24 / 39
第二章
バージニアの急襲②
しおりを挟む
本日複数話投稿していいます。ご注意ください。
****************
プリシラの頭から血の気が下がり、気が遠くなる。まさかこんなところで両親の死の原因を――母の犯した罪を糾弾されるとは思ってもいなかったのだ。
自分の言葉が相手に与える影響力を十二分に確認したバージニアは、実に満足げに微笑んだ。
「あなたが弁えよくザカリー伯爵家から距離を置き、教師として自活の道を選ぶのはとてもよいことよ。でもそこにルーカス様を巻き添えにしては」
「うんざりするほどくだらない噂話だな」
低く鋭い声がバージニアを遮った。未だそこに停まったままの侯爵家の馬車から、カインが無造作に降り立ってプリシラの隣に並ぶ。
「おい。お前がそれを今ここで言う理由は何だ。セント・ルーカスとプリシラを引き離し、代わりにこの屋敷に入り込もうという算段か。それともまさか」
唇を歪めて不快を示しながら、ぎろりと横目でバージニアを睨みつけた。
「我が主に――ブラックバーン侯爵の寵愛を受けるプリシラを蹴落とし、あわよくば自分がその寵を横取りしようとでも考えたか。……やめておくことだな。主がお前を選ぶことなど百にひとつどころか億にひとつもありえない。無駄な努力だぞ」
たっぷりと侮蔑を含んだ言葉に頬を引きつらせたバージニアは、それでも我に返って目の前の少年を見下ろした。華奢な身体に女の子のような可愛らしい顔。たとえ凄まれたとしても実害はないが、いくら侯爵の従者だとて淑女に対する暴言は目に余る。懲らしめの意味でも礼儀を教えてやるべきかもしれない。
バージニアは自分が一番美しく見える角度に首を傾けると、無邪気さを装って言った。
「あら。あなたは侯爵様と一緒にいらした子供ね。どうしてこんなところにいるのかしら」
「お前に説明する必要はない」
「まあ。もしかしてプリシラさんと一緒に過ごすように言われたの? ふふ。まるで姉と弟ね。それとも……教師と生徒、かしら」
「…………」
「いっぱしの従者のつもりかもしれないけれど、あなたのような子供の世話は侯爵様の手に余るのよ。だからきっと、子供の相手に慣れたプリシラさんに預けたんだわ。子守りは大変ですものね」
「バージニア様!」
プリシラは両手を握りしめ、小さく震えながら訴えた。
「どうか、どうかもうそんな風に仰らないでください。従者様は侯爵様のお命じになった役目を果たしておられます。立派な、従者でいらっしゃるのです」
「従者?」
バージニアはせせら笑った。
「この子供が? 一体どんな役目を果たせるというの。ねえおちびさん、あなたのご主人様がどんなことをお命じになったのか、私に教えてくれるかしら。プリシラさんに教理問答でも教わるの? それとも……」
ヒュ……と空気が微かに音を立てた。目の前を何かが素早く横切った気がして、バージニアは数度瞬く。と同時にパラパラと音を立てて落ちたものを見て「ひ……っ」と声を上げた。
エントランスの床にはふさふさとした濃いブロンドの巻き毛が――切り落とされたバージニアの髪が落ちていた。
口をOの形に大きく開き、言葉を出せずにいるバージニアに、カインはどの角度から見ても完璧な愛らしさの顔でにっこりと笑った。
「我が主のことを気安く口にするな。……空気が悪い。早々に立ち去れ」
這う這うの体で立ち去ったバージニアを、プリシラは黙って見送った。エントランスに沈黙が満ちる。プリシラのことを嫌うバージニアは、腹立ちまぎれにカインのことを傷つけようとした。もし自分がもっと上手く受け答えできていたなら、こんなことにはならなかったかもしれないのに。それが申し訳なく、そして父と母が死に至った真相を暴かれたことの恥ずかしさにいたたまれず、プリシラは後ろに立つカインの顔を見ることすらできなかった。
「……おい」
プリシラは覚悟を決めて振り向いた。
「申し訳ありませんでした」
「……どうしてお前が謝るんだ」
「だってあれは……私のせいですわ。バージニア様は私のことがあまりお好きではないようなんです。だから私と一緒にいるあなたのことも、あんな風に……。本当に、申し訳ございません」
プリシラはどうにか微笑んでみせた。
「父と母のことも、本当のことです。私一人が残されたのは、母の…………恋人と話し合う時に、子供を連れていく訳にはいかなかったから」
目尻に浮かんだ涙を手の甲でサッと拭う。同情されるのだけは嫌だった。
「ふしだらな母親の血を引いていると、父方の親戚からは罵られました。だから私は、一人で生きていかなければならないんです。……バージニア様の仰るとおり、ブラックバーン侯爵様からのご厚意を受けていいような身分ではありません。だからもう、侯爵様には」
「明日は早い時間に迎えがくる」
眉間に皺を寄せ、憮然とした口調のカインは初対面の時のようにプリシラを睨んだ。
「だからお前はさっさと屋敷に入り食事をして、夢も見ずに眠らなければならない。いつまでもこんなところに突っ立っていれば、寝過ごしてご主人様をお待たせすることになるかもしれないからな。いいか、誰が何と言おうと、お前はご主人様のことだけを考えていればいいんだ」
「従者様……」
乱暴な物言いに隠された優しさが、プリシラの涙腺を刺激した。目に涙を浮かべるプリシラを心底嫌そうに見たカインは、不機嫌な態度を崩さずに注文をつけた。
「それから、従者従者と言われるのは面倒だ。次からはカインと呼べ」
プリシラはきょとんとして、そしてまた浮かんだ涙を指の背で拭いながら笑顔で応えた。
「はい、カイン様。では私のこともプリシラとお呼びください」
****************
プリシラの頭から血の気が下がり、気が遠くなる。まさかこんなところで両親の死の原因を――母の犯した罪を糾弾されるとは思ってもいなかったのだ。
自分の言葉が相手に与える影響力を十二分に確認したバージニアは、実に満足げに微笑んだ。
「あなたが弁えよくザカリー伯爵家から距離を置き、教師として自活の道を選ぶのはとてもよいことよ。でもそこにルーカス様を巻き添えにしては」
「うんざりするほどくだらない噂話だな」
低く鋭い声がバージニアを遮った。未だそこに停まったままの侯爵家の馬車から、カインが無造作に降り立ってプリシラの隣に並ぶ。
「おい。お前がそれを今ここで言う理由は何だ。セント・ルーカスとプリシラを引き離し、代わりにこの屋敷に入り込もうという算段か。それともまさか」
唇を歪めて不快を示しながら、ぎろりと横目でバージニアを睨みつけた。
「我が主に――ブラックバーン侯爵の寵愛を受けるプリシラを蹴落とし、あわよくば自分がその寵を横取りしようとでも考えたか。……やめておくことだな。主がお前を選ぶことなど百にひとつどころか億にひとつもありえない。無駄な努力だぞ」
たっぷりと侮蔑を含んだ言葉に頬を引きつらせたバージニアは、それでも我に返って目の前の少年を見下ろした。華奢な身体に女の子のような可愛らしい顔。たとえ凄まれたとしても実害はないが、いくら侯爵の従者だとて淑女に対する暴言は目に余る。懲らしめの意味でも礼儀を教えてやるべきかもしれない。
バージニアは自分が一番美しく見える角度に首を傾けると、無邪気さを装って言った。
「あら。あなたは侯爵様と一緒にいらした子供ね。どうしてこんなところにいるのかしら」
「お前に説明する必要はない」
「まあ。もしかしてプリシラさんと一緒に過ごすように言われたの? ふふ。まるで姉と弟ね。それとも……教師と生徒、かしら」
「…………」
「いっぱしの従者のつもりかもしれないけれど、あなたのような子供の世話は侯爵様の手に余るのよ。だからきっと、子供の相手に慣れたプリシラさんに預けたんだわ。子守りは大変ですものね」
「バージニア様!」
プリシラは両手を握りしめ、小さく震えながら訴えた。
「どうか、どうかもうそんな風に仰らないでください。従者様は侯爵様のお命じになった役目を果たしておられます。立派な、従者でいらっしゃるのです」
「従者?」
バージニアはせせら笑った。
「この子供が? 一体どんな役目を果たせるというの。ねえおちびさん、あなたのご主人様がどんなことをお命じになったのか、私に教えてくれるかしら。プリシラさんに教理問答でも教わるの? それとも……」
ヒュ……と空気が微かに音を立てた。目の前を何かが素早く横切った気がして、バージニアは数度瞬く。と同時にパラパラと音を立てて落ちたものを見て「ひ……っ」と声を上げた。
エントランスの床にはふさふさとした濃いブロンドの巻き毛が――切り落とされたバージニアの髪が落ちていた。
口をOの形に大きく開き、言葉を出せずにいるバージニアに、カインはどの角度から見ても完璧な愛らしさの顔でにっこりと笑った。
「我が主のことを気安く口にするな。……空気が悪い。早々に立ち去れ」
這う這うの体で立ち去ったバージニアを、プリシラは黙って見送った。エントランスに沈黙が満ちる。プリシラのことを嫌うバージニアは、腹立ちまぎれにカインのことを傷つけようとした。もし自分がもっと上手く受け答えできていたなら、こんなことにはならなかったかもしれないのに。それが申し訳なく、そして父と母が死に至った真相を暴かれたことの恥ずかしさにいたたまれず、プリシラは後ろに立つカインの顔を見ることすらできなかった。
「……おい」
プリシラは覚悟を決めて振り向いた。
「申し訳ありませんでした」
「……どうしてお前が謝るんだ」
「だってあれは……私のせいですわ。バージニア様は私のことがあまりお好きではないようなんです。だから私と一緒にいるあなたのことも、あんな風に……。本当に、申し訳ございません」
プリシラはどうにか微笑んでみせた。
「父と母のことも、本当のことです。私一人が残されたのは、母の…………恋人と話し合う時に、子供を連れていく訳にはいかなかったから」
目尻に浮かんだ涙を手の甲でサッと拭う。同情されるのだけは嫌だった。
「ふしだらな母親の血を引いていると、父方の親戚からは罵られました。だから私は、一人で生きていかなければならないんです。……バージニア様の仰るとおり、ブラックバーン侯爵様からのご厚意を受けていいような身分ではありません。だからもう、侯爵様には」
「明日は早い時間に迎えがくる」
眉間に皺を寄せ、憮然とした口調のカインは初対面の時のようにプリシラを睨んだ。
「だからお前はさっさと屋敷に入り食事をして、夢も見ずに眠らなければならない。いつまでもこんなところに突っ立っていれば、寝過ごしてご主人様をお待たせすることになるかもしれないからな。いいか、誰が何と言おうと、お前はご主人様のことだけを考えていればいいんだ」
「従者様……」
乱暴な物言いに隠された優しさが、プリシラの涙腺を刺激した。目に涙を浮かべるプリシラを心底嫌そうに見たカインは、不機嫌な態度を崩さずに注文をつけた。
「それから、従者従者と言われるのは面倒だ。次からはカインと呼べ」
プリシラはきょとんとして、そしてまた浮かんだ涙を指の背で拭いながら笑顔で応えた。
「はい、カイン様。では私のこともプリシラとお呼びください」
0
お気に入りに追加
178
あなたにおすすめの小説
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
貞操観念逆転世界におけるニートの日常
猫丸
恋愛
男女比1:100。
女性の価値が著しく低下した世界へやってきた【大鳥奏】という一人の少年。
夢のような世界で彼が望んだのは、ラブコメでも、ハーレムでもなく、男の希少性を利用した引き籠り生活だった。
ネトゲは楽しいし、一人は気楽だし、学校行かなくてもいいとか最高だし。
しかし、男女の比率が大きく偏った逆転世界は、そんな彼を放っておくはずもなく……
『カナデさんってもしかして男なんじゃ……?』
『ないでしょw』
『ないと思うけど……え、マジ?』
これは貞操観念逆転世界にやってきた大鳥奏という少年が世界との関わりを断ち自宅からほとんど出ない物語。
貞操観念逆転世界のハーレム主人公を拒んだ一人のネットゲーマーの引き籠り譚である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる