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春秋花壇

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「だーいすき♡」

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「だーいすき♡」

「いつもありがとう、だーいすき♡」と、画面には可愛らしいハートマークと共にメッセージが表示されている。

日常の中でよく見かける、ありふれた言葉。それなのに、これを送った瞬間、彼女の心には一瞬だけ重い沈黙が訪れた。言葉を発するのは簡単だ。だが、その背後にある感情を伝えることは、いつだって難しい。

千夏はスマホの画面をじっと見つめた。送信ボタンを押してしまった今、その文字はもう戻ってこない。彼の手元に届いたその瞬間、彼がどう思うかを考えると、胸の内がぎゅっと締めつけられるような感覚がした。

「だーいすき♡」という言葉は、あまりにも軽い。でも、それがどうしても伝えたかった気持ちだった。表面的には愛らしくて、何の変哲もない言葉。だけど、それを打ち込んでいる間、彼女は何度も躊躇した。言葉の裏に隠された感情は、もっと深く、もっと複雑なものだったからだ。

彼との関係は、どこか曖昧だった。友達以上恋人未満。決して表立っては「付き合っている」と言えるようなものではない。彼は優しかったし、いつも千夏のことを気にかけてくれた。けれど、その優しさが本当に彼の心の奥底から湧き上がっているのか、それともただの表面的なものなのか、千夏には分からなかった。

出会いは、大学のキャンパスだった。人混みの中で偶然ぶつかり、彼の落とした本を拾ってあげた時のことを、今でもはっきりと覚えている。それから、自然と話すようになり、気がつけば毎日のようにメッセージを送り合う仲になっていた。

彼はいつも「ありがとう」と言ってくれる人だった。それは小さなことでも、大きなことでも変わらない。千夏が彼にお弁当を作ってあげた時も、彼が千夏の忘れ物を取りに行ってくれた時も、いつだって感謝の言葉を忘れない。

「ありがとう」と言われる度に、千夏の心には温かさが広がる。だけど、その感謝の言葉がいつしか重く感じるようになっていった。

「ありがとう」の先にあるものが知りたい。

その言葉だけで終わらせたくなかった。

彼の「ありがとう」が、ただの礼儀としての言葉なのか、それとも彼自身が心から感じているものなのか。彼の心の中を、もっと深く知りたい。彼が何を思い、どう感じているのか、そしてその感情に自分がどれだけ関わっているのか。

だからこそ、今日のメッセージにはいつもとは違う意味を込めた。

スマホが震え、彼から返信が来たことを知らせる。千夏の胸は高鳴る。急いで画面を見ると、短い返事がそこに表示されていた。

「こちらこそ、いつもありがとう😊」

それだけだった。いつも通りの軽い返事に、千夏は少しだけ肩を落とした。

だが、何かを期待していた自分がいることに気づき、そんな自分に少しだけ腹が立った。何を期待していたのか?「だーいすき♡」に対して、同じ言葉を返して欲しかったのか?それとも、もっと何か特別な言葉が欲しかったのだろうか。

千夏はため息をつき、スマホを机に置いた。彼は優しい。でも、そこには「何か」が足りない。それは、お互いに踏み込んでいない領域。千夏が一歩を踏み出そうとしても、彼はいつも軽くかわしてしまう。

彼は本当に、自分のことをどう思っているんだろう?

次の日、彼と会う約束をしていた。カフェで待ち合わせて、いつものように他愛もない話をする。だが、千夏はその日は違う気持ちで臨んだ。

「昨日のメッセージ、見た?」千夏は勇気を振り絞って、彼にそう聞いた。

「うん、見たよ。千夏って、可愛いこと言うよね。」彼は笑顔で答えた。

その笑顔を見た瞬間、千夏の心の中にあったモヤモヤが一気に爆発した。

「可愛いとか、そういうのじゃなくて……本気で言ってるんだけど。」彼女の言葉は震えていた。

彼は一瞬、表情を変えた。そして、いつもの軽い口調を少しだけ変えた。

「千夏、もしかして悩んでる?」

その問いに、千夏は何も言えなかった。悩んでいる、そう言いたかった。でも、何に悩んでいるのか、自分でも整理できなかったのだ。結局のところ、彼の優しさの本当の意味を知りたい。それだけが心の中に残っていた。

「ごめん、変なこと言って。でも、なんかずっと分からなくて……私、あなたのことが本当に好きなの。だけど、あなたはどう思ってるのか……分からなくて……。」

千夏の言葉に、彼はしばらく黙っていた。重い沈黙が二人の間に広がった。

やがて彼は、深く息を吸い込んでから言った。

「千夏のこと、俺も大事に思ってるよ。ただ……それをどう表現したらいいか分からなくて。『ありがとう』しか言えない自分が情けないんだ。」

その言葉を聞いた瞬間、千夏の胸に暖かいものが広がった。彼の言葉は不器用で、完璧ではなかったけれど、そこには本当の気持ちがあった。

千夏は微笑んで、そっと彼の手を握った。

「それで十分だよ。ありがとう、私のことを大切に思ってくれて。」

彼の手の温もりが、千夏の心を包んでくれた。








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