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13. 初めての戯れ①

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いやあ、最悪ですよ最悪。何が最悪ってほら、団長がさ。せっかく両想いだって分かったとたんのギルニア行き。ただでさえ機嫌悪かったのに、ようやく戻ってきたらコレだもん。ホント最悪――

言えるものならオスカーはこう言っただろう。言えるものであれば。

今、応接室前の廊下ではリングオーサの王太子と、筆頭公爵家嫡男であり第一騎士団長でもある男が向かい合っている。先日まで敵意を剥き出しにしていた王太子は、今は全くの無表情だ。一方、騎士団長のほうは元々の表情の乏しさで眉の一筋すら動かさない。二人ともよく似た濃青の瞳でお互いを見据え、果し合いでもするかのように一歩も譲ろうとしない。部屋の前に立つ護衛騎士たちが異様な雰囲気に気圧されたのか軸足を動かし、それにつれて佩いた剣がカチャリと音を立てた。

「ウィル!お帰りなさい!」

一人レオノアが嬉しそうに声を上げた。オスカーは内心唸る。
――この状態でそんな嬉しそうにできるの、王女殿下だけですから。
しかし効果はあったのだろう。王太子はふと瞬き、柔らげた視線をレオノアに向けた。

「ここでいいよ。夕食前に部屋に行くから待っておいで。僕のお姫さま」

優しく言って頬に軽くキスをすると、ウィリアムには視線すら向けずに歩き去る。慇懃に上体を折り礼をしてそれを見送るウィリアムは、たった今気づいたかのような態でエドワードに呼び掛けた。

「ああ、ときに王太子殿下。先日の従騎士――フレデリックは、本日はどちらに?」

ピタリと一度立ち止まったエドワードは、それでも振り返ることなく無言で去っていく。それを感情の無い視線でじっと見るウィリアムの元に、レオノアが駆け寄った。

「ウィル、毎日お手紙ありがとう!私とっても嬉しかったの」

頬を上気させ、鮮やかな緑の瞳をきらめかせるレオノアは全身でウィリアムに会えた喜びを表している。可愛いレオノア。どんなに会いたかったか。今日こそはただ可愛がり、甘やかすだけのつもりだったのに。

「姫さま、お部屋のほうへ」
「あ!そうね。ごめんなさい。ウィル、お茶の準備ができてるの。部屋に行きましょう」
「レオニー」

扉をくぐろうとしていたレオノアが笑顔で振り返った。

「なあに?」
「レオニー、君の淹れてくれたお茶を飲みたいな。……二人だけで。久しぶりだしゆっくり話しをしたい。駄目かい?二人きりだと嫌?」

小首を傾げて問われ、一瞬目を見張ったレオノアは笑顔を深めた。

「嫌なはずないわ!実は私もお茶を淹れる練習をしていたの。なかなかのものなのよ。うんとエミリーに鍛えられたんだから」
「それは楽しみだ。…………堪能させてもらおう」

レオノアの腰を抱き部屋に入る。躊躇する侍女を視線で制し、そっと扉を閉じた。

「あーあ…………」

閉まった扉の前でオスカーは嘆息交じりの声を上げた。分厚い扉の向こうで何が行われるか、ここから窺い知ることはできない。こんな事態を引き起こしたのは間違いなくあの王太子の言動。ウィリアムがそこに居ると気づいていながら、二人の会話を聞かせていた。

何だろねあの王太子殿下。毎度まいど団長の焼きもちに燃料投下しちゃってさ。大事なお姫さまを守りたいなら、もうちょっと自制してもらわないと。

まあその自制ができないんだろうけど、とオスカーは心の中で言ちる。おそらくエドワードは、生まれて初めて自分よりもあらゆる能力でまさった相手と争っている。自分が勝てるのは王太子という身分のみ。しかも、レオノアを守るためには――永遠に自分の手元に置いておくには、あまりにも不利なものでしかない。実の兄という立場は。
見ないふりをしていたその立場の脆弱さを突き付けられ、兄妹の関係の深さだけでも見せつけたくなったのだろう。厄介なことに。
気づかわしげに閉められた扉を見る侍女たちに向かい、オスカーは言う。

「だーいじょうぶだって。団長だって王女殿下を取って食ったりしないから。ギルニアでの仕事も忙しかったしさ。色々話するだけだよ。明日の晩餐会のこととか。楽しみにしてたよ団長も。ドレスとか宝石とか手配するのめっちゃ楽しそうだったもん。ちょっと二人きりにしてあげて。僕たちもお茶でも飲んでのんびり待っとこうよ。隣の部屋、空いてるんでしょ?そこで一緒にさ。大丈夫だから」

――たぶんね。

心の中で呟いた言葉を口にすることなく、護衛騎士にその場を任せると、オスカーは侍女二人を促して隣室へ向かった。





「…………うん。いい香りだ」
「本当?……よかった……!」

ウィリアムの言葉に喜ぶレオノアは、ようやく自分のカップに口をつけた。うん、と一人で頷く様子も愛らしい。

「ああ。本当に腕を上げたんだね。昔はひどい目にあわされたけど」
「まあ!あんな子どものころのことを持ち出すの?ひどいのはウィルの方じゃない」

唇を尖らせるレオノアに、ウィリアムは笑ってみせる。

「だって、煮出したような渋いお茶だったんだよ。レオニーが淹れたものじゃなきゃとても飲めなかった」
「…………ごめんなさい。お茶会のときのお母さまの真似をしてみたかったの」
「砂糖を入れて流し込んだから大丈夫。……ああごめんごめん、そんなに怒らないで」

もう!と声を上げるレオノアに、ウィリアムは降参したジェスチャーに両手を上げてから言った。

「今日のドレス、とっても似合ってる。私の贈った髪飾りも」
「!……ありがとう。この髪飾り、ウィルの瞳の色ね。私も嬉しかったの」
「よかった。…………レオニー。お茶のお代わりをいただいても?」
「いいわよ!ちょっと待っていてね」

ワゴンに向かうレオノアの後ろに音もなく近寄る。

「レオニー」

ティーポットに手をかけようとしていたレオノアは、背後から腰に回された腕にビクッとした。

「う、ウィル、びっくりするじゃない」
「レオニー…………聞いてみたいことがあるんだ」
「?なあに?」
「本当のことを教えてくれる?」
「ふふっ。なあにウィル。この前の反対ね」

ウィリアムに凭れながら見上げるレオノアは、くすぐったそうに微笑んだ。

「…………6年前。どうして私から離れてしまったの?騎士団に入って忙しかったけれど、私が休みの日に城に行っても全然会ってくれなくなった。それは何故?何が原因だったの?」

ぴた、と動きが止まった。良くない兆候だ。しかし一旦始めてしまった以上途中で止めることはできない。内心舌打ちしながらもウィリアムは続けた。

「ねえレオニー。この前、レオニーも寂しかったって言ってくれたよね。私はずっとレオニーのことを想ってきたんだ。突然あんな風に冷たくなったレオニーのことを思い出すと不安になるよ。どうしてだったのか、教えてくれる?」

どんどん俯いてしまうレオニーの白いうなじが髪の間から覗いている。そこに舌を這わせたい衝動を押さえつけながら優しく懇願するが、レオノアは俯いたまま首を横に振った。

「…………いいたくないの」
「…………!どうして?……本当は私のことなんか、好きじゃないということ?」

サッと身を翻して背を向ける。これで駄目なら次の機会を待つしかない。レオノアの焦る様子が伝わってくる。

「大好きよ!大好きに決まってる」
「じゃあどうして」
「ウィルは!…………ウィルは。そのこと言わないと、私のこと…………嫌いになっちゃうの?」

ぐっと言葉に詰まった。

「…………そんなことあるはずがない。私は永遠に、レオノアのことだけを愛してる」
「なら……お願い。もうそのことは聞かないで」

先ほどまでの笑顔とは対照的な、悲しげな顔。胸の前で祈るように組み合わされた手。ウィリアムは心が痛むのを感じ、自分にこんな思いをさせる唯一の存在に屈した。

「…………分かった」
「ウィル……!」
「その替わり、レオニーを抱きしめさせて。……私が不安にならないように。レオニーが私のものだと感じさせて」

傷ついたような笑みを浮かべ、両手を広げてみせる。飛び込んできた愛しい存在を固く抱きしめるウィリアムは、柔らかな身体を撫でながら計算を走らせる。当分このことを口にすることはできなくなった。慎重に事を進めるしかない――レオノアの心に巣食うものを明らかにするためには。

と、煙るように瞳がうるみ、艶やかに濡れた唇が薄く開かれてたことで、レオノアの求めるものに気づいた。上体を屈めてやると、爪先立ったレオノアが自ら唇を寄せてくる。おずおずと舌を差し込んでくるのは、先ほどのウィリアムの言葉――不安を払拭しようとしてのことだろう。

ここまでさせるつもりは無かったが――悪くない。

冷静に頭を働かせられたのはここまでだった。甘い唾液をすすり、小さな後頭部を手のひらに収めて強く舌を絡ませる。思うさま嬲り、それでも足りない思いで唇を離す。レオノアの目尻に小さな涙のつぶが見え、無意識にそこに口づけた。はあはあと息を乱すレオノアは脚の力が抜けたようで、抱きしめる腕がなければ立っていられないのだろう。片手を弾力のあるヒップに這わせるとゆら、と身体を揺らめかせたが、抵抗はしていない。ただ、問うような、咎めるような視線でウィリアムを見ている。

ああ、このドレスは本当にとてもいい。

コルセットの必要もないほど細いウエスト。身体を締め付けるものは身に着けていない。そして薄い、柔らかな生地でできたこのドレス。いつでも――そう。ウィリアムがその気になりさえすれば片手で容易く引き裂き、誰も触れたことのないこの身体を露わにすることができる。

「……レオニー。晩餐会用のドレス、着てくれた?」

ぼんやりと、どこか幼げなしぐさで頷く。

「そう。……本当はもっと、別のものも贈りたかったんだ。…………下着も」
「…………アっ!」

言いながら、今度は両手でヒップを強く掴んだ。

「レオニーに似合いそうな色は何色かなって……考えてた。それを着たレオニーの姿……そして、それを脱がせるところを。………何度も想像したよ」
「あんっ!う、ウィル!」

両手でこねるようにすると、甘い悲鳴を上げる。味をしめたウィリアムは膝をわずかに曲げ、それを跨がせるようにしてレオノアの腰を自分の右足の付け根に押し付けた。

「ア!……ウィル、何こんな…あっ!」

ゆさ、と揺さぶると、上体をのけ反らせた。何度も繰り返す。明らかに快感を感じ、抗えなくなっている。胸元に目を落とすと、薄い生地を固くなった乳首が押し上げているのが分かった。ここも可愛がってやらなくては。
ウィリアムは手始めに、背中をぐっと抱き寄せ自分の上半身に押し付ける。

「ん……!ぅん…っ!ああぁん……っ」

漆黒の肋骨服の胸元を飾るモールを使って乳首を刺激する。上下に揺さぶり、モールに沿って左右に動かす。たちまち固さを増した乳首がピンと立ち上がり、ドレスの胸元で存在を主張している。レオノアはもはや声を押さえることも忘れ、ひっきりなしに甘い声を上げている。

これ以上進むと理性が持たない。ウィリアムは初めて自制心の果てを自覚した。どうあっても純潔だけは守ってやらなくては。ああ、だがこの甘い肌。かぐわしい香り。雄を昂らせるそれに加え、愛撫を求める愛らしい声が鼓膜を刺激する。何より、命よりも大切な唯一の存在が、自分を求めてこんなにも乱れている。

もう少しだけ先に進んでみよう。ウィリアムは決意し、部屋の奥にある長椅子に移動するためレオノアを抱き上げた。

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