私の大好きな騎士さま

ひなのさくらこ

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35. 花嫁に、なりました②

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礼拝堂の扉が開かれた。隣に立つお父さまを見上げると強張った顔をしている。私と一緒で緊張しているみたい。思わず微笑んだ私をみて、寂しそうな笑顔をみせた。そんな顔しないで、と言おうとしたとき、側仕えから合図があり、足を踏み出す。

祭壇へ真っすぐ伸びた通路には白い光沢のある布が敷かれている。一歩一歩、お父さまと合わせて足を進めた。両脇の椅子には招待客が座っている。拍手の音が響いて広がっていった。

昨夜行った儀式のときの幽玄さは拭い去られ、今は光と花にあふれた空間となっている。通路脇と窓辺に置かれた花々や、美しいドレープで窓辺に配されたシルクが光を反射し、灯りの必要もないほど輝いている。

そして……通路の先にいるひと。
ハッと息を飲む音がして、それが自分の発したものだと気づくのにしばらく時間がかかった。
天上から降り注ぐ、きらめく光を浴びながら立っているのは私のウィリアムだ。常ならば黒の装いの彼は、今日は白い礼装用の騎士服に身を包み、長い銀髪を結わえて私をじっと見つめている。

息が止まりそう………!
まるで妖精の国の王子様みたい。黒の騎士服を纏ったウィリアムが世界で一番素敵だと思っていたけれど、今日の白い服はまた一段と王子様然として見えて……。ああもう!どんなウィルも素敵!

ウィリアムの前に導かれ、お父さまが私の手をウィリアムに預ける。じっとお父さまの顔を見つめると、一度口を開き、でも言葉を出さずにまた閉じられた。

「お父さま……」

私の呼びかけに唇をへの字に曲げて右側の椅子へ向かう。そこにはお母さまとエドワードお兄さま、フィリップお兄さまもいる。兄さまたち……泣いている。エドワードお兄さまは目を赤くしているだけだけれど、フィリップお兄さま……号泣だわ。それを見たお父さままで泣き出しちゃった。お母さまが三人にそれぞれ布を渡している。困った父さまたち。笑おうとして、胸にこみ上げるものに飲み込まれそうになる。
私、わたし……リングオーサの王女に生まれてよかった。お父さまとお母さま、それに兄さまたちと一緒に過ごせて、本当に幸せだった……!

「レオニー」

ウィリアムを見上げる。光を放っているようなその姿。抱きつきたくなるのを必死で堪え、一緒に祭壇へ向かった。司祭の前で立ち止まった時、ようやく聖歌隊の歌声と楽曲が奏でられていたことに気付く。それもやがて止まり、静寂の中司祭がゆっくりと言葉を発した。

「ウィリアム・マグナス・キングズレー。汝、女神の導きにてレオノア・アレキサンドラ・リングオーサを妻とし、これを愛し、慈しみ、死が二人を別つまでともにあることを誓うや」
「はい。私ウィリアム・マグナス・キングズレーは、女神の導きにてレオノア・アレキサンドラ・リングオーサを妻とし、これを愛し、慈しみ、死したあともずっと……永遠に、共にあることを誓います」

聖典をめくる司祭の指がピクリと動いた。ウィリアムは真っすぐ前を見ている。鼻の奥がツンと痛んだ。

「レオノア・アレキサンドラ・リングオーサ。汝、女神の導きにてウィリアム・マグナス・キングズレーを夫とし、これを愛し、慈しみ、死が二人を別つまでともにあることを誓うや」
「はい。私レオノア・アレキサンドラ・リングオーサは、女神の導きにてウィリアム・マグナス・キングズレーを夫とし、これを愛し、慈しみ、……たとえ死んだとしてもずっと永遠に、共にあることを誓います」
「……では、指輪の交換を」

最期は声が震えてしまった。涙で視界がぼやける。こく、と熱いものを飲み下し、ウィリアムへ向き直る。左手を差し出すと、薬指へするりとはめられた。一瞬だけ冷たく、でもすぐに体温と同じ温かさになる。次は私の番。指輪を手に取ったとき、指の震えがひどくて否が応でも緊張が高まる。ふう、と息を吐いて、お母さまの言葉を思い出した。たとえ失敗してもウィルは……そうよ。死んだって一緒にいると言ってくれたじゃない。

指輪は無事ウィリアムの左手薬指に収まった。ほっとして顔を上げると、ウィリアムが優しい手つきでベールを持ち上げる。

ああ……!

ベール越しでないウィリアムを見て、我慢できずに涙がこぼれた。ウィル、ウィル……。大好きよ。私の両頬に手を添え、親指でそっと涙を拭ってくれたウィリアムは、潤んで輝きを増した瞳で私を見つめている。

「レオニー、愛してるよ」

唇が重なり、私は目を閉じた。永遠に変わらない愛を誓いながら。














パチ………と小さな音を立てて爆ぜる木を横目に見ながら、カールは椅子に浅く腰掛け足を伸ばしていた。
窓の外には遠く……レオノアの婚儀の宴が続いていることを知らせるように明々とあかりが灯っている。ふん、と軽く鼻を鳴らしたところで、グールドが待ち人の訪れを知らせた。

「………来たか。こんな日に悪いな」
「お呼びとあらば」

ストロズは促されるまま王の向かいに腰掛けた。グールドが一礼し部屋を出る。この近習の耳を憚ることなど余程のことだとは思うが、今から話す内容を考えればそれもやむを得ないだろう。宰相としてそう思いながら、王に向かって手にしていたものを差し出した。

「読んだか」
「拝読いたしました。……しかし、これは……」

言葉を飲み込む。物憂げな仕草で布に包まれていたそれを手に取ったカールは、手のひらで表紙をスーッとなぞった。

「これは、本当に……」
「……ああ。神話の王女の兄が書き遺したものだ」

古びた書に書き記されていたもの。それは……神話の王女の兄にもたらされた託宣だった。そこに記されていたのは、誰も知ることのない物語だ。

「どう思った」
「………正直に申し上げると、驚いた、としか。伝説の王女の許嫁は、元々……」
「そうだ。元々はキングズレーの先祖だった。幼馴染として育ち、好きあっていたように思えたのにもかかわらず……」
「王女の方からそれを覆したと」
「ああ。自ら国の為に他国へ嫁ぎたいと言い出して、一旦は他国と縁を結ぶことにしたが……結局、父親である王が王女の本心を忖度し、元々の予定どおりキングズレーへ嫁がせた。最後には幸せになると、そう思って」

悲劇だった。公爵家の嫡男は幼い頃から王女を思い続け、突然の翻意に驚きながらもずっと……ずっと一途に姫を思い続けたのだ。それを知る王は、婚約を覆した理由を薄々察していたようだと記されている。最後は国益を無視してでも王女の幸せを願い、王太子との婚約を破棄したうえで公爵家へ嫁がせた。それがまさかあのようなことになるとは……。

「……エドワード殿下のことは……」
「………………」

エドワードが神話の王女の婚約者である友好国の王太子の生まれ変わりだということは、ごく早い段階で分かっていた。レオノアに対する態度からではない。この託宣の書に書かれていたからだ。

「…………見誤ったためとはいえ、女神の娘を害してしまったことで……その罰として実の兄に生まれ変わるとは………」
「…………神というのは無慈悲なものだということさ」

暖炉の炎を見つめながらカールが言う。

「しかし……………もし、もしも……レオノア殿下が選ばれたのが、エドワード殿下だったら」

カールは静かにストロズを――この、王家の秘中の秘を分かち合うただ一人の人物を――じっと見つめた。

「許すさ。それ以外何ができる。それが誰であろうと……たとえ実の兄妹であろうと、許すしかなかろう。これでリングオーサにかけられた女神の呪いが解けるのなら」

そう言うと、カールは持っていた託宣の書を一枚ずつ破り、暖炉へくべ始めた。メラ……と、そのたびに炎が大きくなり、また元に戻る。その灯りに顔を照らされながら、独り言のように言葉を口にした。

「癒しの能力を封じられた状態でこの地に再び生まれたレオノアの、思うとおりに。……私の出来ることは何も無い。…………キングズレーが奇跡的に命を助けられた………?偶然に偶然が重なって………?そのような都合の良い話があるものか。全ては女神の望みのままに仕組まれていただけだ」

メラ……と燃え上がる炎が瞳に映り、カールの濃青の目はほとんど黒く見えた。

そこに記されていたのは、女神の激しい怒りだった。
愛する娘をむごたらしい姿で失ったことに怒り狂った女神は、リングオーサを地上から消し去ろうとした。それを自らの命でもって押しとどめたのが夫である王だ。一度は愛した相手の身を投げうった訴えにどうにか怒りを収めた女神は、それでもこの地の隅々まで怒りの念を植え付けて去っていった。この恨み、忘れることなかれと。

この地で王位に近い血の姫が誕生することは無くなった。ただ一人遺された王子は、母にひたすら祈る。どうすればお許しいただけるのですかと。答えはない。それでもひたすらに祈り続け……ようやく届いた言葉を書き記したのがこの書だった。

生まれ変わりの王女が誕生したとて、それだけで女神の怒りが解けたと思うのは早計だ。その娘が今度こそ自分の思う者と添い遂げたとき、ようやくこの地に満ちた怒りは消え去るのだと、そこには記されていた。時が満ち、娘の真に恋う者が定まり結ばれるまで、人は様々な形で神の恩寵を目にすることだろうとも。

「…………レオノア殿下だけに記憶が無かったのは何故なのでしょう」
「さあな。神の考えることは我々人間には分からんよ。ただ、……忍びなかったのかもしれん」
「忍びない?」
「悲劇に終わった自らの人生を記憶に留めて、苦しめさせることが」
「…………」
「神であっても、自分の娘は可愛いのだろうよ。それにその方が…………選べるだろう」
「選ぶ、とは…………相手を、ですか」
「過去のくびきから解き放たれて、今生を共にする相手を選ぶことができる。その相手が過去世で関わった二人である必要は無いのだから」
「…………」
「まあ、結局は捕まってしまったがな」

カールが最後の1ぺージを――今まで、王に即位した者しか目にすることを許されなかった書を――火にくべ終わると、せいせいしたように言った。

「これでいい。これで本当にようやく……全部お終いだ」
「レオノア殿下の婚姻で、本当に女神の怒りは解けたと、そうお思いですか?」

炎に照り映えるカールの横顔は、動揺もなく静かなままだ。

「ああ。私はそう思っている。…………なあストロズ。ずっと考えていたのだが……レオノアは、生まれ変わりであって、その実………神話の王女そのままではないと、そう思えてならないのだ」
「…………」
「自分の娘として、手元に置いて…………ずっと見守ってきた。些細なことで喜び、泣き、笑い……。あれはもはや女神の娘ではない、私の……私とキャサリンの娘だ。誰がなんと言おうと」
「…………双子を同じように育てても、全く違う別の人間になるのです。たとえ魂が同じだとて…………レオノア殿下を育ててこられたのは陛下です。間違いなく陛下のお子でございますとも。もちろん、エドワード殿下も」

ふっと笑い、ようやく視線を宰相に向けた。

「弱いな私は。それを誰かに言って欲しくてこの書を読ませたのだ」

そう言って、グールドが準備していたワインボトルを手に取る。

「さあ飲め。……全く、花嫁の父などつまらぬぞ」
「ありがたく。お陰様でうちは男ばかりの三人ですので、陛下のように惨めな姿を晒すことはないかと」
「抜かせ!いいか、娘の可愛らしさといったらお前、息子の比ではないのだぞ。今夜はとことんそれを教えてやる」


翌日、カールは二日酔いで全く起き上がることもできなかった。寝台の上でうめき声をあげる夫を、キャサリンが文句を言いつつ介抱することになる。全く、花嫁の父とは厄介なものだわ。何度めかの溜息とともに、それでも優しい手つきで背をさすりながら。


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書きため分全て放出したため、今後は不定期更新となります。
あと数話で終了の予定です。よろしくお願いします。
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