上 下
39 / 39
第四章

邂逅、そして近づくもの

しおりを挟む

(珍しく)二日連続で投稿しています。前話をお読みでない方はそちらを先にどうぞ!
***********


「誰が? 誰が不品行だと? まさかとは思うがプリシラのことではないだろうな!」
「こ、侯爵様、そのようにお怒りにならなくとも」

 娘の旗色が悪くなったことで、ようやくノーマンが言葉を発した。何とか宥めようとするが、ジャスティンの怒りは収まらない。

「怒るなと言うのか。私が何より大切にしている女性を蔑み、侮辱するお前たちのことを!」
「さ、蔑んだなどと」
「お前たちはいつもそうだ! いつだって身分や地位の高低に囚われ、罪なき者を傷つけようとする!」
「しかし、ミス・オズボーンが平民であることは事実で……」
「彼女が平民だったら何だと言うんだ」
「侯爵様の……お手つきとなることはあっても、正妻にはなれない身分です。妾を教師にしておくわけには」
「妾!?」

 ジャスティンの銀色の瞳が怒りで燃え上がる。部屋の入口に控えていたカインがハッとして、矢のような速さでジャスティンの前に立った。

「いけませんご主人様!!」
「私が愛するのは彼女だけだ!! 勝手な言いがかりで彼女を傷つけることは許さない!」
「ご主人様!」

 ズ……、と床が振動した。ビリビリビリと耳が痛むほど空気が張りつめ、ビキビキ、バキバキと音を立てて窓ガラスがひび割れる。

「ひぃぃー」
「きゃあー!!」

 スティール親娘が悲鳴を上げた。

「ご主人様、どうかお静まりください!」
「何が、どうしてこんな……! なぜガラスが」
「なぜ止める。これほどの侮辱、断じて許すことはできない!」
「いけません! どうか、どうか」
「ひ、ヒィィ……ば、化け物、化け物だ!」
「お前たちは早く出ていけ! 殺されたくなければ」
「ぎゃあぁーーーー!!! 神よ、お助けを!」

 大きな音を立ててガラスが割れ、照明は粉々に砕け散った。ノーマンは頭を抱え這いつくばりながら、首に下げた護符を目の前に掲げる。カインはチッと舌打ちしてノーマンに駆け寄ると、悲鳴を上げるのを無視して襟首をつかみ上げた。

「娘、お前もさっさと外へ出ろ!」

 軽々と父親を持ち上げるカインをぽかんと見ていたバージニアは、こくこくと頷いた。が、立ち上がろうとしても腰が抜けて立ち上がれない。カインは再び舌打ちすると、父親を持ち上げたのとは別の手でバージニアを掴み、サッと部屋の外に出ていった。ガラスにひびが入ってからものの数十秒の出来事だ。

「クッ……」

 ジャスティンは拳を握り目を閉じた。身体中に渦巻く怒りを懸命に押さえつける。
 ハンナはとうに姿を隠し、部屋の中にはジャスティンとプリシラの二人しかいない。
 大きく肩で息をして怒りを押しとどめたジャスティンは、部屋の惨状を見て、ようやくプリシラへ目を遣った。彼女は勿忘草色の瞳を見開き、両手を胸元で握り合わせている。

「ご、ごめん、怖い思いをさせて……。怪我は、ない……?」

 恐る恐る尋ねる。先ほどの、侯爵として怒りを露わにしたジャスティンとは思えない素の表情だ。ずっと昔、サマンサの前で見せていたのと同じような。
 プリシラは無言で虚空を見上げていた。そしてゆっくりと視線を動かし、大きく見張った目でジャスティンをじっと見つめた。
 ジャスティンは後ろめたい思いでたじろいだ。思わず発揮してしまった異能を恐れているのだろうか。ノーマンが叫んだ『化物』という言葉が胸を刺す。
 怖がられても仕方のないことをしてしまったが、彼女の瞳に恐怖の色は見当たらない。もしかして自分を――異能を持つ自分をありのままで受け入れてくれるのだろうか。
 ジャスティンは微かな希望を抱きながらも、尋常ではない様子のプリシラが心配で一歩近づいた。

「プリシラ……?」

 プリシラは雷に打たれたような思いだった。

『私が愛するのは彼女だけだ』

 ジャスティンが叫んだ言葉が耳にこだまする。それは闇夜を切り裂く稲妻のように、プリシラの記憶を呼び覚ました。

『僕が愛するのは彼女だけ、サマンサだけです』

 それは遠い記憶、はるか昔に聞いたことのある言葉だ。

『サム! 会いたかった』

 木漏れ日の中の笑顔。

『愛してる……サム。君だけだよ』

 はにかみながら抱きしめる腕の強さ。

『決して彼女を不幸にはしません。どうか、僕との結婚をお許しいただけないでしょうか』

 父親の前で懇願する後ろ姿。

『一週間だけ待っていてほしい。父に僕を認めてもらえれば、君のお父さんもきっと結婚を許してくれると思うんだ。だからお願い、早まったことはしないで』

 森の中で、手を握ってした約束。

 幾百の笑顔が。幾千幾万の言葉が愛情が、膨大な記憶が一気にプリシラへなだれ込んだ。
 かちかち、パチパチと音を立てて、自分ですらそこにあることに気づかなかった隙間が埋まっていく。
 プリシラの身体の中が全て塗り替えられ、新しい部屋が――もう一人の自分の記憶を納める部屋が目まぐるしいほどのスピードで構築されていた。息つく暇もなくそれを感じていたプリシラは、最後の欠片がピタリとはまったとき、二人分の記憶を抱えきれずに思わずよろめいた。

「危ない!」

 咄嗟に抱きかかえたジャスティンを、目の前のもやが晴れた思いで見上げる。

「大丈夫? 僕のせいで驚いたんだろう。今から部屋に……」
「ジャス、ティン……?」
「どうしたんだ、何か――」
「あなたなのね……? わたしの、王子様」

 プリシラは震えながら手を伸ばす。ジャスティンは鋭く息を吸った。

「な……に、どうして」
「わたし……思い出したの……」

 まさか。ジャスティンは全身の血が凍る思いだった。

「思い出した、って、まさか」
「ずっと昔の……ああ、頭が破裂しそう」

 プリシラは苦痛を堪えながら頭を抱える。顔を強張らせたジャスティンは、プリシラをサッと抱き上げて階段を駆け上がった。一度も立ち入ったことのない彼女の部屋へ、匂いだけを頼りに迷いなく入る。

「……ありがとう」

 長椅子にそっと下ろされたプリシラは、目眩を感じながらジャスティンを見上げた。
 戸惑った顔のジャスティンを見ただけで、胸の中にどっと愛おしさがこみ上げる。やっと会えた。自然な気持ちでそう思った。

「しばらく横になったほうがいい。僕は下に――」
「ジャスティン、ここに座って」
「…………でも、」
「お願いよ。近くで顔を見たいの」
 
 躊躇い、途方に暮れたように立ち尽くしていたジャスティンは、やがてゆっくりとプリシラの前に歩み寄り、差し出されたプリシラの手を握った。
 
「……あなたの手だわ」

 数えきれないほど握った手だ。爪の形や指の長さまで記憶のままだった。愛おしくてたまらず、指先に口づけたいと思う。懐かしい感情が、プリシラの口調まで変えていた。
 だが、ジャスティンはそれを聞いてすぐに手を引いた。

「ジャスティン……?」
「もし、もし君がサマンサの記憶を持っているなら、僕のことを恨んでいるだろう」

 プリシラは数度瞬き、首を傾げた。

「私は私よ。サマンサだった頃の記憶もあるけれど、私はプリシラだわ。上手く説明できないけれど。それに、あなたを恨んでなんて」
「サムをあんな目に遭わせたのは僕だ。……恨まれて当然なんだ」

 ジャスティンは顔を背け、辛そうに目を閉じた。プリシラは彼を慰めようと――触れようとして立ち上がったが、それを察したジャスティンは大きく後ろへ飛びずさった。

「ジャスティン、どうして」
「来ないでくれ」
「いやよ。あなたの側にいたいの」
「駄目だ!!!!」

 ビリリ、とまた空気が振動する。ハッとしたジャスティンは歯を食いしばり、プリシラからさらに距離を取ると、まるで追い詰められた犯罪者のように壁際に逃れた。

「駄目なんだ、僕は……」
「何が駄目なの?」
「来ないで、お願いだから」
「なぜそんな風に言うのか教えてちょうだい」
「だって、僕は!」

 ニメートル程の距離を挟み、銀色と勿忘草色の瞳がぴたりと合わさる。長い時間が過ぎてから、ジャスティンはやがて観念したように肩を下げ、上着のボタンを外し始めた。

「何をしているの?」

 問いかけに応えることなくクラヴァットを解き、シャツのボタンを三つ外す。

「ジャスティン、いったい――」
「これを見てくれ」

 ぐい、と前を開いてみせた彼の胸の真ん中にある、引き攣れた大きな傷。プリシラは息をのんだ。
 打ち明けられていた、死を望んだ彼が自らつけた傷だ。痛々しく残る傷跡。それはプリシラの目に、すべての罪を背負おうとする彼の心がつけた瘢痕のように見えた。

「この傷だけは、吸血鬼に変化しても消えなかった。こんなに大きな傷を負えば、普通の人間は…………半吸血鬼でも、いや、吸血鬼でさえ生きてはいられない。それなのに僕はこうやって生きている。これがどういう意味か、君には分かるだろう」

 自分の姿を隠さず見せつけるように両腕を広げた。

「僕は…………、もう、昔の僕じゃない」

 両手をだらんと落とし、悔いるように俯いた彼を誰が責められるというのか。プリシラはゆっくりと一歩、ジャスティンに近づいた。

「……ごめん。本当は、君に会うべきじゃなかった」
「私だって昔の私じゃないわ」

 眉尻を下げたジャスティンの目が潤みきらりと光る。プリシラは胸が苦しくなった。今すぐ彼を抱きしめて、目尻にキスをしてあげたい。

「君と僕は違うんだ。僕はこんな……こんな、化け物、に、……なってしまった」

 ジャスティンは傷つき、疲れ切った笑みを浮かべた。

 あれほど望んだ吸血鬼に、自分はなっている。それなのに、己を呪わずにいられない皮肉に笑うしかなかった。

「ジャスティン」

 いつの間にか彼の前に立っていたプリシラは、項垂れるジャスティンの顔を見上げながら両手を握った。

「恨んだりしていないわ」
「……だって、僕のせいで」
「サマンサの頃の記憶のどこにも、あなたに対する恨みはないの。それに彼女はきっと、あなたが苦しみ続けていたことを申し訳なく思うはずよ。だって、サマンサが死んだのはあなたのせいなんかじゃないもの」

 ジャスティンの喉の奥から低い声が漏れた。
 勿忘草の瞳の奧に、あれほど焦がれた少女の面影がちらつく。
 サマンサの記憶を持つプリシラが、彼に許しを与えるという。
 信じていいのだろうか。
 でも。

「だけど、ゼルダの街の人たちは」
「あなたが望んでしたことじゃないでしょう?」

 もちろんそうだ。だけど、だけど……。

「でも、あ、あんなに大勢の」
「ジャスティン」

 ぎゅっ、と手を強く握られた。彼女の記憶の中にあるのと同じだという、自分の手。でも、プリシラの手はサマンサのものとは違っていた。元とはいえ貴族令嬢で、ザカリー伯爵家の庇護下にあるプリシラの手はほっそりとしている。サマンサの手はもっとずっと小さく、少し荒れていた。ジャスティンはようやくプリシラの瞳を見返した。

「ジャスティン。もし私があなたの立場なら、世界を滅ぼしていたわ」

 ひた、とジャスティンを見つめるプリシラの強い目が、ジャスティンの呼吸を止める。
 サマンサなら何と言うだろう。間違ってもこんな激しい言葉ではないはずだ。

「あなたの気持ちが分かるなんて、そんなこと私には言えないわ。だからせめて一緒に祈らせて。あなたがずっと苦しんできたことを、神様はよくご存じのはずよ。ゼルダの人々が神の御許で安らかにあることを、心を込めて祈るの」
「祈る……一緒に?」
「ええ」

 鼻の奧が痛み、視界が涙で揺らぐ。ジャスティンは唾を飲み、かすれた小さな声で言った。

「僕と、ずっと、一緒にいてくれるの?」

 プリシラは唇を薄く開いた。そのまま何も言わず、手を伸ばしてジャスティンの長く艶やかな黒髪を撫でる。サマンサの見たことのない、髪を伸ばしたジャスティンの姿だ。

「ええ、ずっと一緒よ。だって私は、あなたと一緒にいるために生まれてきたんだもの。……こんなに長い間、ひとりぼっちにさせてしまってごめんなさい」

 ジャスティンがひとつ瞬きしたのと同時に、涙が白い頬を伝った。彼の唇がわななき、それを抑えようとして下唇を噛む。何度も何度も繰り返し空気を吸って、そうしてようやく囁いた。

「また、僕のこと……好きになって、くれる……?」

 ジャスティンが一番聞きたかったことだと、プリシラには分かった。
 両手を差し伸べて正面からジャスティンを抱きしめる。震える腕が背に回り、固く抱き寄せられた。

 プリシラはジャスティンの黒髪に頬をすり寄せた。抱きしめる身体の温かさで、彼を癒したいと痛切に思う。

「馬鹿ね。私はあなたを愛するために生まれてきたのよ。ずっと、ずっと……昔から、あなただけを愛しているの」

 腕の中の身体が震えた。ジャスティンの喉から詰まった声が漏れ、プリシラの肩に顔が押し付けられる。
 それからひそやかな、でもどこか安堵したような泣き声が聞こえてきた。
 
 
 

 
 
 

 

 

 ルーカスは眼鏡を外してピンセットを置くと、両手を上げて大きく伸びをした。集中していた時には気づかなかったが、目を使いすぎたのか軽い頭痛がする。背中から肩、首にも鈍痛を感じ、従妹のお茶を恋しく思った。プリシラはいつも彼の疲れが溜まった頃を見計らって、リラックスできるハーブティーを用意してくれるのだ。

 細かい作業で凝った肩をほぐしたいが、ライアンが戻ってくるまでもう少し進めておこう。そう思い再び眼鏡をかけたところで扉が軽くノックされ、返事も待たずに開かれる。

「どうだった?」

 頭の芯が痛み、また眼鏡を外してからルーカスは尋ねたが、ライアンの得意気な顔で聞くまでもなくいいニュースだと分かる。

「ビンゴだ」
「やはりか」
「ああ。これを書いた『ダニエル・ローザリ』は、ゼルダに災難が降りかかる二年前から彼の地に赴任している。なかなか出来る男だったらしいな。出世意欲が強く上層部の覚えもめでたかった。ゼルダでそれなりの成果を出せば、次は本部に呼ばれると目されていたようだ」
「それほどか。まだそんな年齢でもなかっただろう」
「三十四、五といったところだな。まあ当時は袖の下や有力者への根回しでそれなりに出世できたらしいから、一概に本人の能力が高いとも言い切れないが」
「だが、頭はいいと思うぞ」

 ローザリの手跡を調べているルーカスは異議を唱えた。難解な鍵文字を操り、しかも美しく書き記された文章には高い知性が感じられるのだ。

「それはそうだろう。司祭になるにはアカデミーで神学を修習する必要があるし、当時のアカデミーのレベルは現在の比ではないほど高かったからな」
「確かにそうだな。……それで、そのローザリは」
「任期はおおむね三年から四年だから、事が起きた時にゼルダで司祭を務めていたのはこのローザリという男になる」
「持病などで早期に任地を離れたという記録も」
「なかった。少なくともローザリは『その時』ゼルダにいたはずだ」
「『その時』の直前まで、だな」
「そうだな。魔女狩りが行われた直後、彼が王都を目指して旅立ってから数日後にゼルダは壊滅した。そうやって街を抜け出した者が何人いたのかは分からないが、ごく少数だろう」
「任地を放り出して罰せられなかったのか」
「名目上は王都の国教会総本山に呼び戻された形にはなっていた。実際のところはゼルダの事件が起こったせいで国教会の威信が失墜し、その後始末でローザリを罰するどころではなかったんだろう。しばらく王都で身分預かりとなり、結局還俗したようだ」
「……ローザリは貴族だったのか?」
「百年ほど前に絶えているが、子爵家の二男だった」

 ルーカスは手元にある、時代を経てインクが変色した文字を見下ろした。

 発見された古書を書いたダニエル・ローザリという男の記録は国教会に残されていた。司祭として順調に位階を上げ、出世頭と目されていた人物だ。
 それが、ゼルダへ赴任した二年後に王都の国教会へ招集され、そのすぐ後に還俗したと記されているというのだ。
 難しい顔のルーカスへ、今度はライアンが質問する。

「進捗はどうだ」
「五分の一といったところだな。はかどらなくてすまない」
「いや、神経を遣う作業だからゆっくり進めてもらえばいい。それよりも」
「分かっている。ローザリの精神状態だろう?」
「ああ。狂気に飲まれてから書いたものなら、資料としての価値は無くなってしまうからな」

 古書が発見された保養施設は、時代を遡れば精神病患者の療養施設だった。
 といっても妄想や譫妄などは軽く、しかもある程度身分と金を持つ人々向けの施設だ。先ほどルーカスが貴族かと尋ねたのは、この施設に入所できる背景があったのかを確認したかったからだ。
 
「医的なことは断定できないが、少なくともこれまで読み進めた範囲で妄想を思わせる部分はないようだ」

 ライアンは、もしもローザリが重度の精神病に侵されていたなら、彼の書いた文書を証拠として扱うのは難しくなることを気にしていた。その懸念は十分理解できる。ルーカスは頷きながら提案した。

「念のため、その筋の権威に確認してもらったほうがいいかもしれないな」
「そうするか。ふむ。その筋の権威となると――」

 ライアンは顎に手を当てた。ルーカスは友人の顔を呆れたような目で見る。

「何を勿体つけているんだ。考えるまでもないだろう」

 ニヤ、と笑うライアンは、ルーカスの肩に手を置いた。

「考えるまでもない。ああ、お前の言うとおりだ。俺たちの母校、アカデミーの恩師ハルトマン教授を頼ることにしよう」
「お小言もたっぷり頂くことになるだろうがな」
「それは仕方ない。教授に教えを乞うときの儀式だ」

 二人は声を揃えて笑った。
 ハルトマン教授はアカデミーでの恩師だ。専門は神学だったが、門外漢であるはずの医学についても造詣が深く、特に精神医学に関しては専門家をも凌ぐほどの知識を誇っていた。
 教授に見てもらえるのなら、鍵文字を翻訳する必要もないのだから尚更都合がいい。

「それでは、急いで修復を進めることにするか」
「いや、待て」

 ルーカスが手に取った眼鏡を、ライアンはひょいと取り上げた。

「お前、この肩の凝りはなんだ。ちょっと休憩しろ」
「いや、だが……」
「いいから。外の空気を吸うなり仮眠をとるなり、とにかくこの部屋から出るんだ」

 しぶしぶ立ち上がったルーカスは、作業中の机の上に保護用の紙を置き、更にその上を布で覆った。その白い布を見て、ふと思い出す。

「そういえば、ハルトマン教授はそろそろ退官なさる頃じゃないか」
「……もうそんなお歳だったか。いや、確かにそうだな」
「楽隠居、という風ではないがな」
「退官後にしたいことがあると聞いたことがあったぞ。確か――」

 二人が部屋を出ていく。残されたのは沈黙と、ずっと昔に書かれた元司祭の懺悔の文字だけだった。


***********
登場人物紹介

プリシラ・マリエル・オズボーン 小学校教師
ルーカス・ハワード・ザカリー  国教会司祭
ノーマン・スティール ベルリッツの地主
バージニア・スティール 地主の娘
ライアン・グラハム・ライオール ルーカスの友人の司祭 第二王子

ジャスティン・オーガスタス・ブラックバーン ブラックバーン侯爵
アーサー ジャスティンの従者 
カイル ジャスティンの従者
ベネディクト・フェローズ卿 ジャスティンの父 前ブラックバーン侯爵


サマンサ・ベイリー ジャスティンの恋人(故人)
マーク ジャスティンの親友(故人)
ダニエル・ローザリ 司祭(故人)
 
 
しおりを挟む
感想 19

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(19件)

みながみはるか
ネタバレ含む
解除
さめ姫
2021.08.30 さめ姫

更新、本当に嬉しいです( ; ; )
胸が苦しくなるシーンですが、、今後の2人が幸せになってくれる事を願っています。

解除
さめ姫
2021.08.16 さめ姫

更新がなくて、寂しいです( ; ; )

ひなのさくらこ
2021.08.21 ひなのさくらこ

こんばんは。すっかり遅くなってすみません!ようやく更新にこぎつけました。明日も更新できそうです。
そして、8/1に投稿したつもりの話(告解①)が非公開のままだった…。それも併せて本日2話投稿していますので、よろしくお願いしますね!

解除

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。