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第一章
令嬢プリシラ②
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「髪は磨いた金貨のよう。瞳は春の澄み切った空の色で、お肌は泡立てたクリームみたいに真っ白で滑らか。そして元は子爵家のお嬢様で、伯爵家が後見に立っていらっしゃる。……聡明でお優しく、おまけにこんなにお美しいんですから、気概のある男なら放ってはおかないと思うんですよ。それがルーカス様と二人して、浮いた噂の一つもないだなんて」
見えなくても、ハンナが情けないと言いたげに首を振っているのが分かった。
「そりゃあお嬢様には聖ルーカス様という、ちょっとばかり手強い保護者がいるのは事実ですが、それが何だって言うんですか。男ならそれくらいのことで諦めず、果敢に挑んでお嬢様を勝ち取ってもらいたいじゃないですか。それなのに」
「ハンナ」
興奮した使用人に、プリシラはそっと声をかけた。
「そろそろ時間だわ。エントランスにいきましょう」
「あら……もうそんな時間ですか。本当はドレスも着替えていただきたかったんですけど」
「髪を綺麗にしてくれただけで十分よ。ありがとう」
「せめて髪飾りだけでもつけましょう。私が取ってまいります。お嬢様、お部屋の宝石箱から紫水晶の髪飾りを」
「お嬢様、ですって?」
ハンナはピタリと口を閉ざした。プリシラは、こうなることを予想していなかった自分に呆れながらゆっくりと振り返る。
「バージニア様」
まるで王宮の夜会に出席するような派手な出で立ちで、バージニア・ダラス・スティールは応接室の入口に立っていた。濃い金髪に若草色の瞳。プリシラと髪色はほどんど同じだが、背は僅かに彼女の方が高い。
「ご機嫌よう、プリシラさん」
「いらっしゃいませ、バージニア様。今日いらしゃるとは存じ上げず失礼たいしました」
「まあ、ブラックバーン侯爵様をお迎えするんですもの、私がお出迎えをせずに誰がするというの」
ちらりと横目でハンナを睨む。バージニアはベルリッツで紳士階級にある地主の一人娘だ。大層美しいことは本人も自覚しており、それは彼女の振る舞いにもよく現れていた。
バージニアが金に糸目をつけず着飾るのはいつものことだ。パッと人目を惹く顔立ちを際立たせる美しい化粧とドレス。自分の格好が急にみすぼらしく思えたが、プリシラは自らを鼓舞するようにスッと背筋を伸ばす。それを知ってか知らでか、バージニアは気取った仕草でぐるりと室内を見回してひとつ息を吐いた。
「よかったわ。ちゃんと支度はできているようね」
「はい。ハンナがよくやってくれました」
「そう。父が世話をした使用人がよく働いてくれたのなら安心ね。ただ、ちょっと……」
どの角度が一番美しく見えるか、十分熟知した様子で首を傾げる。
「さっきあなたたちが話していたでしょう。お嬢様、ってまさか、プリシラさんのことじゃないでしょうね」
「……だとしたら何だと仰るんです。プリシラ様はれっきとした子爵家のお嬢様ですよ。なんの問題もないではありませんか」
「元子爵家よ。今は平民だわ。それなのにこうやって使用人を傅かせるなんておかしな話ね。……まるでおままごとみたい」
「な……っ」
「ハンナ」
反論しようとしたハンナを制し、プリシラはバージニアに膝を折って礼をした。
「仰るとおりですわ。今後はそんなことのないよう十分注意いたします。そろそろお客様のお見えになる時間ですので、バージニア様はどうぞエントランスへ。従兄と一緒にお出迎えをお願いいたします」
バージニアは頭を下げるプリシラを、しばらくの間じっと眺めていた。
「……侯爵様に失礼があってはいけないわ。あなたたちも早くいらしてね」
そう言いおいて、バージニアは部屋を出ていく。足音が遠ざかるのを確認してから、我慢できなくなったハンナは声を上げた。
見えなくても、ハンナが情けないと言いたげに首を振っているのが分かった。
「そりゃあお嬢様には聖ルーカス様という、ちょっとばかり手強い保護者がいるのは事実ですが、それが何だって言うんですか。男ならそれくらいのことで諦めず、果敢に挑んでお嬢様を勝ち取ってもらいたいじゃないですか。それなのに」
「ハンナ」
興奮した使用人に、プリシラはそっと声をかけた。
「そろそろ時間だわ。エントランスにいきましょう」
「あら……もうそんな時間ですか。本当はドレスも着替えていただきたかったんですけど」
「髪を綺麗にしてくれただけで十分よ。ありがとう」
「せめて髪飾りだけでもつけましょう。私が取ってまいります。お嬢様、お部屋の宝石箱から紫水晶の髪飾りを」
「お嬢様、ですって?」
ハンナはピタリと口を閉ざした。プリシラは、こうなることを予想していなかった自分に呆れながらゆっくりと振り返る。
「バージニア様」
まるで王宮の夜会に出席するような派手な出で立ちで、バージニア・ダラス・スティールは応接室の入口に立っていた。濃い金髪に若草色の瞳。プリシラと髪色はほどんど同じだが、背は僅かに彼女の方が高い。
「ご機嫌よう、プリシラさん」
「いらっしゃいませ、バージニア様。今日いらしゃるとは存じ上げず失礼たいしました」
「まあ、ブラックバーン侯爵様をお迎えするんですもの、私がお出迎えをせずに誰がするというの」
ちらりと横目でハンナを睨む。バージニアはベルリッツで紳士階級にある地主の一人娘だ。大層美しいことは本人も自覚しており、それは彼女の振る舞いにもよく現れていた。
バージニアが金に糸目をつけず着飾るのはいつものことだ。パッと人目を惹く顔立ちを際立たせる美しい化粧とドレス。自分の格好が急にみすぼらしく思えたが、プリシラは自らを鼓舞するようにスッと背筋を伸ばす。それを知ってか知らでか、バージニアは気取った仕草でぐるりと室内を見回してひとつ息を吐いた。
「よかったわ。ちゃんと支度はできているようね」
「はい。ハンナがよくやってくれました」
「そう。父が世話をした使用人がよく働いてくれたのなら安心ね。ただ、ちょっと……」
どの角度が一番美しく見えるか、十分熟知した様子で首を傾げる。
「さっきあなたたちが話していたでしょう。お嬢様、ってまさか、プリシラさんのことじゃないでしょうね」
「……だとしたら何だと仰るんです。プリシラ様はれっきとした子爵家のお嬢様ですよ。なんの問題もないではありませんか」
「元子爵家よ。今は平民だわ。それなのにこうやって使用人を傅かせるなんておかしな話ね。……まるでおままごとみたい」
「な……っ」
「ハンナ」
反論しようとしたハンナを制し、プリシラはバージニアに膝を折って礼をした。
「仰るとおりですわ。今後はそんなことのないよう十分注意いたします。そろそろお客様のお見えになる時間ですので、バージニア様はどうぞエントランスへ。従兄と一緒にお出迎えをお願いいたします」
バージニアは頭を下げるプリシラを、しばらくの間じっと眺めていた。
「……侯爵様に失礼があってはいけないわ。あなたたちも早くいらしてね」
そう言いおいて、バージニアは部屋を出ていく。足音が遠ざかるのを確認してから、我慢できなくなったハンナは声を上げた。
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