立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと

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5.立派な王太子妃として

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私は夫の不貞を見て見ぬふりをするのではなく、ちゃんと向き合い解決しやり直したかった。
特別な事を望んでいるわけではないのに、王太子妃の私にはそれさえ許されなかった。
『立派な王太子妃』は多忙である王太子に快適な環境を提供することが求められ、それは自分の心を殺してでも優先させることのようだ。

貴族社会における『男性を全てにおいて優先する』考えが、ただの不貞を『癒し』に変えてしまう。侍女を除けば臣下達も男性ばかりなので当然のように受け入れ黙認しているのが現状だ。


---私が夢見た結婚生活とは掛け離れている。お互い唯一の相手でいたかった、これは真実の愛だと思っていた。それなのに…。



私は王妃様との面談がいつ終わってどのように私室に戻ったのかも覚えてなかったが、気づいたら自分の部屋へと戻っていた。

私は信頼する侍女のスズに、王太子に対する対応やこれからの私が取る行動を説明し、王太子妃付きの信頼出来る者達に徹底させるように指示を出した。優秀なスズは動揺しなかったが、その瞳には王太子への怒りが見て取れた。味方はいないと思ったが、私の心に寄り添ってくれる存在がいることを素直に有り難いと思った。

「ご指示は理解しましたが、これで本当によろしいのですか?マリアンヌ様のお気持ちはどうなるのですか!」

「ふふふ、私の気持ちを心配してくれたのはスズだけだわ。誰も私の心なんて気にしなかったわ。立派な王太子妃であればそれでいいのよ」

「私は納得いきません!不貞が癒しなんて男に都合がいい屁理屈です。もう一度宰相様に、」

「いいの、そんな事をしても余計惨めな思いをするだけ…。でも有り難う、スズのその気持ちがなにより嬉しいわ。あなただけはいつまでも私の味方でいてね。
それに分かっているとは思うけど、王太子にはいつも通りに接し心健やかに過ごしていただくように。この意味は分かりますね?」

「はい、マリアンヌ様。今回のことは決して王太子様の耳には入れません」



こうして私は王太子妃として、夫の不貞を毎日を送ることになった。
知らないでいる為に王太子のスケジュールを今まで以上に把握し密会の予想をし鉢合わせしない様に気を配る。
『知らない』ようにする行動が、皮肉なことに知りたくもない不貞相手や裏切りの回数まで詳細に知ることになっていた。
それにたまたま目撃する事もあり、その場合は私を含めお付きの者達も見ないふりをしている。

私はそんな毎日にだんだんと慣れていったのか、もう陰で涙を流すこともなくなっていた。最後に泣いたのはいつだったか思い出すことも出来ない。


不貞を続けるくらいなのだから私に対する態度にも変化が現れるかと思っていたが、王太子は何一つ変わらなかった。『マリー、愛しているよ』と会うたびに囁き抱き締める。そして毎晩情熱的に私を求めてきた。あの日がなかったら、今も私は彼の愛を疑う余地なんてなかっただろう。

私も態度を変えずに夫からの愛に応えている。
でも完璧とはいえない、あの日から私は夫を愛称『ロイ』で呼ぶ事だけは出来なくなった。でも不貞や公務に忙しい王太子はそれすら気づいている様子はない。

---きっと不貞相手の誰かに『ロイ』と呼ばせているのだろう。あの時の相手にも名前呼びを許していたくらいだもの。そんな癒しの相手はたくさんいるはずだわ。


不思議と彼の不貞を目撃した後から荒れ狂っていた私の心は最近穏やかになっていた。
彼への愛情もついに消えてしまったようだ。毎日嘘の愛を告げられ不貞を続けられたら、どんな愛でも壊れるものだ。
私にとっては『真実の愛』は永遠ではなかった、それだけのこと。

---あら、愛がなくなるとこんなにも楽になれるものなのね。
ふふふ、立派な王太子妃。これからの私はその為だけに頑張ればいいのね。

王太子妃の公務をこなし夫を陰から支える毎日。ただ追加された仕事が一つ増えただけのこと。それは簡単なこと『王太子の癒し時間』を見て見ぬふりをする。他の与えられた公務と比べ全然負担になどならなかった。

---ふふっふ、新しい公務は思いのほか簡単だったわね。
愛を捨てれば、こんなに気分も爽やかになって。
ふふふ、私は立派な王太子妃だわ。

『あははは、どこから見ても幸せな王太子妃よ』



もう王太子妃から王太子に与える愛はないが、問題はない。私は立派な王太子妃なのだから。
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