日本史

春秋花壇

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第四章 室町時代

観阿弥

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観阿弥(かんあみ、1333年~1384年)は、日本の南北朝時代から室町時代にかけて活躍した猿楽師であり、観世流の創始者です。

観阿弥は、それまで素朴な芸能であった猿楽に、夢幻的な要素を取り入れて「能楽」へと発展させた人物として知られています。

代表的な作品としては、「松羽目物」と呼ばれる「羽衣」、「松風」、「嵐山」などがあり、現在でも能楽の演目として親しまれています。

観阿弥は、優れた演技者であると同時に、優れた演出家でもありました。彼は、舞台装置や衣装、音楽などを効果的に活用することで、観客を魅了する舞台を作り上げました。

また、観阿弥は、能楽の理論書である「風姿花伝」を著しています。この書物は、能楽の演技方法や精神性について記されており、今日でも能楽の重要な指針となっています。

観阿弥の息子である世阿弥は、父の跡を継いで観世流をさらに発展させ、能楽を完成の域にまで高めました。

観阿弥と世阿弥親子は、日本の伝統芸能である能楽を創始し、発展させた功労者として、高く評価されています。

観阿弥の生涯については、多くの謎に包まれています。出生については諸説あり、晩年もまた、越後国に流罪されたという説と、京都で隠居したという説があります。

しかし、観阿弥が能楽に与えた功績は計り知れません。彼は、能楽を日本の伝統芸能として確立した人物として、これからも高く評価され続けるでしょう。


***


「観阿弥(かんあみ)」という言葉は、能楽の舞台において、舞台上にいる俳優がその場にいない役柄の動きや心情を見聞きするという、一種の演出技法を指します。能楽の舞台では、一つのシーンで登場人物が複数いる場合がありますが、その中で舞台上にいない役柄の動きや心情も表現する必要があります。そのため、俳優たちは舞台上にいない役柄の動きや心情を、間近で観察することで理解し、それを自分の演技に反映させる必要があります。

「観阿弥」とは、このような俳優たちが舞台上にいない役柄の動きや心情を観察することを指し、その情景を鮮明に想像し、演技に生かすことを意味します。この技法によって、能楽の舞台において、登場人物たちの心情や関係性がより深く、リアルに表現されます。観阿弥は、能楽の舞台芸術において重要な演技技法の一つとされています。
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