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3.呪いの藁人形…失敗する

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祖父には逆らえずに三人の婚約者候補から婚約者を選ぶことになってしまったが、私には秘策があった。

藁人形で祖父に呪いを掛け私の婚約どころではない状況にしてしまえばいいのだ。

早速、上質な藁と立派な五寸釘を用意したところでとても重要なことに気がつく。


 あっ…、お祖父様の頭には数年前から毛がなかったわ。
 どうしましょう、今から育毛剤を塗ってみる?
 それで間に合うかしら…。


私は育毛剤を使用した経験がないので分からない。
だが疑問を疑問のまま放置して前に進んではいけない、『疑問から学ぶことが大切よ』と両親は常日頃から言っている。


屋敷をウロウロしながら悩んでいると家令のジョンがタイミング良くこちらに向かって歩いてきた。彼は長年我が家に仕えてくれている信頼できる人物だったので訊ねてみることにした。

「ねえジョン、ちょっと教えてほしいことがあるの。いいかしら?」

「ええ勿論です。エミリア様なんでしょうか?」

そう言ってくれたジョンに育毛剤の効果について質問をする。するとなぜか遠い目をしながら答えてくれた。

「…そうですね。聞いた話ですが効果はすぐには出ない…ようです。いつかは効果が出ると信じて使い続けるそういうもの…だと聞きました。
数年後の明るい未来を信じて使っている…のでしょうね、は…はは。
すみません、のでこれくらいのことしかお答えできなくて」

「ありがとうジョン、十分分かったから大丈夫よ」

育毛剤の知識まで仕入れているなんて、さすがはジョンだった。
疑問が解決してくれた彼になにかお礼をしたいと考える。

 そういえば最近ジョンは帽子を被っていることが多いかも。
 ふふ、きっとお洒落に目覚めたのね。
 よし、帽子を贈りましょう!


「お礼に今度素敵な帽子を贈るわ、楽しみにしていてね」

「…は…はは」

家令のジョンは涙目になって喜んでくれた。



疑問が解決し鼻歌交じりに歩いていて本来の目的をハッと思い出す。

 喜んでいる場合ではなかったわ。
 ほらほら、藁人形をどうにかしなくては!



気を取り直して藁人形の材料と向き合う。
どんなに高級な薬でも育毛には数年単位で時間が掛かるみたいだ、それでは間に合わない。

とりあえず藁や五寸釘がもったいないので、祖父の若かりし頃に瓜二つだと言われている兄の毛を代用品として藁人形を完成させ実行に移してみた。

とりあえず藁人形に祖父の名を書いた札をしっかりと縫い付け呪う相手を神様が間違えないようにする。




しかし残念なことに作戦は失敗に終わった。


やはり祖父にはなんの影響も出ず翌日もピンピンしている。

…悔しいけれど仕方がない。



落ち込む私に更なる悲劇が襲いかかる。

我が身可愛さで妹を見捨てた兄に仕返しをする機会を伺っているけれどもそのチャンスが訪れないのだ。

こっそりと部屋に忍び込みベットの下に隠してあるお宝を手に入れ燃えさかる暖炉へと投げ入れたいのに、兄は部屋から出てこず隙を見せない。

私がやろうとしていることがバレたのだろうか。
いいえ、そんなはずはない。
兄は鋭い人ではない、それどころかしっかり者の私とは真逆のおっとりした人だ。



痺れを切らした私は兄の部屋へ様子を窺いに行った。

トントントン!

「お兄様、入りますよ」

ノックをしてから声を掛け返事がない兄の部屋へと入っていく。
すると兄は昼間だというのにベットに入って『う、うっうう…』と苦しげに唸っている。

「どうしたんですか、お兄様!
いつから具合が悪いのですか?!」

兄の傍へと駆け寄り声を掛ける。


「…う、うう…なんか朝からお腹が痛くてな…。きっと夕食の食べ過ぎだと、っつう…」

脂汗を垂らしながら真っ青な顔で話す兄は相当具合が悪いようだ。
そういえば昨日の夕食で兄は自分が祖父の魔の手から逃れられた喜びからステーキを三人前も食べていた。


 そうね、きっとあれが原因だわ。
 もう仕方がないお兄様ね…。


食べ過ぎだとみんなから止められていたのに調子に乗って『平気さ、これくらい』と言ってパクついていた兄の姿を思い出す。



私だって鬼ではない。
こんな状態の兄を見たら可哀想で大切な夜のお宝に手を出す気はなくなった。
優しい私は兄の裏切りを許すことにする。


「お兄様、早く良くなってくださいね」

「あ…ああ、ありが、とう。エミリ…ア、っうう…」

私はお兄様が休めるようにそっと部屋を出ていく。





自分の部屋に戻ると婚約者候補達の釣書を手に取り読み始める。藁人形が効かなっかたならばもう後戻りは出来ない。

それならばこの三人のなかでより良い人と婚約を結ぶのが一番だ。
大事なことは人任せにしないで自分自身の目で確かめたい。

三人の情報を頭に入れ、これからどうやって相手を選んでいくかを真剣に考える。

するとテーブルに放置してある藁人形が目に入る。

祖父の名前を記した名札を付けているそれをこのままにしておくのは良くない。

見つかったらきっと大目玉だ。

だから誰にも見つからないように屋敷の裏手を流れる小川へとこっそりと投げ捨てた。

そしてすぐさま藁人形作戦のことは頭から消し去った。

私は前しか見ない。
それがどんなに茨の道だろうとも、後ろは振り向かない。




その晩、夕食の時間になっても兄は現れなかった。まだ具合が悪いのかと母に訊ねてみる。

「お母様、お兄様の腹痛はまだ治まらないのですか?」

「いいえ違うの。腹痛は治まったんだけど、大事を取って横になっていたオスカーにメイドが誤って花瓶の水を頭から掛けてしまったの。そしたら今度は風邪を引いてしまったようで熱が出て唸りながら寝込んでいるわ」

母は心配そうな表情で話している。私も兄が心配だった。昼間は腹痛で夜は風邪をなんて忙しすぎる。

どうやら兄は最近ついていないようだ。
もしかしたら妹の私を見捨てた罰が当たったのかもしれない。そうでなければこんに不幸は続かない。
私は兄を寛大な心で許したけれども神様はまだお許しにならないようだ。


『どうか神様、お兄様の裏切りをお許しください』

私は寝る前に兄の為に一生懸命祈りを捧げていた。
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