婚約者候補を見定めていたら予定外の大物が釣れてしまった…

矢野りと

文字の大きさ
上 下
1 / 19

1.婚約か修道院か…①

しおりを挟む
田舎にある領地で悠々自適な隠居生活を送っているはずの祖父が昨夜遅くに王都のはずれにある屋敷に乗り込んできた。

両親や兄は『相変わらず元気だな』と苦笑いしていたけど、私は嫌な予感しかしなかった。

祖母を溺愛している愛妻家の祖父が単身で来るなんてに決まっている。

 
 いつものことだけど…。
 でもいつも以上に悪い予感がするのはなぜ?
 

深夜に到着した祖父とはまだ何も話していない、なので朝食を食べ終わった後に家族で団欒することになった。

侍女が淹れてくれた美味しいお茶を一口飲んでから、まずは父が口を開いた。


「父上、今回はどうしたんですか?
王都で有名な焼き菓子を買いに来たのですか、それとも本ですか?」

「お義父様、新しい恋愛小説は全て揃っていますし、有名なお菓子もいつでも手配出来る様にしていますわ」


父も母も祖父の対処法は万全のようだった。

愛妻家の祖父が俊敏に動くのは祖母絡みのことだけだ。

『あら、これ美味しそうね』
『この本面白そうだわ、素敵な恋愛であなたにトキメキをですって』

何気ない日常会話から祖母が欲しているものを察して、深夜に馬車を走らせ王都まで買い求めに来るのだ。

もちろん祖母は祖父におねだりしている気はない、あくまでも他愛もない会話の一部分なのだ。
それなのにマリア命の祖父は勝手に暴走してしまう。

最初こそ私達家族は振り回されていたが、もう両親は完璧にいつ祖父の来襲があっても対応できるようにしてある。

祖母が好きそうな本は我が家の図書室に買い揃え、菓子店にも融通を利かせてもらえるように普段から心付けを渡している。


我が両親ながら偉いと感心しながらお茶を優雅に飲んでいると祖父が真剣な顔で話し始めた。

「実はなマリアが先日悲しそうな顔をしていたんだ。だから今すぐにひ孫の顔を見せてくれ!」

「「「………?!」」」


祖父の言っていることが理解できないのはきっと私だけではないはずだ。その証拠に私以外の三人もポカーンと口を開けている。

兄オスカーに至っては口の端から紅茶が流れ落ちているが、今はそれどころではないので誰も注意をすることはない。

「あ、あの…お義父様それはどういう意味でしょうか?」

誰もが聞きたいことを母が聞いてくれる。

 

すると神妙な顔つきで祖父の口からある出来事が語られた。
数日前に祖父母の友人が屋敷を訪れて最近生まれたひ孫の自慢話をしていたらしい。

『本当に可愛いのよ。子供や孫も可愛いけど、ひ孫はまた格別だわ』

『そうなの…いいわね。赤ちゃんって柔らかくて頬も薔薇色でまるで天使よね』

『ええ、そうね。でもひ孫は天使なんて当たり前の言葉では言い表せない崇高な存在なの。もう食べちゃいたいくらいよ、ふふふ』

『あらそうなの、天使の上となるともう神様かしらね~。赤ちゃんだから髪はないけど神様♪な~んてね。うふふ、私ったら上手いこと言うわね。
私も生きているうちにひ孫に会えたら嬉しいわ。
ねえ、あなたもそう思うでしょう?』

『…あ、ああ。そうだな』

友人とのやり取りを隣で聞いていた祖父は祖母の横顔から寂しさを敏感に感じ取り、ひ孫を求めて今現在に至っているということだ。

 
 …違います、お祖父様。
 それはただの勘違いです。
 敏感に感じ取っているのではありません。
 いつもの勝手な手な思い込みです…きっと。



「これで分かっただろう!早くひ孫を生んでくれ、そうしなければ…マリアの悲しみは続いてしまう」

悲壮感あふれる声で叫ぶ祖父と無言のままの私達。
 

 いえいえ、ちっとも分かりませんから。
 分かったことは…ご友人はひ孫を食べる一歩手前。
 そして『ひ孫は髪のない神様』だってことぐらいですわ…。




どちらが正しく祖母を理解しているかなんて分かりきっている。

…絶対に私達だ。

どう考えても祖父は勝手に暴走している。
冗談のセンスはどうかと思うが…祖母は常識人だ。
ただ相手に合わせて会話のキャッチボールを楽しんでいたとしか思えない。


 お祖父様…、冷静に考えてください。
 それは友人同士の軽い会話ですから。
 お祖母様は無理難題を可愛い孫に押し付けません!
 …誰かさんお祖父様と違って。


両親が必死になって宥めるが、こうなった祖父は止まらない。
普段は威厳があり家族思いの優しい人だけれども、祖母のことだといきなり残念な人になってしまう。




(おい…これはまずいぞ。エミリア、逃げよう)
(ええ、お兄様そうしましょう)

この危機の当事者である兄と私は小声で話しこっそりと部屋から出ていこうとしたが…見事に失敗した。


「オスカー、エミリア。どこに行く?
まだ話は終わっておらん」

祖父の有無を言わせぬ声音に私達の足はピタリと止まる。ギギッギ…という音が聞こえてきそうなぎこちない動作で後ろを振り返ると腕を組んで仁王立ちしている祖父と目が合った。


「二人とも優しい祖母マリアの為に頑張ってくれるな…」


反論は許さないというオーラを漂わせる祖父を前にして兄と私は一歩も動けない。

まさに蛇に睨まれた蛙だった。


 お、お祖父様…、威嚇はやめてください。
 私は可愛い…ま、孫ですからね!
 ほら思い出してください!


悲しいことに私の心の叫びは同じく隣で震えている兄にしか届かなかった。







※※※※※※※※※※※※※※※※※※


久しぶりのコメディです。
笑って頂けたら幸いです( ꈍᴗꈍ)

ラブコメを書いていると笑っていただけているか…とても気になります(-_-;)
率直な感想を頂けると大変有り難いです。

お気に入り登録&感想&しおりを執筆の励みにしております♫
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

どうやら貴方の隣は私の場所でなくなってしまったようなので、夜逃げします

皇 翼
恋愛
侯爵令嬢という何でも買ってもらえてどんな教育でも施してもらえる恵まれた立場、王太子という立場に恥じない、童話の王子様のように顔の整った婚約者。そして自分自身は最高の教育を施され、侯爵令嬢としてどこに出されても恥ずかしくない教養を身につけていて、顔が綺麗な両親に似たのだろう容姿は綺麗な方だと思う。 完璧……そう、完璧だと思っていた。自身の婚約者が、中庭で公爵令嬢とキスをしているのを見てしまうまでは――。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。

音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。 王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。 貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。 だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……

助けた青年は私から全てを奪った隣国の王族でした

Karamimi
恋愛
15歳のフローラは、ドミスティナ王国で平和に暮らしていた。そんなフローラは元公爵令嬢。 約9年半前、フェザー公爵に嵌められ国家反逆罪で家族ともども捕まったフローラ。 必死に無実を訴えるフローラの父親だったが、国王はフローラの父親の言葉を一切聞き入れず、両親と兄を処刑。フローラと2歳年上の姉は、国外追放になった。身一つで放り出された幼い姉妹。特に体の弱かった姉は、寒さと飢えに耐えられず命を落とす。 そんな中1人生き残ったフローラは、運よく近くに住む女性の助けを受け、何とか平民として生活していた。 そんなある日、大けがを負った青年を森の中で見つけたフローラ。家に連れて帰りすぐに医者に診せたおかげで、青年は一命を取り留めたのだが… 「どうして俺を助けた!俺はあの場で死にたかったのに!」 そうフローラを怒鳴りつける青年。そんな青年にフローラは 「あなた様がどんな辛い目に合ったのかは分かりません。でも、せっかく助かったこの命、無駄にしてはいけません!」 そう伝え、大けがをしている青年を献身的に看護するのだった。一緒に生活する中で、いつしか2人の間に、恋心が芽生え始めるのだが… 甘く切ない異世界ラブストーリーです。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

見た目を変えろと命令したのに婚約破棄ですか。それなら元に戻るだけです

天宮有
恋愛
私テリナは、婚約者のアシェルから見た目を変えろと命令されて魔法薬を飲まされる。 魔法学園に入学する前の出来事で、他の男が私と関わることを阻止したかったようだ。 薬の効力によって、私は魔法の実力はあるけど醜い令嬢と呼ばれるようになってしまう。 それでも構わないと考えていたのに、アシェルは醜いから婚約破棄すると言い出した。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

処理中です...