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第二章

秘密

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「部屋は西翼の続き部屋を使えばいいわ。ええ、百合の間よ。あの部屋の寝室は広いから、もう一台寝台を置いても狭くはないでしょう。急いで手配してちょうだい。それから、部屋が乾いているか確認してきてくれる? 念のために暖炉に火を入れておいてね」

 ジュリアナは使用人たちにてきぱきと指示をだす。と、そこに髪をきっちりとまとめ、上質だが地味なドレスを纏った五十がらみの女性がやってきた。

「ああ、ノーラ! いいところに来てくれたわ。この子たちを引き取ることにしたの。大きいほうがフレディで、小さいのがヴィクよ。今部屋の支度と食事の用意をさせているところなの。でも、何よりもまずお風呂に入れたいわ」

 ノーラと呼ばれたメイド長は、呆れたようにため息をついた。

「お嬢様。私はいつかあなたがこんな風に人間を拾ってくるんじゃないかと思っておりましたよ。全く、お坊ちゃまもお嬢様には甘くていらっしゃるから」
「そんなことを言わないで協力してちょうだい。ねえ、百合の間のカーテンは新しくしたばかりだったわよね?」
「はい。ご指示のとおり、あの金色がかった肌色のカーテンをかけてあります」
「ちょうどよかったわ! これから寒くなるというのに、青いカーテンじゃ寒々しいもの」

 上機嫌のジュリアナに微笑みかけられ、クラリスとヴィクターは目を丸くした。

 弟を護れる安心安全な場所として願っていたハリントン男爵邸に、二人は無事引き取られることになった。
 それだけでもう何も望むつもりはなかったクラリスだが、ジュリアナの張り切りようは想像を超えている。慌ただしすぎてよく理解できない部分はあるものの、どうやら二人に与えられる部屋は客間のようだ。しかも名前がつけられるほど立派な部屋に、二つの寝台を用意しているらしい。
 
 邸に置いてもらえるなら納屋でもいいと本気で思っていたクラリスだ。まさか季節ごとにカーテンを新調するような部屋を使わせてもらうことになるとは夢にも思っていなかった。
 身の程知らずの厚遇は却って心苦しい。使用人に与えられる部屋で十分だと伝えたいが、先ほどからずっと指示を出し続けているジュリアナには口を挟む隙がなかった。

「着替えは準備できたの? 御者とフットマンの息子の洋服を借りたのね? いえ、いいのよ! ハイトブリッジもまだ開いてないもの。仕方ないわ」

 ジュリアナはメイドが恐縮しながら持ってきた服を手に取ると、高級仕立て屋が立ち並ぶ王都の一角――ハリントン男爵邸の所有地――を指して頷いた。既製品を買うにしてもあと数時間は経たなければ店は開かない。ひとまず身ぎれいにするのが最優先だ。

「じゃあ、ヴィクは百合の間の浴室を使ってね。風邪をひかないように、きれいなお湯をたっぷり出すのよ」

 メイドに連れられていく弟の後を追おうとしたクラリスは、ジュリアナから引き留められた。

「フレディ、あなたは私の部屋の浴室を使ってちょうだい」

 その言葉に飛び上がるほど驚いたのはメイド長のノーラだ。

「とんでもない! お嬢様、とうとう気でも違ってしまったんですか。こんな浮浪児の、しかも若い男を、お嬢様の部屋に通すだなんて!」
「心配しなくていいわ。だってこの子、私よりずっと細いじゃない。見たところ筋肉だってぜんぜんついていないし、ろくに食事もできていないせいで顔色も悪いもの。私を襲う元気なんてないはずよ」
「そんなこと分かるものですか!!」
「じゃあ、五分だけ。五分経って私が出てこないようなら、ノーラが部屋に入ってくるといいわ。ね? ただお湯の出し方を教えるだけよ。いいでしょう?」

 メイド長は身の置き所もない様子で肩をすぼめる孤児を見て眉間に皺を寄せた。確かに、ふくよかなノーラが背中を叩いたらばったり倒れそうな弱々しさではある。だからといって、主家の令嬢の豪華な浴室を使わせていいかというと、それは全く別の話だ。

 絶対に納得しないノーラを置き去りにしたまま、ジュリアナはクラリスを自分の部屋へ招き入れた。
 温かみのある臙脂の絨毯に、漆喰模様が美しい天井。壁は淡いグリーンで、若々しい印象のすっきりとした部屋だ。飾り棚には可愛らしい陶器ポーセリン人形がいくつも飾ってある。
 じろじろ見るのも憚られて、クラリスはぎこちなく部屋を進んでいく。居間に寝室、化粧の間と衣装部屋の扉の前を通り過ぎ、一番奥にある浴室に着いたところで振り返ったジュリアナは、クラリスの菫色の瞳を見つめながらズバリと言った。

「ねえフレディ。あなた、本当は女性なんでしょう?」

 確信を持って告げられた言葉に応えることができず、クラリスは唇を震わせた。




 
 アレクシスは新聞を眺めていた。
 コーヒーの力を借りても集中力を保てず、やがて諦めた彼は新聞を机に放る。丁度部屋へ入ってきたダンカンはそれをサッと持ち上げると、端を整えて綺麗に折りたたんだ。名のある貴族家の当主ならば側に従者を置くのが一般的だが、賢く控えめで無口な者というアレクシスの注文以上にダンカンの目に適う者がおらず、結局彼自身がそれを兼任する形になっている。

「何かお召し上がりになりますか」

 主の屈託を悟るダンカンがさり気なく尋ねたが、アレクシスは応とも否とも取れる呻きで反応するだけだ。
 アレクシスは時折りこうやって返事も碌にしないほど物思いに耽ることがあるが、大抵二、三時間で元通りになる。そしてその思索中に思いついた新たな事業のアイデアをダンカンに書き留めさせ、実行に移すのだ。そうやってとんでもない利益を出してきた。

 こういう時はそっとしておくに限る。ダンカンは一人納得し、午前中は急ぎの予定が入っていないことを頭の中で確認した。

「……バリー」
「何でございましょう」

 おや。今回はやけに早く「こちら側」に戻ってきたものだ。
 ダンカンは部屋の隅に控えていたメイドに部屋を出るよう目で合図をしてから、主に向き直った。
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