私の大好きな騎士さま

ひなのさくらこ

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17. 婚約者になりました

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会場はさんざめいていた。

晩餐会での席次を決めるのは大変だと、お母さまがぼやいていたことがある。賓客が多く座るヘッドテーブルの中でも序列を考えなくてはならない。これが、他国の王族や要人が複数入るとやっかいなのだと。

その点今回はリングオーサの人だけ。少しは負担が少なかったらいいのだけれど。テーブルの真ん中に座るお母さまの姿を見るために横を向くと、隣のウィリアムとバッチリ目が合って慌てて視線を逸らした。

楽団が奏でる曲が耳に心地いい。周りを見回せば見知った顔がほとんどだ。王女として、国内貴族の顔ぶれは覚えている。分からないのは軍か騎士団の関係者だろう。いずれも軍人らしく逞しい身体をしている。

でも……ウィリアムが一番素敵。

二人きりのときでも見とれてしまうのに、こうやって大勢の中にいるウィリアムは一段と素晴らしく見える。際立った容姿。一見細身に見えて逞しい、豹のような、何か猫科の大型獣を思わせるしなやかな身体。あの逞しい腕に何度も抱きしめられた。大人の男の人。私が力いっぱい抵抗してもびくともしない。

――ううん。抵抗なんかじゃない。だって、恥ずかしさにじたばたした時でさえ、本当は抱きしめて欲しかった。それだけじゃない、もっと先も……。

一人で思いだし赤面していると、隣から小さな声で呼ばれる。顔を見ると何だか照れちゃうから困るんだけれど。

「な、なあにウィル」

一瞬目を合わせ、すぐにサッと逸らした。耳まで赤くなっているのが分かる。ウィリアムが身を寄せてきて、耳元で囁いた。

「レオニー、そんな顔をしては駄目だ。今すぐ抱きしめたくなる」

甘い囁きに全身カーッと熱くなった。もう、どうしてこんなに顔に出ちゃうのかしら。ふふ、と小さく笑う声。そのあとまた耳元で「食べちゃいたい」って!

いやー!と叫びたい気持ちをこらえてプルプル震えていると、テーブルの下でそっと手を握られた。視線だけでうかがえばウィリアムは真っすぐ前を見ている。お父様が立ち上がった。あら?そのまま晩餐会を始める挨拶に入るのかと思ったら、会場を見渡せるところに移動している。戦勝の晩餐会だから皆をねぎらうのかも。その後乾杯して始まるのよね。食事をしながらの会話も大切な社交だ。今日は全く知らない人たちじゃないから頑張らなくちゃ。そんなことを考えていて気づいた。私、いつものように緊張していない。

王女の役割としてこういう席に出ると、どうしても感じてしまう。賛美。敬仰。そして……期待。私を神話の王女として扱う人たちの視線に。お父さまやお母さま、お兄さまたちは皆、私は私だと言ってくれる。でも現実はそうじゃない。

どこに行っても何をやってもついてまわる「女神の娘」の言葉。それは本当の私じゃない。そう言いたくても言えない。いっそのこと、本当に神話の王女のようであればよかった。見た目だけじゃなく、癒しの力を持つ本物の王女だったなら。
そう思えば思うほど苦しくなり、いつしか人前に出るとひどく緊張するようになっていた。それが今日はこんなにリラックスしていられる。ウィリアムのおかげで。

私は浮かんできた涙を瞬きで散らした。そう。ウィリアムの魅力って見た目だけじゃない。そのさりげない優しさ。私が悩んでいたり困っていると助けてくれる。何気ない様子でさりげなく、私の一番喜ぶことを。
昔と全然変わってない。ああ私、毎日どころじゃない。毎分毎秒、ウィリアムのことが好きになっている。

握った手に少し力を入れると、気づいてすぐ私を見てくれる。今度は私も目を逸らさない。そっと身を寄せれば、意図に気づいて耳を近づけてくれた。

「だいすき」

音を出さずに吐息で伝える。数秒動きを止めたウィリアムは私を見ることなく真っすぐな姿勢に戻ると、どこかぎこちない仕草で反対側の手を額に当てた。ん?耳が赤い?

「失礼いたします。王女殿下、キングズレー第一騎士団長。恐れ入りますがこちらにおいでください」

後ろから声をかけられ飛び上がるくらいびっくりした。見るとグールドが身を屈めて私とウィリアムの間にいる。何かしら。疑問に思ったところでお父様の声が響き、問いかけることもできず二人で目立たないよう静かに立ち上がった。

「此度は突然の宣戦布告に対し、見事ギルニアを打ち破ってくれたことを嬉しく思う。特に第一騎士団にはその功績著しく、それぞれに褒賞を与えたことは皆の知るとおりだ」

お父さまは全員を見回して続けた。

「だが、ここで改めて言う。出陣し、敵と刃を交わすだけが戦ではない。戦略を立てた者。指示を出した者。武具を準備し配給品を整え、それを運んだ者。さらにはその家族。地位や階級にかかわらず、勝利という目的のために一丸となって働いた者たちと、それを支えた全ての者に感謝したいと思う」

国王としてのお父さまって、実はとても尊敬できる人だ。王として厳しい判断を下すこともあるけれど、カリスマと言うのかしら。人がついていきたいと思わせるものを持っている。私を自分の子どものようにかわいがってくれる宰相のストロズおじさまも、王には自分の能力を超えてでも尽くしたくなると言っていた。持って生まれたその魅力で人を従わせる、いや従いたいと思わせているからこそ、この国はうまくいっているのだよと。まあその後、私にまとわりつくお父さまを見て「これさえなければ……」って言っていたけれど。

そういうところ、エドワードお兄さまとフィリップお兄さまにも引き継がれていると思う。エド兄さまなんて正にそう!私に対してはあんな風だけれど、王太子として行事に出席しているときの堂々とした態度は、次期国王としての資質を否応なく周囲へ納得させるものだ。しかもそれだけじゃない。

エド兄さま、ものすごくモテるものね……。

貴族令嬢たちはリングオーサの王子たちに夢中だ。氷の王太子と呼ばれるエドワードお兄さまと、誰の心をも簡単に開かせ、意のままにするフィリップお兄さま。フィル兄さまのすごいところは、相手にその思惑を全く気付かせないこと。あれよあれよという間に、誰もがフィル兄さまを好きになってしまう。だから人間関係の難しい第二騎士団でもうまくやっていけるのだろう。

「男にモテても仕方ない」ってブツブツ言っていたフィル兄さまを思い出してクスッと笑った私を、ん?と優しく隣のウィリアムが見下ろしてくる。
そう。言いたくないけどこのウィリアムがモテないはずがない。エドワードお兄さまの上をいく冷たさで遠巻きにされていただけ。「あの冷たい目で見下されたい」とか、よく分からないことを叫んでいた令嬢もいたっけ。

つめたくなんてないのに。

ウィリアムは優しい。ずっと昔から。私のことを冷たい目で見たことなんて一度もない。常に私のことを考え、察し、先回りして願いを叶えてくれる。怖くなるくらいに。
一瞬暗くなった私の耳にお父さまの声が響いた。

「その中でもキングズレー第一騎士団長の働きぶりには……正直、余も驚くところがあった。余人に代えがたき者だ。よってその望みどおり、リングオーサ第一王女レオノアを娶ることを許す。……ここへ」

ウィリアムに導かれ進み出る。何が始まっているの?ドクドクと心臓が打っている。ウィリアムの真似をして、王の前に跪いた。

「ウィリアム・マグナス・キングズレーとレオノア・アレキサンドラ・リングオーサの婚約を、ここに宣言する」

高らかに響いた声にワッと歓声が起きた。

「婚姻の儀は3か月後。降嫁とはいえリングオーサの王女として、王家の婚儀に準ずることになる。急なことではあるが、国を挙げての慶典だ。皆もよく協力してくれ」

歓声の中から拍手が沸き起こり、大きなうねりのようになっている。「レオノア」と上から声がする。跪いたまま見上げると、優しい目で私を見るお父さまがいた。

「……幸せになれ」

ことばも出ない。泣き続ける私の手をウィリアムがぎゅっと握ってくれる。

「ウィリアム、」
「はっ。承知しております」
「頼んだぞ。儀式の日までに。……間違えるな」

お父さまは私たちを促して立たせたあと、今度こそ晩餐会を始めるためにグラスを掲げ乾杯と叫んだ。皆がそれに続く。いつの間にか私たちにも渡されていたグラスを、ウィリアムと触れ合わせる。ほんの少し、舐める程度に口をつけた。胸がいっぱいで味も分からない。ぽろ、とまた涙がこぼれ、ウィリアムが困ったように少し首を傾げて私を見た。

「レオニー。その涙をキスで拭ったら怒る?」

まばたきでまた涙のつぶが落ちる。もうひとつ。またひとつ。
ウィリアムは慌てたみたいに手をあげ、私と手を繋いでいたことに気付いて今度はグラスを置き、親指で私の涙を拭いた。
その真剣な眼差しに、泣きながら笑ってしまう。ちょっとだけ眉を寄せたその顔。子どもの頃の私を相手にするときに、よくそんな顔をしていた。

「……どうしたの?」
「あのね私……ずっと前からウィルのことが好きだったなって、そう思っただけ」

はぁーっと、深い深い溜息をついた。

「………………レオニーって意地悪だよね」
「……!どうして?」
「だって、こんなところで。……抱きしめたくなることばかり言うから」

プイと顔を逸らすウィリアムがちょっとかわいい。涙が止まってきて、残っているのは笑顔だけだ。

「晩餐会で婚約の宣言するって、知ってたの?」

料理がサーブされて、皆会話を楽しみながら食事を始めている。私たちもいい加減席に戻らなければならない。ゆっくりと歩きながら会話した。

「ああ。2日前に決まったらしい」
「そんなにギリギリに?」
「……私が1日も早くレオニーと結婚したい、って言ったからね。婚約式の後、婚約期間を1年取るなんてとんでもない。そんなことになったらレオニーを攫って2度と戻さないと。……陛下はよく分かってくれたよ。あちこち調整してくれたようだ」

上目遣いでじっと見ると、ウィリアムはなぜか焦ったようだ。

「レオニー、もしかして、きちんとした婚約式をしたかった?フィルからも言われたんだけど、私がとにかく早く結婚したくて……。もし婚約式もやりたければすぐに手配……ああ、だめだ。当面ギルニアの対応が入ってるから……」
「ううん、違うの。婚約式はしなくていい。私も早く……ウィルのところにいきたい……」

席に着きながら言った。最後はすごく小さな声になっちゃったけれど、ウィリアムには聞こえたみたいだ。パッと明るい顔になって笑みを深くする。

「ウェディングドレスは王妃陛下が準備すると言っていたよ。レオニーの場合は周りが張り切りそうだね。本当は身一つで来てくれて構わないんだけどな。忙しくなるけど頑張れる?」
「ええ。ウィルもでしょ?またギルニアに?」
「数日中には」
「そんなに早く?」
「本当はしばらく向こうに居なくちゃいけなかったんだ。ギルニアは軍の力が強い。抑止として常駐を求められていたけれど、私が耐えられなかった……レオニーと会えないことに」

ウィリアムの視線が優しい。…………ううん、甘いんだわ。とっても甘い視線。見つめあうだけで身体がくにゃくにゃになっちゃう。

「でも今度は長くなる。本当は毎日でも側に居たいけど……こうやってちゃんと婚約できたから。我慢して仕事するよ」
「ふふっ。そうね。私もウィルと会いたいのを我慢するわ。お仕事がんばってね、だんな様」
「レオニー!」

責めるような声がテーブルに響いた。やだ。みんな何事かという顔で私たちを見ている!私は焦ってきょろきょろしているのに、ウィリアムはそんなことお構いなしに怒ったように言った。

「さっきから君は……!!!分かってて言ってるんだろう!」
「ちょ、ちょっとウィル!みんな見てるから!」
「それが何だというんだ!まったく。今すぐ攫ってしまうよ。それでもいいの?」
「何でそんな!お仕事の話をしていただけじゃない」
「クッククク………!おいウィリアムいい加減にしろ。見ている方が熱くてかなわん」

斜め前から声がかかった。ウィルソン将軍だ。ウィリアムの上司ね。慌てて私は口を噤んだ。

「放っておいてください将軍。私はレオノアと話しているんです」
「途端にいつもの顔になったな。王女殿下が困っていらっしゃるだろう。そういう話は二人のときにやれ」

笑いながらもピシリという。ウィリアムはまだ不満げだけれど、とりあえず従うことにしたようだ。カトラリーを手にした彼に私はこっそり「ごめんね」と言う。ふ、と視線を柔らかくしたウィリアムは、私と同じように今度は声を潜めて話した。

「こちらこそ。……今日は後で花火が上がるみたいだよ。一緒に見よう」
「ほんとう?嬉しい!天気が良くなってよかった!」

花火を一緒に見るなんて子どもの頃以来だ。嬉しそうな私を、またあの溶けるような甘い視線で見る。昔の記憶がよみがえり、私はまたこそっとウィリアムに話しかけた。

「あの、あのねウィル」
「うん?」
「あの……花火、手をつないで見ていい?子どものころみたいに」

カシャン!と不作法な音を立ててカトラリーを置くと、ウィリアムは両手を組んで額に押し当てた。え?どうしちゃったの??

黙ったままのウィリアムは全然動かない。理由が分からずアタフタする私の耳に、将軍の笑い声がまた聞こえた。

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