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第一章
異名は「悪魔侯爵」
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「お従兄様が大学で専攻されていた分野の書物をご覧になりたいということ?」
「ああ。メノセス教の信徒が焼き払った国教会の旧い聖書や、あとは……魔導書と呼ばれる古書のことだろう。聖書以外は所謂異端・禁書の類だな。私が大学の恩師から譲り受けた、世界中でも数冊しかない稀覯本を所有していることまで調べあげてきていた。全く、どこで聞きつけたことやら」
ルーカスは些かうんざりした様子だ。学究肌の従兄にとって、領主の訪問に付随する様々なことが肌に合わず面倒なのだ。プリシラは僅かに首を傾げた。
「でも、ブラックバーン侯爵様は人前に姿をお見せにならないお方だと聞いたことがあるわ」
「ああ。領主としての采配は立派なものだが、いついかなる時も決して表に姿を現さない」
カトラリーを優雅に扱いながらルーカスは軽く肩をすくめた。
「『偏屈侯爵』『人嫌い侯爵』はましな方か。『悪魔侯爵』『幽霊侯爵』、なかには『人食い侯爵』なんていう異名もあるな。そのうえ魔導書の愛好家とくれば、とんだ神秘主義者だという噂まで加わるだろう。全ては侯爵がどのような生活を送っているか、外部に全く伝わらないことが原因だ。……何しろここ数代の侯爵は、ただの一度も外出したことがないと言われているほどだから」
「まあ……!」
「人嫌い」などという言葉では片付けられない噂だ。果たしてそんなことがあり得るのだろうか。プリシラは驚いて再び食事の手を止める。
「でも、高位貴族が代替わりをする時には国王陛下が勅書をお授けになるはずよ。それにもお出ましにならなかったの?」
「そうだ。ブラックバーン侯爵家は大変な資産家でね。これは公然の秘密なんだが、法で定められている金額よりもずっと多い税を帝国に納めている。おまけに有り余る潤沢な資金でもって、国内貴族に金を貸し付けているんだ」
「お金を?」
「貴族といえどこのご時世だ。爵位が金を産む時代はとっくに終わった。金額の多寡はあれど、どこの家も資金繰りには苦労している。そこに付け込んで…………という言い方は、余りにも不当だな」
ルーカスは苦笑して話を変えた。
「とにかく、国内の有力者は皆ブラックバーン侯爵には逆らえない事情があるんだ。だがそれだけじゃない。このザウスグランツ王国自体が侯爵家から債務を負っている。それも、国家予算並みの莫大な金額をね」
従妹の顔に視線を据えたままルーカスは説明した。
「一つ弁護しておこう。侯爵領の領民がもうずっと長い間、飢えることも争うこともなく平和に暮らせていることは事実で、しかもそれは誰にも真似のできないことだ。歴代の侯爵家当主の優秀さには恐れ入るよ」
プリシラはルーカスから食事を続けるよう視線で促され、皿の肉を切りながら疑問を口にした。
「ああ。メノセス教の信徒が焼き払った国教会の旧い聖書や、あとは……魔導書と呼ばれる古書のことだろう。聖書以外は所謂異端・禁書の類だな。私が大学の恩師から譲り受けた、世界中でも数冊しかない稀覯本を所有していることまで調べあげてきていた。全く、どこで聞きつけたことやら」
ルーカスは些かうんざりした様子だ。学究肌の従兄にとって、領主の訪問に付随する様々なことが肌に合わず面倒なのだ。プリシラは僅かに首を傾げた。
「でも、ブラックバーン侯爵様は人前に姿をお見せにならないお方だと聞いたことがあるわ」
「ああ。領主としての采配は立派なものだが、いついかなる時も決して表に姿を現さない」
カトラリーを優雅に扱いながらルーカスは軽く肩をすくめた。
「『偏屈侯爵』『人嫌い侯爵』はましな方か。『悪魔侯爵』『幽霊侯爵』、なかには『人食い侯爵』なんていう異名もあるな。そのうえ魔導書の愛好家とくれば、とんだ神秘主義者だという噂まで加わるだろう。全ては侯爵がどのような生活を送っているか、外部に全く伝わらないことが原因だ。……何しろここ数代の侯爵は、ただの一度も外出したことがないと言われているほどだから」
「まあ……!」
「人嫌い」などという言葉では片付けられない噂だ。果たしてそんなことがあり得るのだろうか。プリシラは驚いて再び食事の手を止める。
「でも、高位貴族が代替わりをする時には国王陛下が勅書をお授けになるはずよ。それにもお出ましにならなかったの?」
「そうだ。ブラックバーン侯爵家は大変な資産家でね。これは公然の秘密なんだが、法で定められている金額よりもずっと多い税を帝国に納めている。おまけに有り余る潤沢な資金でもって、国内貴族に金を貸し付けているんだ」
「お金を?」
「貴族といえどこのご時世だ。爵位が金を産む時代はとっくに終わった。金額の多寡はあれど、どこの家も資金繰りには苦労している。そこに付け込んで…………という言い方は、余りにも不当だな」
ルーカスは苦笑して話を変えた。
「とにかく、国内の有力者は皆ブラックバーン侯爵には逆らえない事情があるんだ。だがそれだけじゃない。このザウスグランツ王国自体が侯爵家から債務を負っている。それも、国家予算並みの莫大な金額をね」
従妹の顔に視線を据えたままルーカスは説明した。
「一つ弁護しておこう。侯爵領の領民がもうずっと長い間、飢えることも争うこともなく平和に暮らせていることは事実で、しかもそれは誰にも真似のできないことだ。歴代の侯爵家当主の優秀さには恐れ入るよ」
プリシラはルーカスから食事を続けるよう視線で促され、皿の肉を切りながら疑問を口にした。
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