ある日愛する妻が何も告げずに家を出ていってしまった…

矢野りと

文字の大きさ
上 下
10 / 21

10.ロナの決断③

しおりを挟む
「マリー素敵な花嫁衣装だ、凄く似合っているよ。死んだ父さんと母さんにも見せたかったなー、こんなに綺麗なお前を見たらきっと涙を流して喜んでいるぞ」

「ふふふ、そうかな♪自分でも良く似合っているって思っているんだ」

「ああ、本当にその花嫁衣装はに似合っているな」

目の前で二人が嬉しそうに話している。
私の花嫁衣装を着たマリーを褒め続けるザイはそれが元は私のものだと気づいてもいない。
そして青ざめた顔で震えている私の存在にもまだ気づかない。


ああそうか…と思った。

この人は私を見てくれていなかったんだなと。

私が宝物だと言って着て見せた衣装だけでなく何もかも見ていなかったんだ…。


『いつも有り難う』と言ってくれているからをちゃんと見てくれていると思っていたけどそうではなかったんだろう、彼が見ていたのは私ではなかった。
彼が見ていたのは『義妹を世話する人』であり『良き妻という人』だったのだ。

私ではなかった。

私じゃなくても良かったのか‥‥。



『君のことも同じ様に大切にする』というザイの言葉が何度も頭で繰り返し流れる。
あれは噓だったのだろうか…。
本当に義妹と同じ様に大切に想っていたら今の状態の私に気づかないはずはない。


 私は本当に彼から愛されていたのだろうか‥。
 彼が愛していたのは義妹を大切にしてくれる妻であって‥‥私じゃなかったのか…。


嫌な考えが頭から離れない。



いいえ違う、彼は誠実な人だから嘘を言っているつもりはない。

でも‥‥‥‥。

ザイの行動は彼の気持ちを如実に表している。


彼は私を愛しているだろう、それは分かる、信じている…信じたい…。
でも…同じようには愛していない。



‥‥‥‥ぷっ‥‥つん‥‥。  



私の中でなにかが切れてしまった。


彼を愛している…気持ちは消えて…いない、たぶん…。

でも彼を以前のように信じることは出来なくなっていた。


私だけなら『愛しているから平気だ』と自分の気持ちを誤魔化し、以前のように蓋をしたのかもしれない。


でも私のお腹には大切な子供がいる。


彼は優しい人だけど、大切な妹を前にしたら他の大切なものが見えなくなる。

同じく家族なのだからどちらが大切かと優先順位をつけることではないのは分かっている、分かっているけど…。
考えずにはいられない。
何かあった時に彼はどちらを優先させるのかと。

彼の中で優先順位は決まっている。彼にそれを言っても『そんなことはない』と全力で否定するだろうが…。


思えばどんな時も私が一番になることはなかった。
この三年間で一度もだ‥‥。
今までは仕方がないと思えたのは自分だけが我慢すれば良かったからだ。


今は違う、そうは思えない。
彼の都合に合わせて分かってあげられない。


今更彼が変わるとも思えない。
私のことを『愛している』と言いながらなによりも妹を優先させてきた人だ。
そしてそんな彼を愛し受け入れてきたけど…、今の私はそんな彼をもう受け入れられない。

『この子を守りたい』という強い想いだけが私の心に湧き上がる。


私はこれからのことを考える。

将来、義妹は子を産むだろう、彼にとっては大切な姪や甥となる。妹と妻では妹を優先させてきた彼は今度はどうなるだろうか‥‥。

我が子だと思いたいが、彼を見ていると分からない。

妹に頼まれたら『すまない』とを口にしてから私や子供に背を向けるのだろうか…。
そして私はその時に『大丈夫、平気よ』と同じく笑っていられるのか…。


‥‥きっと笑えない。

このが悲しい顔をしている隣で笑う事なんて出来ない。 

そんな未来が簡単に想像できてしまう、…そんな未来しか想像できない。


私は常に不安に苛まれ続けるのだろうか、愛する人ザイの隣で…。
大切な我が子をそんな両親の元で育てるのか…。


 この子にとって何が幸せか…。

そっとまだ膨らんでもいないお腹に手を当てる。


もう一度ザイ達に目を向ける、彼らは二人だけで楽しそうに笑っている、私とお腹の子には目も向けないで‥‥。

 もう一度話し合う?
 いいえ、それはきっと意味がない。
 今までだって何度も話し合ってきた、…その結果がこれなんだから。


ザイにはもう期待などしない。
‥‥愛しているけど。

彼は分かってない、自分の行動の意味を。
‥‥悪気はないけど。

伝える努力はもうしない。
‥‥もう疲れたの。


だからもう私は彼の傍を離れる、大切なものを守りたいから。
 
 ごめんね、あなたからお父さんを奪ってしまう。
 でも、もう無理なの笑っていられない。
 あの人の『すまない』を聞きたくない、そしてあなたにも聞かせたくはない。

 ‥‥守りたい、この子を。
 


私の心はこの瞬間決まった。

この人ザイとは一緒にお腹の子を育てることは出来ないと。



私は静かにその場を離れた。もちろん彼から呼び止められる事も無かった。

それが彼の答えだと私は受け取った。



そして私は彼の妻としての最後の務めを果たしてから家を出た。

もしかしたら決めた瞬間から家を出るまでにザイが話し掛けてきたらもしくは目を合わせる事があったら何かが違ったかもしれない。

でも彼が私を見ることは一度もなかった。結婚式の準備をしている妻に話し掛ける言葉は必要なかったのだろう。
ちゃんと準備をしていたのだから彼にとってそれだけで満足だったのだ。

彼にとって所詮私はそういう存在だったのだ。

『大切な都合の良い妻』
もう止める…、だから私から彼に話すことはもう何もなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初恋の兄嫁を優先する私の旦那様へ。惨めな思いをあとどのくらい我慢したらいいですか。

梅雨の人
恋愛
ハーゲンシュタイン公爵の娘ローズは王命で第二王子サミュエルの婚約者となった。 王命でなければ誰もサミュエルの婚約者になろうとする高位貴族の令嬢が現れなかったからだ。 第一王子ウィリアムの婚約者となったブリアナに一目ぼれしてしまったサミュエルは、駄目だと分かっていても次第に互いの距離を近くしていったためだった。 常識のある周囲の冷ややかな視線にも気が付かない愚鈍なサミュエルと義姉ブリアナ。 ローズへの必要最低限の役目はかろうじて行っていたサミュエルだったが、常にその視線の先にはブリアナがいた。 みじめな婚約者時代を経てサミュエルと結婚し、さらに思いがけず王妃になってしまったローズはただひたすらその不遇の境遇を耐えた。 そんな中でもサミュエルが時折見せる優しさに、ローズは胸を高鳴らせてしまうのだった。 しかし、サミュエルとブリアナの愚かな言動がローズを深く傷つけ続け、遂にサミュエルは己の行動を深く後悔することになる―――。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

元妻からの手紙

きんのたまご
恋愛
家族との幸せな日常を過ごす私にある日別れた元妻から一通の手紙が届く。

「君の作った料理は愛情がこもってない」と言われたのでもう何も作りません

今川幸乃
恋愛
貧乏貴族の娘、エレンは幼いころから自分で家事をして育ったため、料理が得意だった。 そのため婚約者のウィルにも手づから料理を作るのだが、彼は「おいしいけど心が籠ってない」と言い、挙句妹のシエラが作った料理を「おいしい」と好んで食べている。 それでも我慢してウィルの好みの料理を作ろうとするエレンだったがある日「料理どころか君からも愛情を感じない」と言われてしまい、もう彼の気を惹こうとするのをやめることを決意する。 ウィルはそれでもシエラがいるからと気にしなかったが、やがてシエラの料理作りをもエレンが手伝っていたからこそうまくいっていたということが分かってしまう。

出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。 ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。 しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。 ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。 それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。 この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。 しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。 そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。 素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

必要ないと言われたので、元の日常に戻ります

黒木 楓
恋愛
 私エレナは、3年間城で新たな聖女として暮らすも、突如「聖女は必要ない」と言われてしまう。  前の聖女の人は必死にルドロス国に加護を与えていたようで、私は魔力があるから問題なく加護を与えていた。  その違いから、「もう加護がなくても大丈夫だ」と思われたようで、私を追い出したいらしい。  森の中にある家で暮らしていた私は元の日常に戻り、国の異変を確認しながら過ごすことにする。  数日後――私の忠告通り、加護を失ったルドロス国は凶暴なモンスターによる被害を受け始める。  そして「助けてくれ」と城に居た人が何度も頼みに来るけど、私は動く気がなかった。

処理中です...