら彼に聴こえないことを悟られずに済むだろう。


「大丈夫よ。ごめんなさい、夜会で倒れて迷惑を掛けてしまって。これからは気をつけるわ」

「***、そんなことはいいから。君が無事で本当に良かった」

「ありがとう、ラ…っイ…アン…」



私はなぜか言葉に詰まりすんなりと言葉が出てこない。
それは簡単な響きで間違えようがないのに。
気づけば言えなくなっていた。


私は『リーナカトリーナ』という言葉が聴こえなくなっただけではなかった。

『ライ』という言葉までも失っていた。



神様からこの言葉を使うに相応しくないと判断され、取り上げられたのだろうか。

私が真実の愛の妨げとみなされたのならこれは罰なのかもしれない、でも愛されない私への救済ならば祝福といえるだろう。


きっと救済なんだろうなと思えた。

でもこの救済に私は救われることはなく、呼び掛けられるたびに心は削られていくだけだった。



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