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第三章
輪廻
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プリシラは、沈黙したまま長い話を聞いていた。
「……それから、ゼルダの街を破壊し尽くし、人々を殺し尽くした僕は瓦礫の中で意識を失っていて……。それをカインたちが連れ帰ってくれた。でもそれから、自分自身を取り戻すのに時間がかかって。結局、全てを理解できたのはひと月後のことだった」
ジャスティンは膝の上に肘をつき、両手を軽く握り合わせながら話していた。真っすぐな黒髪の先が、端正な横顔を隠すようにして揺れる。
「僕の世界は、それまでと全く違うものになった。いきなりみんなが跪いて、僕のことを吸血鬼の王だと言うんだ。……笑ってしまうよね。何度も何度も、父に会わせてくれと訪ねて叶わなかった場所で、吸血鬼たちに傅かれるだなんて」
フッと口から吐いた空気が黒髪を撫でた。
「混乱して色んなことを受け入れられない僕に、一族の長老からある提案がなされた。そんなに嫌なら、王に相応しい者を新しく造り出してはどうかって。僕の力が圧倒的すぎて、一族に僕を超えられる者は一人もいない。それなら新たな強者を……始祖に匹敵する吸血鬼を造ってしまえばいい。夢物語だったそんな話が、僕の存在でにわかに現実味を帯びた。僕と同程度の力を持つ吸血鬼がもし誕生したら、その人を王位に就ければいいと、そう言われた。僕はよく分からないながらも賛成したんだ。何でもいい、目の前にあるもの全てから逃れたかった。そうしたら――」
握っていた手を解き、両手で顔を覆った。
「彼らの言う『強者を造る』とは、半吸血鬼に純血種の血を与えることだった。それは、体のいい実験だ。これまで何の問題もなく平和に暮らしていた人々が、問答無用で連れて来られた。中には自分が半吸血鬼だということを全く知らない人間もいたそうだ。ある者にはただ血を飲ませ、またある者には瀕死の重傷を負わせた後で血を与えた……僕と同じように」
こみ上げるものをどうにか抑える。自分のしたことを思えば、涙などみせられなかった。
「…………全員、死んだよ。誰一人僕のようにはならなかった。僕が王になることを拒み、あんな提案に頷いたせいで、また……っ」
己の言葉が引き起こした結果に気づいたのは、既に「実験」が進行してからだった。
全く予想もしていなかったのだ。彼らにとって半吸血鬼がどれほど軽んじられた存在かも忘れ、ただ自分のことしか考えられなかった。
「最初から、全部分かっていたら。僕は黙って玉座に就いただろうにね。……今となっては、言い訳にしかならないけれど」
そう言って顔を上げたジャスティンは、疲れた顔で少しだけ笑った。そして手つかずの冷え切ったカップを見て、すまなそうな顔になる。
「一時間経ったね。……こんな、楽しくもない長い話に付き合わせて済まなかった。服が乾いたか見てくるよ」
「待ってください!」
プリシラは扉の前でジャスティンに追いつき、思わず腕を掴んだ。頭の中で弾けていた泡は、話を聞くうちに静まっていった。それでも何か言わなければいけない気がして、伝えたいことがある気がして、彼をこのまま行かせたくはないと思ったのだ。
ジャスティンは腕を掴む手に目を見開いたが、勿忘草色の瞳を見てからスッと腕を外した。
「あの、侯爵様」
「気を遣わせてしまったかな。そんなつもりじゃなかったんだけど」
「そういう訳では……」
「いいんだ」
ジャスティンの笑顔が余りにも寂しそうで、プリシラは胸を衝かれて何も言えなくなった。
「いいんだよ。……最後まで話を聞いてくれて、ありがとう」
帰り支度を済ませ馬車に乗り込んだプリシラは、出発の前に窓を開けた。いつものようにカインも一緒だ。ルーカスが不在だと知り、ジャスティンはカインにより一層の注意を払うよう言いつけていた。プリシラはジャスティンが変わらず気遣ってくれることにほっとしたが、なぜそう思ったのかは自分でも分からなかった。
「侯爵様」
自ら見送りに出ていたジャスティンは、馬車のすぐ側まで近寄った。
「どうしたの?」
優しく問われ、プリシラは未だ寂しげに見える美しい顔を見返した。
「明日も、こちらにお伺いしてよろしいでしょうか」
思いがけない言葉にぱち、と銀色の瞳を瞬かせる。
「え……来るって、城に?」
「はい」
きっぱりと頷いた。
聞かされた話は信じられないことばかりで、プリシラの中で消化しきれていない。だが、ジャスティンの言葉にひとつの嘘もないということだけは不思議と信じられた。
彼らが本当に吸血鬼なのかは分からない。だが、目の前にいる寂し気に瞳を揺らす人と、ここしばらくずっと一緒にいる護衛。それに、身体は大きいがいつも静かに佇んでいる従者のことを、恐ろしいとは微塵も思わなかった。
プリシラの胸の一番奥にある扉が、内側から開きそうになっている。その扉は両親が死んだ時に閉じられたきり、一度も開いていない。ザカリー家に引き取られてからも閉じられたままだったその扉が、何かのきっかけで今にも開きそうだ。
プリシラが決して譲らないことを見て取ったのか、ジャスティンは微かに笑う。心からの笑顔だった。
「それじゃあ僕が迎えに行くよ。待っていてくれる?」
キュッと唇を結んで、プリシラは頷いた。
「はい、侯爵様。お待ちしております」
馬車が見えなくなってから、ジャスティンは歩き始めた。城から離れ、闇夜の森の中へ歩を進める。たとえ月が出ていなくても、夜目の利く彼らに灯りは必要ない。
アーサーは黙ってその後をついていった。主の行動を予測していたからだ。
やがて、二人は目的の場所で足を止めた。森の奥、楠の巨木の根元にジャスティンはしゃがみ込む。
そこには、傷ついたキツネが横たわっていた。獣に襲われたのか、腹部が抉れ瀕死の状態だ。
この森には吸血鬼の気配が満ちているためだろう、獣の類が姿を見せることはないのだが、このキツネは肉食獣から逃げるうちに迷い込んだらしい。
漂っていた血の匂い。ジャスティンとアーサーはプリシラを見送るために外に出て、すぐにそれに気づいていた。
野生のキツネは逃げる力もなく、目だけをぎょろりと動かして警戒している。地上で最も恐ろしい獣に喰われるとでも思っているのだろうか。
ジャスティンは傷ついた野生動物を驚かせないように、ゆっくりと地面に両膝をついた。
「やあ」
囁き声の挨拶に、キツネが目だけで反応する。
「その傷でここまで逃げてきたの? すごいな、お前は」
鼻からフーッと息を吐きだし、もがくように前足を動かした。ジャスティンは宥める口調で静かに話しかける。
「怖くないよ。僕は何もしない。お前が逝くまで一緒にいるだけだ。……一人だと、寂しいだろうから」
キツネはもう一度ジャスティンを見て、少しだけ耳を動かした。吐く息が短くなり、呼吸の間隔が開いていく。ジャスティンはもう何も言わず、血に濡れた腹部が上下するのを黙って見守っていた。
「ジャスティン様。後は私が」
やがて、小さな命の灯が消えたとき、主の行動を咎めることなく見守っていたアーサーが申し出た。
「いや、僕がやるよ」
「……では、せめて穴だけは掘らせてください」
どんな時でも主の意向に逆らわないアーサーがそう言うと、闇の中から数人が姿を現し樹の根に穴を掘り始めた。彼らは、放っておけばジャスティンが素手で土を掘り返しかねないことをよく知っている。
王に仕える家臣たちの過保護ぶりに、ジャスティンは苦笑した。自分の指ならどんなに硬いものも、容易く砕くことができるというのに。
ほんの数分で、巨木の下に黒々とした穴が用意された。根を傷つけないよう慎重に掘られた穴の中に、ジャスティンはキツネをそっと横たえる。
「……僕が血を飲ませたら、お前は助かったのかな」
誰に聞かせるつもりがもない呟きに、アーサーがハッと息をのんだ。ジャスティンはパラパラと乾いた音をさせながら、少しずつ土を被せる。小さな体はすぐに見えなくなった。
「でも、もし吸血鬼になっていたら、二度と仲間のところには戻れないよ。だからきっと、これでよかったんだ」
埋葬を終えたジャスティンは、巨木の根に手を置いた。命あるものが死んで、やがて土に還る。それはどんな境遇にあっても等しく訪れる、残酷なまでに平等な真理だ。
ジャスティンは夜空を見上げた。
今でも毎日思い返す。もう一度やり直せるとしたら、自分はどうすればよかったのだろうかと。
もしあの時、ブラックバーン城を訪ねなければ。サマンサと結婚しようと思わなければ。血を吸ったりしなければ。
夜の闇に包まれた森には野鳥ですら寄りつこうとせず、聞こえるのは木の葉の擦れる音だけだ。ジャスティンは土で汚れた手のひらを樹の幹に置いた。
いつかこの樹も朽ちる時がやってくる。そして葉も幹もやがて土となり、大地を富ませ新しい命を生み出すのだ。どれほど望んでも死ぬことのできない自分とは違う、輝かしい生命の美しさ。
永遠に続く輪廻。命を繋いでゆくものたち。
ジャスティンはまた空を見上げる。あの日、ゼルダにいた人たちの魂は、今どこにあるのだろう。大人も、子供も。老人も、赤ん坊も。恋人の親も、無二の親友も。
僕が奪った命は。亡くしてしまった魂は、光り輝く輪廻に迎え入れられたのだろうか。
ジャスティンの脳裏にプリシラの顔が浮かぶ。包み隠さず全てを語って聞かせたというのに、彼女は嫌悪を示さなかった。与太話だと疑っている風でもなかったが、話したとおりを鵜呑みにもしていないだろう。
葉擦れの音が風に乗り森を抜けていく。
昔、自分が願った些細な幸せ。愛する人と共に生きる生涯は、幸福な死で終わりを告げるはずだった。その輪廻を壊したのは自分自身だ。
ジャスティンは墓標に背を向け、城へと歩き始めた。
「……それから、ゼルダの街を破壊し尽くし、人々を殺し尽くした僕は瓦礫の中で意識を失っていて……。それをカインたちが連れ帰ってくれた。でもそれから、自分自身を取り戻すのに時間がかかって。結局、全てを理解できたのはひと月後のことだった」
ジャスティンは膝の上に肘をつき、両手を軽く握り合わせながら話していた。真っすぐな黒髪の先が、端正な横顔を隠すようにして揺れる。
「僕の世界は、それまでと全く違うものになった。いきなりみんなが跪いて、僕のことを吸血鬼の王だと言うんだ。……笑ってしまうよね。何度も何度も、父に会わせてくれと訪ねて叶わなかった場所で、吸血鬼たちに傅かれるだなんて」
フッと口から吐いた空気が黒髪を撫でた。
「混乱して色んなことを受け入れられない僕に、一族の長老からある提案がなされた。そんなに嫌なら、王に相応しい者を新しく造り出してはどうかって。僕の力が圧倒的すぎて、一族に僕を超えられる者は一人もいない。それなら新たな強者を……始祖に匹敵する吸血鬼を造ってしまえばいい。夢物語だったそんな話が、僕の存在でにわかに現実味を帯びた。僕と同程度の力を持つ吸血鬼がもし誕生したら、その人を王位に就ければいいと、そう言われた。僕はよく分からないながらも賛成したんだ。何でもいい、目の前にあるもの全てから逃れたかった。そうしたら――」
握っていた手を解き、両手で顔を覆った。
「彼らの言う『強者を造る』とは、半吸血鬼に純血種の血を与えることだった。それは、体のいい実験だ。これまで何の問題もなく平和に暮らしていた人々が、問答無用で連れて来られた。中には自分が半吸血鬼だということを全く知らない人間もいたそうだ。ある者にはただ血を飲ませ、またある者には瀕死の重傷を負わせた後で血を与えた……僕と同じように」
こみ上げるものをどうにか抑える。自分のしたことを思えば、涙などみせられなかった。
「…………全員、死んだよ。誰一人僕のようにはならなかった。僕が王になることを拒み、あんな提案に頷いたせいで、また……っ」
己の言葉が引き起こした結果に気づいたのは、既に「実験」が進行してからだった。
全く予想もしていなかったのだ。彼らにとって半吸血鬼がどれほど軽んじられた存在かも忘れ、ただ自分のことしか考えられなかった。
「最初から、全部分かっていたら。僕は黙って玉座に就いただろうにね。……今となっては、言い訳にしかならないけれど」
そう言って顔を上げたジャスティンは、疲れた顔で少しだけ笑った。そして手つかずの冷え切ったカップを見て、すまなそうな顔になる。
「一時間経ったね。……こんな、楽しくもない長い話に付き合わせて済まなかった。服が乾いたか見てくるよ」
「待ってください!」
プリシラは扉の前でジャスティンに追いつき、思わず腕を掴んだ。頭の中で弾けていた泡は、話を聞くうちに静まっていった。それでも何か言わなければいけない気がして、伝えたいことがある気がして、彼をこのまま行かせたくはないと思ったのだ。
ジャスティンは腕を掴む手に目を見開いたが、勿忘草色の瞳を見てからスッと腕を外した。
「あの、侯爵様」
「気を遣わせてしまったかな。そんなつもりじゃなかったんだけど」
「そういう訳では……」
「いいんだ」
ジャスティンの笑顔が余りにも寂しそうで、プリシラは胸を衝かれて何も言えなくなった。
「いいんだよ。……最後まで話を聞いてくれて、ありがとう」
帰り支度を済ませ馬車に乗り込んだプリシラは、出発の前に窓を開けた。いつものようにカインも一緒だ。ルーカスが不在だと知り、ジャスティンはカインにより一層の注意を払うよう言いつけていた。プリシラはジャスティンが変わらず気遣ってくれることにほっとしたが、なぜそう思ったのかは自分でも分からなかった。
「侯爵様」
自ら見送りに出ていたジャスティンは、馬車のすぐ側まで近寄った。
「どうしたの?」
優しく問われ、プリシラは未だ寂しげに見える美しい顔を見返した。
「明日も、こちらにお伺いしてよろしいでしょうか」
思いがけない言葉にぱち、と銀色の瞳を瞬かせる。
「え……来るって、城に?」
「はい」
きっぱりと頷いた。
聞かされた話は信じられないことばかりで、プリシラの中で消化しきれていない。だが、ジャスティンの言葉にひとつの嘘もないということだけは不思議と信じられた。
彼らが本当に吸血鬼なのかは分からない。だが、目の前にいる寂し気に瞳を揺らす人と、ここしばらくずっと一緒にいる護衛。それに、身体は大きいがいつも静かに佇んでいる従者のことを、恐ろしいとは微塵も思わなかった。
プリシラの胸の一番奥にある扉が、内側から開きそうになっている。その扉は両親が死んだ時に閉じられたきり、一度も開いていない。ザカリー家に引き取られてからも閉じられたままだったその扉が、何かのきっかけで今にも開きそうだ。
プリシラが決して譲らないことを見て取ったのか、ジャスティンは微かに笑う。心からの笑顔だった。
「それじゃあ僕が迎えに行くよ。待っていてくれる?」
キュッと唇を結んで、プリシラは頷いた。
「はい、侯爵様。お待ちしております」
馬車が見えなくなってから、ジャスティンは歩き始めた。城から離れ、闇夜の森の中へ歩を進める。たとえ月が出ていなくても、夜目の利く彼らに灯りは必要ない。
アーサーは黙ってその後をついていった。主の行動を予測していたからだ。
やがて、二人は目的の場所で足を止めた。森の奥、楠の巨木の根元にジャスティンはしゃがみ込む。
そこには、傷ついたキツネが横たわっていた。獣に襲われたのか、腹部が抉れ瀕死の状態だ。
この森には吸血鬼の気配が満ちているためだろう、獣の類が姿を見せることはないのだが、このキツネは肉食獣から逃げるうちに迷い込んだらしい。
漂っていた血の匂い。ジャスティンとアーサーはプリシラを見送るために外に出て、すぐにそれに気づいていた。
野生のキツネは逃げる力もなく、目だけをぎょろりと動かして警戒している。地上で最も恐ろしい獣に喰われるとでも思っているのだろうか。
ジャスティンは傷ついた野生動物を驚かせないように、ゆっくりと地面に両膝をついた。
「やあ」
囁き声の挨拶に、キツネが目だけで反応する。
「その傷でここまで逃げてきたの? すごいな、お前は」
鼻からフーッと息を吐きだし、もがくように前足を動かした。ジャスティンは宥める口調で静かに話しかける。
「怖くないよ。僕は何もしない。お前が逝くまで一緒にいるだけだ。……一人だと、寂しいだろうから」
キツネはもう一度ジャスティンを見て、少しだけ耳を動かした。吐く息が短くなり、呼吸の間隔が開いていく。ジャスティンはもう何も言わず、血に濡れた腹部が上下するのを黙って見守っていた。
「ジャスティン様。後は私が」
やがて、小さな命の灯が消えたとき、主の行動を咎めることなく見守っていたアーサーが申し出た。
「いや、僕がやるよ」
「……では、せめて穴だけは掘らせてください」
どんな時でも主の意向に逆らわないアーサーがそう言うと、闇の中から数人が姿を現し樹の根に穴を掘り始めた。彼らは、放っておけばジャスティンが素手で土を掘り返しかねないことをよく知っている。
王に仕える家臣たちの過保護ぶりに、ジャスティンは苦笑した。自分の指ならどんなに硬いものも、容易く砕くことができるというのに。
ほんの数分で、巨木の下に黒々とした穴が用意された。根を傷つけないよう慎重に掘られた穴の中に、ジャスティンはキツネをそっと横たえる。
「……僕が血を飲ませたら、お前は助かったのかな」
誰に聞かせるつもりがもない呟きに、アーサーがハッと息をのんだ。ジャスティンはパラパラと乾いた音をさせながら、少しずつ土を被せる。小さな体はすぐに見えなくなった。
「でも、もし吸血鬼になっていたら、二度と仲間のところには戻れないよ。だからきっと、これでよかったんだ」
埋葬を終えたジャスティンは、巨木の根に手を置いた。命あるものが死んで、やがて土に還る。それはどんな境遇にあっても等しく訪れる、残酷なまでに平等な真理だ。
ジャスティンは夜空を見上げた。
今でも毎日思い返す。もう一度やり直せるとしたら、自分はどうすればよかったのだろうかと。
もしあの時、ブラックバーン城を訪ねなければ。サマンサと結婚しようと思わなければ。血を吸ったりしなければ。
夜の闇に包まれた森には野鳥ですら寄りつこうとせず、聞こえるのは木の葉の擦れる音だけだ。ジャスティンは土で汚れた手のひらを樹の幹に置いた。
いつかこの樹も朽ちる時がやってくる。そして葉も幹もやがて土となり、大地を富ませ新しい命を生み出すのだ。どれほど望んでも死ぬことのできない自分とは違う、輝かしい生命の美しさ。
永遠に続く輪廻。命を繋いでゆくものたち。
ジャスティンはまた空を見上げる。あの日、ゼルダにいた人たちの魂は、今どこにあるのだろう。大人も、子供も。老人も、赤ん坊も。恋人の親も、無二の親友も。
僕が奪った命は。亡くしてしまった魂は、光り輝く輪廻に迎え入れられたのだろうか。
ジャスティンの脳裏にプリシラの顔が浮かぶ。包み隠さず全てを語って聞かせたというのに、彼女は嫌悪を示さなかった。与太話だと疑っている風でもなかったが、話したとおりを鵜呑みにもしていないだろう。
葉擦れの音が風に乗り森を抜けていく。
昔、自分が願った些細な幸せ。愛する人と共に生きる生涯は、幸福な死で終わりを告げるはずだった。その輪廻を壊したのは自分自身だ。
ジャスティンは墓標に背を向け、城へと歩き始めた。
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