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第一章
血の宿命
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ジャスティンは前ブラックバーン侯爵の非嫡出子として生を受けた。しかも半吸血鬼として。
とりわけ美味な血の持ち主だったという母との間に、間違いのようにして誕生したのがジャスティンだった。
生涯伴侶を持たなかった父だ。何の障害もなかったはずなのに、彼はジャスティンたちを城へ迎え入れようとはしなかった。
幼い頃は母に向かって、毎晩のように父の話をせがんだものだ。誰にも話してはいけないと、そう口止めされることすら特別に感じて嬉しかった。
母はいつも楽しそうに話していた。出会った日のこと。愛し合ってジャスティンを授かった喜び。
お父様は力のある吸血鬼だと、高貴な身分のとても素敵な方なのだと母は繰り返し語って聞かせてくれた。
だがやがて成長したジャスティンは現実を知る。市井の、だが治安のよい場所に住む親子の家を、ただの一度も訪れることのない父。母が「素敵」と称する父親の顔すら知らない自分。父にとって自分など無価値だと思い知らされた。
吸血鬼の王で、多くの同族を従えるブラックバーン侯爵にとって、人間の女などただの食料にすぎず、ましてやダンピールでしかない息子など恥ずべき存在なのだと。
だが不死だったはずの父は死に、今はジャスティンが歴代最強の吸血鬼として君臨している。
それは実に皮肉な話だった。同族を増やすこともできず、吸血鬼なら当然のように備える驚異的な身体能力も持ち合わせていないダンピールは、「純血種」にとって蔑みの対象でしかない。彼らは人と吸血鬼の中間ではなく、ほとんど人間に近い生き物だ。いや、むしろ同族の血が混じっているせいで吸血の対象にはならず、人間以下の虫けらも同然だった。
だが人として生きるのなら、ダンピールもそう悪くはないだろう。
彼らは普通の人間よりも少し見目がいい。運動神経も多少優れている。寿命は人間と同じか数年長い程度だ。
そして吸血欲求が――特に性的に昂った時に、相手の血を吸いたくなる傾向があるという。
一族の繁栄のため何ひとつ資することのない存在でありながら、一人前に血を飲もうとする半端者。吸血鬼がダンピールに対して持つ評価がそれだった。
昔の自分は、どんなに吸血鬼になりたいと願っただろう。ダンピールのような偽物じゃない、本当の、本物の吸血鬼に。
父に認められ、同族に仲間だと受け入れられる日をどんなに切望したことか。夢物語のようなそれをジャスティンは希い、しかし決して叶えられず、せめて形だけでも真似したくて愛する人の首を噛んだ。自己満足にすぎない行いが引き起こす、陰惨な事件など想像もせずに。
辛抱強く主の言葉を待つアーサーの目を、ジャスティンは見返した。
「『探し物』……確かにそうだ。呪われた私が死ぬ手段をずっと探していたのは、サムに……サマンサにもう一度逢うためだった。彼女一人を黄泉路に置き去りにしてしまったと、どこかで迷って泣いているのではないかと、そう思っていたから」
ジャスティンは強く目を瞑った。どれだけ時が経とうとも、胸の痛みが消えることはない。
「……彼女だよ」
「…………」
「彼女なんだ。プリシラはサマンサ・ベイリーの生まれ変わりだ」
絶句したアーサーに、ジャスティンは銀の瞳を光らせながら言う。
「何故と聞かれても答えられない。ただ、一目見ただけで分かった。髪や目の色、顔かたち……声や年齢まで全然違うのに、それでも彼女なんだと、『僕のサム』がここにいると分かったんだ」
それだけ言って、ジャスティンはフイと顔を逸らした。飛ぶような速さで進む馬車の窓からは、幻のような木々の影が見えるだけだ。だがジャスティンの――吸血鬼の王の目には木の葉一枚一枚が、巣穴に潜る動物たちの姿がありありと映しだされているに違いない。
とりわけ美味な血の持ち主だったという母との間に、間違いのようにして誕生したのがジャスティンだった。
生涯伴侶を持たなかった父だ。何の障害もなかったはずなのに、彼はジャスティンたちを城へ迎え入れようとはしなかった。
幼い頃は母に向かって、毎晩のように父の話をせがんだものだ。誰にも話してはいけないと、そう口止めされることすら特別に感じて嬉しかった。
母はいつも楽しそうに話していた。出会った日のこと。愛し合ってジャスティンを授かった喜び。
お父様は力のある吸血鬼だと、高貴な身分のとても素敵な方なのだと母は繰り返し語って聞かせてくれた。
だがやがて成長したジャスティンは現実を知る。市井の、だが治安のよい場所に住む親子の家を、ただの一度も訪れることのない父。母が「素敵」と称する父親の顔すら知らない自分。父にとって自分など無価値だと思い知らされた。
吸血鬼の王で、多くの同族を従えるブラックバーン侯爵にとって、人間の女などただの食料にすぎず、ましてやダンピールでしかない息子など恥ずべき存在なのだと。
だが不死だったはずの父は死に、今はジャスティンが歴代最強の吸血鬼として君臨している。
それは実に皮肉な話だった。同族を増やすこともできず、吸血鬼なら当然のように備える驚異的な身体能力も持ち合わせていないダンピールは、「純血種」にとって蔑みの対象でしかない。彼らは人と吸血鬼の中間ではなく、ほとんど人間に近い生き物だ。いや、むしろ同族の血が混じっているせいで吸血の対象にはならず、人間以下の虫けらも同然だった。
だが人として生きるのなら、ダンピールもそう悪くはないだろう。
彼らは普通の人間よりも少し見目がいい。運動神経も多少優れている。寿命は人間と同じか数年長い程度だ。
そして吸血欲求が――特に性的に昂った時に、相手の血を吸いたくなる傾向があるという。
一族の繁栄のため何ひとつ資することのない存在でありながら、一人前に血を飲もうとする半端者。吸血鬼がダンピールに対して持つ評価がそれだった。
昔の自分は、どんなに吸血鬼になりたいと願っただろう。ダンピールのような偽物じゃない、本当の、本物の吸血鬼に。
父に認められ、同族に仲間だと受け入れられる日をどんなに切望したことか。夢物語のようなそれをジャスティンは希い、しかし決して叶えられず、せめて形だけでも真似したくて愛する人の首を噛んだ。自己満足にすぎない行いが引き起こす、陰惨な事件など想像もせずに。
辛抱強く主の言葉を待つアーサーの目を、ジャスティンは見返した。
「『探し物』……確かにそうだ。呪われた私が死ぬ手段をずっと探していたのは、サムに……サマンサにもう一度逢うためだった。彼女一人を黄泉路に置き去りにしてしまったと、どこかで迷って泣いているのではないかと、そう思っていたから」
ジャスティンは強く目を瞑った。どれだけ時が経とうとも、胸の痛みが消えることはない。
「……彼女だよ」
「…………」
「彼女なんだ。プリシラはサマンサ・ベイリーの生まれ変わりだ」
絶句したアーサーに、ジャスティンは銀の瞳を光らせながら言う。
「何故と聞かれても答えられない。ただ、一目見ただけで分かった。髪や目の色、顔かたち……声や年齢まで全然違うのに、それでも彼女なんだと、『僕のサム』がここにいると分かったんだ」
それだけ言って、ジャスティンはフイと顔を逸らした。飛ぶような速さで進む馬車の窓からは、幻のような木々の影が見えるだけだ。だがジャスティンの――吸血鬼の王の目には木の葉一枚一枚が、巣穴に潜る動物たちの姿がありありと映しだされているに違いない。
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