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一算ごめい

一算ごめい

江戸のとある町に、「一算ごめい」と呼ばれる噂の算術師がいた。その名は市村修吾。まだ三十代半ばの若い男だが、彼の頭脳明晰さと解決能力には誰もが舌を巻くほどだった。

「市村さん、どうかこれを解いてください！」

ある日、町娘のおつねが涙を浮かべながら修吾の元を訪れた。彼女は懐から一枚の帳簿を取り出すと、それを彼の机に置いた。帳簿には数多くの借金と収支が記されており、膨大な数字の羅列が目を引く。

「父が亡くなり、家業を継ぎましたが、どうにも帳簿が合わないんです。手伝ってくださらなければ、私たちの店は潰れてしまいます！」

修吾はその帳簿をじっと見つめた。瞬時に計算の軸を見極め、問題の根幹を探ろうとする目が鋭く光る。

「ふむ、どうやらこれは単なる計算ミスではない。誰かが意図的に帳簿をごまかしている可能性がありますね。」

修吾はそう言うと、懐から算木を取り出し、目の前で鮮やかに動かし始めた。その音と動きは美しい旋律のようで、見る者を魅了するほどだった。

「一算ごめい」とは、修吾の異名であり、その名の通り、彼が一度算術に取り組めばどんな複雑な問題も五分以内に解き明かしてしまうという意味だ。今日もまた、彼の頭脳が火花を散らす。

約五分後、修吾は帳簿を置き、にっこりと笑みを浮かべた。

「おつねさん、あなたの店の従業員の一人が金を横領しています。名前は『仁吉』、この数字の流れからそう結論付けられます。」

「えっ…仁吉さんが…？そんなはずは…！」

おつねは目を見開いたが、修吾の指摘した証拠を目の当たりにすると、信じざるを得なかった。彼女は店に戻り、仁吉を問い詰めたところ、彼は観念して横領を認めた。修吾の推理と算術が真実を暴いたのだ。

「市村さん、本当にありがとうございました！おかげで店を守ることができました。」

後日、おつねは再び修吾を訪ね、感謝の言葉を伝えた。しかし、修吾は微笑むだけであった。

「算術というのは、単なる数字の計算ではありません。人の心を見通す力でもあるのです。」

そう言って、彼はまた次の相談者を迎える準備を始めた。

その後、修吾の「一算ごめい」の名はますます広まり、町中の人々が彼に助けを求めるようになった。修吾は自分の才能を誇ることなく、ただ黙々と人々の問題を解き続けた。

だが、彼の人生に転機が訪れるのは、ある夜、藩の役人が彼のもとを訪ねてきたときだった。

「市村殿、あなたの力が必要です。藩内で重大な不正が発覚しましたが、誰が主犯か分かりません。この問題を解決できるのは、あなたしかいません。」

修吾は深く息を吸い込むと、静かに答えた。

「分かりました。お力になりましょう。ただし、この問題は簡単にはいかないでしょう。一算五分で解決できる保証はありません。」

こうして、修吾の知恵と算術がさらなる試練に挑むこととなった。だが、彼の信念は揺るがなかった。

「算術は、人々の未来を切り開くための道具である。私はその道を、最後まで進むのみ。」

「一算ごめい」、その名の通り、一つの算術が人々の運命を救う物語は、これからも続いていくのであった。