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29.愛おしい人

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トカタオの絶叫が王宮庭園に響き渡った。その絶叫を聞き、想定される最悪の状況を頭から振り払いながらバロン率いる騎士達は庭師小屋へと急いだ。
小屋に辿り着き開け放たれた扉から見えたものは、地獄絵図だった…。

トカタオによって抱き締められている全身血まみれで意識のないララルーアと全部の爪が剥がれ両手が血塗れでぐったりとしているにんにん…、それは想定された最悪の状況であった。
バロンはララとにんにんの口元に手を当て呼吸を確認してみる。
『良かった、生きてる…』
すぐさま連れてきた騎士達に、にんにんの搬送と捜索している者達への両名発見の連絡と治療の準備を指示した。
後はララを抱き締めているトカタオを正気に戻すだけだった。

「トカ、トカ。しっかりしろ、ララを部屋に運んで治療を受けさせるぞ」
「……」

血塗れのララを真綿に包むように大切に抱き締めているトカタオからは返事がない。焦点が合っていない…、それになにも聞こえていないかのようだった。だがこのままではララの治療が出来ない、バロンはトカタオの頬を殴りつけ荒療治を行った。

ボッコ!バロンに拳でおもいきり頬を殴られ、トカタオは初めてバロン達の存在を認識した。

「トカ!ララをそのままそっと部屋まで運べ。分かるな、これはララの為だ!ララを助けるんだ」
「叔父上、ララを助けなくては…」
「そうだ、行くぞ!」

バロンは正気に戻ったトカタオと一緒に小屋を出て、治療の準備がしてある王族専用棟へと向かう。トカタオは揺らさないように大切にララを抱きつつ、最速で部屋へと走っていった。


にんにんは先に運ばれ王族専用棟の空いている部屋で獣医師から治療を受けていた。爪が剥がれた両手の状態は酷いが、意識は戻りとりあえず安心できる状況になった。
そしてカイとドウリアは連絡係の騎士からララルーアの発見の知らせとともに状態についても説明を受けていた。

「ひ、酷い。ララ様が…ウッウッ、」
「ドウリア、泣いてる暇はない。ララ様の治療の準備と医者の手配だ。すぐにトカ様と一緒に戻られるから、必要な準備は完璧にしておけ」

泣き崩れてしまいそうになるダウリアに対して、カイは敢えて命令口調で指示を出した。その声に我を取り戻したドウリアは踵を返しララを迎える準備に取り掛かった。
みなララのことが心配で仕方がない、もっと詳しくララの状態を知りたいが、今すべきことはまずは動くことだ。急いで準備を終えてララの到着を待った。


ララを抱いたトカタオが部屋へと戻って来た、ララは予想以上にひどい状態だった。

(((なんて酷いことに…)))

部屋にいた者達はララルーアの状態を見て絶句してしまった。そんな中、トカタオは壊れ物を扱うかのように優しくララをベットのうえに寝かせた。

「早く治療をしろ」

トカタオの怒りを滲ませた声に、待機していた医者がすぐさま診察を始めた。ララの皮膚の状態を見て、何も治療もせずに難しい表情を浮かべる。そしてララルーアを見ながら話し始めた。

「ララ様は竜人ですが、竜体でも鱗が弱く脆いのです。今回鱗が長時間乾燥してヒビが入りそこから血が出ている状態です。病気や外傷ではなく体質からくるものなので薬がありません。兎に角、安静にしているしか、」
「ふざけるな!このままだと、何とかしろ!」
「で、ですが…」

お手上げだと言う医者にトカタオは何とかしろと詰め寄るが、良い返事は返ってくるはずもない。これは虚弱体質のララだから起きたことで病気やケガとは違うのだ。
トカタオの怒りが満ちた部屋で沈黙が続いた…。ふとドウリアが思ったことを口に出してみた。

「ララ様が王宮に来る前に水槽の扱いについて説明を受けました。毎日水槽を使用するので水を入れ替え粉末を入れるよう指示されています。この粉末はララ様のお母上様から送付されたもので、皮膚を守るためのものだと聞いております。これを使えないでしょうか…」

自信はないが何とかララを助けたい一心で話してみた。それを聞いた医者は確証がないので自信はありませんがと前置きして話しを始めた。

「それを入れた水槽で泳ぐことで皮膚を守っていたのかもしれません。試してみる価値はあります。ただララ様は今意識がないので水槽に入れるのは危険があります。常に誰かが水槽の中でララ様を支えながら、状態に気を配る必要があります」
「では、私が一緒入り、」
「俺がララと入る。俺の方がしっかりとララを支えられるし、状態を見ながら竜力を与えることも出来る」

ドウリアの言葉を遮り、トカタオが言い切った。確かに竜力不足にいつ陥るか分からないララを看病するには、竜力を与えることが出来るトカタオが適任だ。ただトカタオの微妙な変化を知らないドウリアは不安が顔に出てしまった。

「ドウリア、ここはトカ様に任せよう。時間が惜しいです、トカ様よろしくお願いします」

カイはトカタオの変化に気づき始めていた。それがどんな感情によるものなのかは分からないが、マイナスな感情ではないと感じ取っていた。

トカタオはカイの言葉を待たずにララをベットからそっと抱き上げ、一緒に水槽へと身を沈めていた。
ポチャンーー。
トカタオはララに負担が掛からないように細心の注意を払い水槽へ入っていったので、小さな水飛沫さえ上がらなかった。水槽の中を漂いながらララが呼吸が出来る様に頭を優しく支え、身体はしっかりと水槽に浸からせる。手のひらで水をすくって優しくララの顔にも水をかけていく、何度も何度も…。
トカタオのその動作はどこまでも優しく、まるで『番』を愛おしんでいるかのようだった。

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