ある日愛する妻が何も告げずに家を出ていってしまった…

矢野りと

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9.ロナの決断②

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結婚から三年経った頃に義妹マリーの結婚が決まり正直ホッとした。相手は彼の同僚騎士なので安心して任せられる。だから結婚式を思い出が詰まった我が家で行いたいという義妹の我が儘も最後だからと嫌な顔をせずに引き受けた。

彼は申し訳なさそうな顔で『すまない』と言ってくれたが、一生に一度のお祝いなのだから義姉としては当然だと思っていた。

いや違う、私はザイと二人だけで新婚生活をやり直すことを喜んでいる自分を隠したかったのだ。
義妹を邪魔だとは思っていなかったけれど、やはり心のどこかで私はこの生活を窮屈だと感じてしまっていた。


そんな自分の醜さを義妹の結婚式を手伝うことで誤魔化したかったのかもしれない。

自分の中にある浅ましい考えに気がつき恥ずかしかったが、それを準備で忙しくすることで考えないようにしていた。

 私だって聖人じゃないから仕方がないよね…。
 こんな気持ちを表に出していないから大丈夫だよね…。 
 それにもうすぐこの状況も終わるし、全ては上手くいく。
 


そして準備で忙しかった時に思いもよらぬ嬉しい出来事が判明した。

なんと私はザイとの子供を身籠っていたのだ。最近体調が悪いと思っていたがまさか妊娠しているとは思ていなかった。

私とザイにとって待望の赤ちゃんだ、嬉しくて仕方がない。


 ザイに早く教えてあげなくっちゃ♪


すぐにでも彼に教えようと思ったが、少し考えて伝えるのを後にすることにした。
明日は義妹の結婚式だ、今伝えたらザイは浮かれて結婚式どころではなくなる気がする。それでは兄が大好きなマリーが可哀想だろう。
折角の祝いの門出に水を差すようなことはしたくなかった。それに私が身籠ったことをザイが周りに話したら皆の関心を引いてしまうことになり義妹が拗ねてしまうのという面倒な事態を避けたいというのも本音だった。


私はザイに妊娠のことを伝えるのを結婚式の後にすることにした。
一日伝えるのが遅くなったとしても、お腹の赤ちゃんは消えたりしない。だから全てが上手くいくように彼に話すのは後にすることに決めた。




結婚式当日は天候にも恵まれ朝から気分は良かった。体調も落ち着いているので手伝いも問題なく出来るだろう。

確かに裏方の準備は大変だけれど近所の人達も手伝ってくれているし、お喋りしながらの手を動かすのは楽しくもあった。それに義妹の結婚式を手伝うことによって自分の結婚式の良い勉強にもなっていたので苦ではなかった。


慌ただしく料理をしているとマリーの支度が済んだと連絡を受け部屋に向かった。
実は私はマリーの花嫁衣装をまだ見ていない。
なにやら自分で作っているようなので手伝いを申し出たけれども『自分でやるから大丈夫だから』と断られてしまったのだ。

それが自立からなのか反抗心からなのか分からなかったが、特に気にはしなかった。

こんな状況もあと少しで終わるのだから。


今日は義妹がどんなに反抗的な態度でも笑って聞き流せるはずだった、だって明日からは新しい生活が始まってそしてすぐにまた三人になるのだから。

 そうよね、赤ちゃん。
 待ってるからね。



私はお腹にそっと話し掛けながら、義妹が待っている部屋へと急いで向かった。


「じゃっじゃーん!!義姉さん見て、これが私の花嫁衣装よ。少し古臭かったから私が自分の手で素敵に変身させたのよ。ふふふ、どう大したもんでしょう?」

そう言ってくるくると回りながら笑っているマリーが着ている花嫁衣装は私のものだった。
丈は無残に短く切られ、純白はマリーが好きな薄紅色に染め変えられている。

 
何が起こったのか分からなかった、息が吸えなかった。涙を流すことも出来ずただただ立ち尽くすして母が作ってくれた花嫁衣装の残骸から目を離すことが出来なかった。


 どうして…。私ちゃんと伝えたよね?
 『この箱には大切なものが入っているから触らないで』って言ったよね。
 あの時、貴女は言っていたじゃない『はいはい、分かったから』って。

 それなのにどうしてそんな真似をするの?
 どうして私の前でそんなに笑ってられるの?
 そんなに嬉しいの…、私が苦しんでいるのが?
 こんなことをするほど私が嫌いだったの‥‥。


義妹に好かれていないことは最初から分かっていたし、口煩く注意するのも嫌がられているとは知っていた。
でも義妹の為にしていたことだ。
それなのにこんな酷い事をされるほど恨まれているなんて思ってもいなかった。


人は本当にショックなことが起きると何も言えないのだと知った。心の中はぐちゃぐちゃで目の前にいる義妹に怒りをぶつけたいと思っているけど、今の私はそれを言葉にする余裕さえない。

息を吸うことさえままならない。

目の前で屈託なく笑いながら花嫁衣装をどんな風に作り直したか得意げに話し続けるマリーをただ震えながら見ていた。罵りたかったし張り倒したかったけど動く事すら出来なかった。

立っているだけで限界だった。


初めて心の底から義妹を憎いと思った。今までどんな態度を取られても許していたけど、今日だけは許せなかった。



「あっ、マリー準備が出来たんだな」

ザイが着なれない礼服に少し窮屈そうに首元を広げながら部屋へと入ってきた。


 ザイ、ザイ、ザイ‥‥。
 助けて、お願い…もう立っていられない…。
 マリーが…、あの子が‥‥。


ザイに必死で目で訴える、助けてと。
胸が苦しくて言葉が口から出てこない。
 
もうその場で倒れそうだった。

入ってきたザイはすぐさまそんな私をその逞しい身体で支えてくれるはずだった。『どうしたんだ、ロナ』と真っ先に声を掛けてくれると思った。


‥‥そうでなければならなかった。


だが彼は私の前を通り過ぎ、はしゃいでいる義妹の方に嬉しそうに近づいていった。


 えっ…、ザ、ザイ‥どうして‥‥‥。
 

彼の目には今日の主役であるマリーしか映ってなかった‥‥。

今の私は鏡を見なくても自分が青ざめているのが分かるぐらいなのに、そんな妻の姿は夫である彼の目に入らなかったのだ。
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