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小説
ご破算(ごはさん)で願いましては
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ご破算(ごはさん)で願いましては
江戸の町にひっそりと佇む「青竹屋」は、町の人々にとって特別な場所だった。表向きは古道具屋だが、そこでは不思議な商品が時折並ぶことがあり、常連客からは「願いごと屋」と呼ばれていた。
店主の村田嘉兵衛(むらた かへい)は、年齢不詳の老人で、いつも薄く微笑みながら店を営んでいた。彼の店には、ただの古道具が並んでいるわけではない。たとえば、飾りのついた竹の笛、古い筆、すり切れた帯など、何気ない物の中に、たまに特別な力が宿っていると言われていた。
その日も、一人の若い男が「青竹屋」の扉を開けた。
「いらっしゃいませ。」
声が響いたのは、店主の嘉兵衛の低い声だった。若者は少し戸惑いながら店内に足を踏み入れた。
「すみません、こちらで…お願い事を聞いてもらえると聞いて…」
「ふむ、そうか。頼みたいことがあるのだな。」嘉兵衛はその男の目をじっと見つめると、にっこりと微笑んだ。「どうやら、君は願いを叶えて欲しいようだな。」
男は小さく頷いた。「家族のことで、どうしても解決できない問題があって…」
「なるほど。」嘉兵衛は男の話を促すように、軽く手を振った。「それなら、まずはこれを見てごらん。」そう言って、彼は棚から一つの木箱を取り出した。箱の中には、数枚の古い和紙が入っている。その上には、いくつかの漢字が筆で書かれていた。
「これは?」男は興味津々に尋ねた。
「『ご破算(ごはさん)で願いましては』。これを使えば、君の望む未来を切り開けるだろう。」嘉兵衛の声には、どこか神秘的な響きがあった。
「ご破算?」男はその言葉に心当たりがなかった。「それは…どういう意味ですか?」
「『破算』とは、元々の数を崩すこと。つまり、過去の計算をリセットして、新たに始めることだ。」嘉兵衛は箱の中から一枚の和紙を取り出し、男の目の前に差し出した。「これを使うことで、過去の出来事に縛られることなく、未来に向けて新しいスタートを切ることができる。だが、注意が必要だ。」
男はその和紙を手に取った。紙は驚くほど薄く、わずかな湿り気を感じるほどだった。
「注意とは?」
「それは、この『ご破算』を使うことが決して軽いことではないということだ。」嘉兵衛は語気を強めた。「君が過去をリセットすることで、未来は確かに変わる。しかし、その代償は必ずある。どんなに小さなことでも、リセットした過去には必ず影響がある。」
男は和紙をじっと見つめた。それはただの古道具に過ぎないようにも見えたが、嘉兵衛の言葉が重く響いてきた。
「僕がリセットしたいのは、家族のことです。父と母がずっと言い争っていて…それが僕の心を締めつけているんです。」男は声を震わせながら話した。「でも、このままだと、どんなに僕が努力しても、彼らの争いは終わらない。どうしても、何かを変えたくて。」
「君の心情はよくわかる。」嘉兵衛はゆっくりと頷いた。「だが、その『破算』には、君が考える以上の深い意味がある。家族の過去を変えることは、簡単ではない。しかし、それを背負って進む覚悟があるのか?」
男はしばらく黙っていた。父と母の争いは、もはや彼自身の胸の中にまで影響を及ぼしていた。自分が何度も仲裁しようとしても、どこかで無力感を感じていた。
「僕は…覚悟があります。」男は決意を固めた。「僕が変わらなければ、何も始まらないと思います。」
「では、これを持っていきなさい。」嘉兵衛は再び木箱を開け、一枚の和紙を男に手渡した。「ただし、使用する際には、この言葉を心に刻んでおくがいい。『ご破算で願いましては』。すべての過去をリセットする覚悟があるのなら、これを使いなさい。」
男は和紙をしっかりと握りしめ、深く頭を下げた。「ありがとうございます。必ず、僕の家族を変えてみせます。」
嘉兵衛は静かに見守っていた。男が店を出て行くと、彼はゆっくりと立ち上がり、窓から外を見つめた。月が静かに空に浮かんでいる。彼の目には、男の未来がどのように展開するのか、もう見えていた。
数日後、男は再び「青竹屋」を訪れた。その顔には、どこか深い安堵の表情が浮かんでいた。
「市村さん、ありがとうございました。父と母が、あれから言い争うことがなくなりました。むしろ、今ではお互いに感謝し合っているようです。」
男は和紙を手に持ちながら、感謝の言葉を述べた。
「それは良かった。」嘉兵衛は静かに答えた。「だが、覚えておきなさい。過去をリセットすることはできても、未来に向かって進む道は君自身が決めることだ。」
男は黙って頷いた。彼が手にした和紙は、もはやただの古道具ではなく、彼自身の人生に大きな影響を与えたものになっていた。
「ありがとうございます。僕は、これからも自分の足でしっかりと歩んでいきます。」
「それでこそ、君の願いが叶ったと言えるのだ。」嘉兵衛は微笑んだ。「どんな過去があっても、未来を切り開く力は、君自身の中にある。」
男は静かに店を出て行った。そして、嘉兵衛は再び座り、店内の静寂に耳を傾けながら、次に訪れる人を待った。
「ご破算で願いましては」――過去を背負いながらも、未来に向かって歩み続ける覚悟を持つ者に、確かな道が開かれることを、嘉兵衛は信じていた。
江戸の町にひっそりと佇む「青竹屋」は、町の人々にとって特別な場所だった。表向きは古道具屋だが、そこでは不思議な商品が時折並ぶことがあり、常連客からは「願いごと屋」と呼ばれていた。
店主の村田嘉兵衛(むらた かへい)は、年齢不詳の老人で、いつも薄く微笑みながら店を営んでいた。彼の店には、ただの古道具が並んでいるわけではない。たとえば、飾りのついた竹の笛、古い筆、すり切れた帯など、何気ない物の中に、たまに特別な力が宿っていると言われていた。
その日も、一人の若い男が「青竹屋」の扉を開けた。
「いらっしゃいませ。」
声が響いたのは、店主の嘉兵衛の低い声だった。若者は少し戸惑いながら店内に足を踏み入れた。
「すみません、こちらで…お願い事を聞いてもらえると聞いて…」
「ふむ、そうか。頼みたいことがあるのだな。」嘉兵衛はその男の目をじっと見つめると、にっこりと微笑んだ。「どうやら、君は願いを叶えて欲しいようだな。」
男は小さく頷いた。「家族のことで、どうしても解決できない問題があって…」
「なるほど。」嘉兵衛は男の話を促すように、軽く手を振った。「それなら、まずはこれを見てごらん。」そう言って、彼は棚から一つの木箱を取り出した。箱の中には、数枚の古い和紙が入っている。その上には、いくつかの漢字が筆で書かれていた。
「これは?」男は興味津々に尋ねた。
「『ご破算(ごはさん)で願いましては』。これを使えば、君の望む未来を切り開けるだろう。」嘉兵衛の声には、どこか神秘的な響きがあった。
「ご破算?」男はその言葉に心当たりがなかった。「それは…どういう意味ですか?」
「『破算』とは、元々の数を崩すこと。つまり、過去の計算をリセットして、新たに始めることだ。」嘉兵衛は箱の中から一枚の和紙を取り出し、男の目の前に差し出した。「これを使うことで、過去の出来事に縛られることなく、未来に向けて新しいスタートを切ることができる。だが、注意が必要だ。」
男はその和紙を手に取った。紙は驚くほど薄く、わずかな湿り気を感じるほどだった。
「注意とは?」
「それは、この『ご破算』を使うことが決して軽いことではないということだ。」嘉兵衛は語気を強めた。「君が過去をリセットすることで、未来は確かに変わる。しかし、その代償は必ずある。どんなに小さなことでも、リセットした過去には必ず影響がある。」
男は和紙をじっと見つめた。それはただの古道具に過ぎないようにも見えたが、嘉兵衛の言葉が重く響いてきた。
「僕がリセットしたいのは、家族のことです。父と母がずっと言い争っていて…それが僕の心を締めつけているんです。」男は声を震わせながら話した。「でも、このままだと、どんなに僕が努力しても、彼らの争いは終わらない。どうしても、何かを変えたくて。」
「君の心情はよくわかる。」嘉兵衛はゆっくりと頷いた。「だが、その『破算』には、君が考える以上の深い意味がある。家族の過去を変えることは、簡単ではない。しかし、それを背負って進む覚悟があるのか?」
男はしばらく黙っていた。父と母の争いは、もはや彼自身の胸の中にまで影響を及ぼしていた。自分が何度も仲裁しようとしても、どこかで無力感を感じていた。
「僕は…覚悟があります。」男は決意を固めた。「僕が変わらなければ、何も始まらないと思います。」
「では、これを持っていきなさい。」嘉兵衛は再び木箱を開け、一枚の和紙を男に手渡した。「ただし、使用する際には、この言葉を心に刻んでおくがいい。『ご破算で願いましては』。すべての過去をリセットする覚悟があるのなら、これを使いなさい。」
男は和紙をしっかりと握りしめ、深く頭を下げた。「ありがとうございます。必ず、僕の家族を変えてみせます。」
嘉兵衛は静かに見守っていた。男が店を出て行くと、彼はゆっくりと立ち上がり、窓から外を見つめた。月が静かに空に浮かんでいる。彼の目には、男の未来がどのように展開するのか、もう見えていた。
数日後、男は再び「青竹屋」を訪れた。その顔には、どこか深い安堵の表情が浮かんでいた。
「市村さん、ありがとうございました。父と母が、あれから言い争うことがなくなりました。むしろ、今ではお互いに感謝し合っているようです。」
男は和紙を手に持ちながら、感謝の言葉を述べた。
「それは良かった。」嘉兵衛は静かに答えた。「だが、覚えておきなさい。過去をリセットすることはできても、未来に向かって進む道は君自身が決めることだ。」
男は黙って頷いた。彼が手にした和紙は、もはやただの古道具ではなく、彼自身の人生に大きな影響を与えたものになっていた。
「ありがとうございます。僕は、これからも自分の足でしっかりと歩んでいきます。」
「それでこそ、君の願いが叶ったと言えるのだ。」嘉兵衛は微笑んだ。「どんな過去があっても、未来を切り開く力は、君自身の中にある。」
男は静かに店を出て行った。そして、嘉兵衛は再び座り、店内の静寂に耳を傾けながら、次に訪れる人を待った。
「ご破算で願いましては」――過去を背負いながらも、未来に向かって歩み続ける覚悟を持つ者に、確かな道が開かれることを、嘉兵衛は信じていた。
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