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15.前へ①

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隣町にあるロナの実家に署名済みの離縁届と手紙を届けてから数日が経った。

あの日から俺はロナを探すのは止めていた。ただ黙々と働き仕事が終わった後は仲間からの誘いも全て断り、誰も待っていない家に帰った。

ロナが帰っているかもと甘い期待をしていたからでなく、彼女の決断を待ち続けることしか今の俺に出来る事はなかったからだ。

幼い頃から育った家だと言うのにロナがいない家は温かみがなく自分の居場所のように感じられない。無性に『お帰りなさい』というロナの優しい声が聞きたくなる。

聞こえないのは自分のせいだと言うのに…。



どんな結果も受け入れると決めていたが、実際は心の準備など出来てはいない。ロナを苦しめたくないと言う気持ちは本心だが、ロナがいない人生なんて考えたくなかった、どうしても考えられなかった。


二つの相反する想いに心が引き裂かれそうだ。
後悔しても遅いというのにみっともなく足掻きたいと思ってしまう自分がいる。

 は、は…今更だな…。
 もう俺が決める権利なんてないって言うのにっ。
 ‥‥俺は馬鹿だな。 



今まで俺の人生は単純だった。
苦しいことは勿論あったが、こんなに悩んだりしたことはない。ただがむしゃらに前だけ見て進んできた。

俺には考える余裕なんてなかった、そんなことより目の前のことで手一杯だった。

両親が突然亡くなり頼るべき親戚はいない、まだ新米騎士の俺は幼い妹の世話と仕事と慣れない家事に四苦八苦していた。
両親の死から立ち直れていない妹に弱い自分を見せる訳にもいかず、深く物事を考えることが不得意な俺はただただ前だけを見て進んだ。
それしか出来なかったから、立ち止まったらギリギリの状態が崩れてしまう気がして怖かったから。

それで何とかなっていたから間違っていると思わなかった。


今は違う、前だけを見るのではなく振り返って考えている。考えるのは得意ではないからこの事態を打開する方法なんて考え付かない。でも考えることによって自分の罪と向き合うことが出来る。ロナの気持ちを知ることが出来たとは思えないけど、それでもやらないよりはやった方がいい。

これが贖罪になるとは思ってないが、なにもしないで待つのは辛かった。



数日後待っていたロナからの手紙が家に届いた。白い封筒に懐かしいロナの字で俺の名が書いてある。それを見るだけで泣きそうになった、ただの手紙だがロナとの繋がりがまだ途絶えてない証の様な気がした。

いつもなら乱暴に開封するが今回はそっとペーパーナイフで開けた。中には一枚の便箋が丁寧に折りたたまれて入っている。
早く読みたいのになかなか開く勇気が持てない。『ふぅー』と深く息を吸い込んだから手紙を読み始める。




【ザイへ
何も言わずに家を出て行ったこと、心配を掛けたこと本当にごめんなさい。

家を出て行ったのは色々と考えた末に私が選んだ最善の方法でした。
あなたからの手紙を読んだ今でも私の決断は間違っていなかったと思っています。

あなたは偽りのない手紙をくれましたね、だから私も同じ様に偽ることなく気持ちを伝えます。
あなたを愛しています、大切です、傍に居られて本当に幸せでした。だからあなたと結婚したことを後悔はしていません。

でもこれからはその想いよりも大切にしたいものがあります。それを守るために、もうあなたとは一緒に居られません。

私はあなたとの別れを選びます。

本当は顔を見て最後に挨拶するのが筋だけど、この選択が揺らぐ可能性があることはしたくないの。
だからこの手紙で別れの挨拶の代わりとさせてください。

ザイ、私の選択を受け入れてくれて有り難う。
三年間の結婚生活は色々あったけど私はあなたを愛せて幸せでした。

そして私はこれからはもっと幸せになります。

だからあなたも幸せになってください。
心からあなたの幸せを祈っています。

有り難う、さようなら。

           ロアンナより】



ポタ‥ポタ‥。

涙が止まらない、ロナが書いた綺麗な文字が滲んでいく。

 ‥‥うっ、うう、別れを選ぶのか…。
 俺の傍ではもうだめなのか…。


突きつけられた残酷な現実。 


「うああああああああっーーー」

声の限りに叫んだ。
自分の声なのに自分のものとは思えないほどの慟哭、耳に入ってくるのは絶叫。

‥‥本当は読む前から分かっていた。
俺が好きになったロナは優しいけれど芯の強い女性だ、ちゃんと自分で考えて決めたことは曲げない、流されたりしない。そんな真っ直ぐな女性だから惹かれた、そして愛している…。

 心から愛しているんだろうっ。
 もう彼女を苦しめないと決めただろうがっ!
 なんで、なんで…俺はこんなにもみっともなく叫んでいるんだっ…。
 ちゃんと現実を受け入れろ!


ロナの決断を頭では理解している。‥‥だが心は拒絶している。

どこまで俺は自分勝手なんだろう。
 

この手紙でロナは俺を責めても良かった、最後に言いたい事を書いて罵っても良かった。なのにただ残酷なほど優しい言葉のみが書かれていた。

それが返って心に突き刺さる。
大切な人を失ったんだと思い知らされる。


ロナを感じたくて何度も何度も手紙を読み返す。

俺の涙で濡れた手紙は、それ以前にも濡れて乾いた跡がある。

 これは…ロナの涙の跡だ。
 彼女も泣いていたのか…?
 なにを想って泣いていたんだ…。
 

これを書いた時のロナの気持ちに縋りたい知りたいと思ってしまう。だがもう知ることはないだろう。

俺はもう彼女に会うことは出来ない。

『ロナが離縁を望んだらもう会いたいと迷惑はかけない』と手紙で約束をしたから。

それは自分なりのけじめでもあった。

今度こそロナを幸せにする。
そこに俺がいないほうがいいのなら邪魔はしない、もう大切な人を傷つけたくない、だからただ遠くから祈っている。

 それなら許されるだろう、ロナ。
 それだけはどうかさせてくれ。
 もう…それしか出来ないのだから。


この気持ちに嘘はないが、愛するロナを求める気持ちは消えやしない。
自分の罪とこの想いを抱えて俺はこれから生きていくのだろう。

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