ある日愛する妻が何も告げずに家を出ていってしまった…

矢野りと

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4.クレアの見た事実①

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 季節が夏から秋に変わり、肌寒さが世界を彩った頃。
 イスミ・アドレアルは、教室で語られる授業の板書を、目の前のノートに懸命に綴っていた。

 イスミは、国立第三高等学校の一年生である。
 イスミの平凡な日常は、今日も何も変わらずに平凡に過ぎていく。

 イスミは本来であれば高等学校三年に数えられる年齢であったが、諸般の事情により今は一学年の授業を受けている。
 それを知るものは、この学校には存在していない。

 既知の内容である授業は、イスミにとっては単なる復習に過ぎない。
 つい先日行われた定期試験も学年で一位であったし、熱心に授業を受ける必要性もなかった。

 しかし、イスミは学生の本分を全力で全うする。
 それが、イスミの中の《普通》であったから。
 


 本日の授業の終了が告げられて、イスミは帰宅するべく机の上を片付け始めた。
 喧騒が教室を満たす。
 イスミはそれを横目に教室を出ようとした。

「イスミごめん! 日直手伝って!」

 背後にかかる声に足を止める。
 一瞬の思考ののち、イスミは自分の席に戻って鞄を置いた。

「ちょっとだけな」

 イスミは板書を消しに教室の前に向かった。

「悪いな、ありがとう」
「用事があるから。これ消したら帰るよ」

 イスミがこうして手伝いを頼まれるのは特別なことではない。
 イスミは頼まれたら断れない。
 それが、このクラスの暗黙の理解でイスミが思うイスミの普通だった。

 毎日のようにイスミはクラスの雑用の手伝いを頼まれている。
 断ることによる波風をイスミは望んでいなかったからだ。
 全てを肩代わりせずとも、協力申し出れば悪い顔はされない。

 基本的に人間は安寧に阿るものだ。
 普通、そうする。
 だからイスミは断らない。
 周囲の期待通りに行動する。

 イスミはそうして、生きていた。
 そうして、この学校という組織の平凡なピースとして生きている。
 それが、普通だから。

 宣言通りに黒板を綺麗にし終えたイスミは、鞄を持って教室を出た。

 自らが所属するもう一つの組織へ向かうためである。
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