立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと

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15.不用意な言葉

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公務から解放された私は信頼している数人の侍女や護衛騎士達と離宮で心穏やかな毎日を送っている。
そして私がこんな状況なので、どうやら王宮では側妃の選定を始めているらしい。

---それならあの時に私の提案を素直に取り上げて下されば良かったのに。

そんな事を思っていると、突然侍女が王妃の来訪を伝えてきた。前触れもなく見舞いに来たようだ。
あれから王妃様には一度もお会いしていない。王太子は時折訊ねてくるが彼以外に狂った王太子妃を訊ねて来る奇特な者はいなかった。
私は来訪の目的が分からなかったが、王妃の訪問を断るわけにはいかない。

「分かりました。スザンヌ、王妃様を迎える準備をしてちょうだい」

「畏まりました、マリアンヌ様」

王妃を迎える準備をして待っていると、扉が開くと同時に明るい王妃の声が部屋に響いた。

「マリアンヌ!こちらでの生活はどうかしら?退屈しているのではなくて♪」

「お久し振りでございます王妃様。ここは空気も良いしゆっくりと時間が進む良い場所ですので快適に過ごしております」

「それは良かったわ。顔色も以前と比べて良くなっているし、ここは貴女に合っているのね」

王妃様の態度はどこまでも明るく以前とまったく同じ態度で私に接してくれる。ここが離宮で私が療養中なのも忘れてしまいそうだ。

王妃様は私が今は落ち着いているせいか、狂人扱いせずに以前と同じ様に接してくれ、たわいもないお喋りを楽しんでいる。私は昔に戻ったような心地よい雰囲気につい気が緩んでしまった。

「昨日森で王妃様がお好きな木苺を沢山とりジャムにしましたの。この紅茶に入れると最高に美味しいので試してみませんか。、ジャムをお出しして」

スズが『はい』と返事をした後、王妃様はクスクスと楽しそうに笑い『やっぱり思った通りね』と言ってきた。
『あっ!』咄嗟に口を手で押さえたがもう遅い。私ははっきりと『スズ』という名を口にしてしまっていた。狂気に呑み込まれ乳姉妹の存在さえ忘れているはずなのに…。

---ここまで来て失敗するなんて愚かなことを。

私は油断して不用意な一言を発したことを悔やんだ。
ここに辿り着くために綿を立て、一年間も血が滲むような努力して演じてきたのに、最後の最後で愚かにも失敗をしてしまった。

こうなったら私はどうなろうと構わないが協力してくれたスズだけは助けたい。
どう言い逃れをしようかと考えていたが、すべて分かっているという顔をしている王妃様にはどんな言い訳も通じそうにない。もう私は逃げられない事を悟った。

「処罰は私だけでお願いいたします」

「そんな!マリアンヌ様、私も同罪です」

私とスズが悲壮な顔をしてお互いを見つめていると、クスクスと王妃が笑いながら話してきた。

「安心してちょうだい。私は誰にも真実を言うつもりはないわ。そもそも私はあなた達のやっている事に気づいていたけど見逃していたのよ」

王妃様は物騒な内容をさも楽しそうに話している。どうやら私はまだ運に見放されていないようだ。

でもどうして私の味方をしてくれるのかその真意が知りたい。王太子妃が狂人のふりをして王宮を去るなど認められる事ではないはずだ。

「どうして見逃していただけたのですか?」

「あら気づかないふりは罪ではないわ。王宮の男達がいつもやっている事じゃない『浮気ではない癒しだ』と目を瞑っているでしょう。私はその真似をちょっとしただけよ、逆に女はやってはいけないなんて可笑しいでしょう?」

そう話す王妃様はどこまでも楽し気だ。私が驚いていると、今度は真剣な表情で話しを続ける。

「私は王妃だからマリアンヌに協力はしなかった。けれど最後までやり遂げるようなら褒美を上げようと思っていたわ。
妃の幸せなんて誰も真剣に考えてくれないなかで、代々の妃は自分の力と方法で幸せを掴んできたの。
流石に王宮から逃れる方法を選択した人は今までいなかったから驚いたわね。
でも貴女は見事にやり遂げた、立派だわマリアンヌ」

王妃様はそう言うと同時に私を力一杯抱き締め『よくやったわ、本当に頑張ったわね』と優しく頭を撫でてくれた。
私は喜びのあまり身体が震えていた、私を陰で見守っていてくれた人はいたのだ。私の狂気の協力者はスズだけだったが、王妃様も黙認するという方法で助けてくれていたこと知り、熱いものが込み上げてきた。

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