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孤独な冒険者の日誌

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「孤独な冒険者の日誌」

ミルクはログイン画面をぼんやりと見つめていた。いつもなら、冒険の舞台へ飛び込む期待感で胸が高鳴るはずの瞬間だが、今日は何かが違う。心が空っぽのまま、無意識に指先で操作する。その手に、冒険への情熱はもうないのかもしれないと、ふと思った。

「何のために、また戻ってきたんだろう…」

ゲームの世界は、かつては彼女の居場所だった。現実の孤独や不安を忘れ、仲間と共に広大なフィールドを駆け巡り、強大なモンスターに立ち向かう瞬間は、まさに生きている実感を与えてくれるものだった。

しかし、今は違う。ミルクの心は虚無に包まれ、ログインしても誰も声をかけてくれる人はいなかった。以前はフレンドリストに名前が並び、常に誰かと一緒に冒険に出ていたが、今ではそれも少なくなり、たまに「オンライン」表示がある程度だった。

「誰もいない…」

そう呟いて、ふと届いた荷物に目を向けた。北海道から届いたロイスのチョコレート。いつも一緒に冒険していたゲーム仲間からの贈り物だった。彼は、ミルクがこの孤独に苛まれていることを知っているのだろうか。もしかしたら、ただの気まぐれかもしれない。それでも、彼女にとってはその小さな贈り物がほんの少しだけ心を暖かくした。

「ありがとう…でも、私は何が欲しかったんだろう?」

ミルクはチョコレートの包みを開け、小さな一粒を口に運んだ。濃厚な甘さが口の中に広がるが、それでも心の中の虚しさは埋まらない。

冒険者の日誌
ミルクはふと思い出した。かつて、自分の冒険日誌を書いていた頃のことを。冒険の記録を綴り、仲間との出会いや成長、困難を乗り越えた瞬間を言葉にしていた。日誌はただの記録ではなく、彼女の心の拠り所だった。そこには彼女の夢や希望、そして喜びが詰まっていた。

しかし、今その日誌は、もうほとんど更新されていない。書いても反応は少なく、コメントや「いいね!」もほとんどつかない。SNSの世界で、彼女は再び自分の存在が希薄になっていくのを感じた。かつては、日誌を通して仲間と繋がっている実感があったのに、今はその繋がりすら感じられなくなっている。

「冒険な日誌を書いてる人なんて、もういないのかな…」

かつてはたくさんの冒険者が自分の物語を綴っていた。しかし、時代が変わり、人々はもっと早く、もっと短く、瞬間的に満足できるものを求めるようになった。彼女の日誌も、かつては数十の「いいね!」がついていたのに、今ではその数は一桁に落ち込んでいた。

満たされない心
「私の満足が壊れているのかな?」

ミルクはそう考えずにはいられなかった。何をしても、何を手にしても、心が満たされることはない。ログインしても、話す相手がいない。ただ、広大な世界に一人取り残されている気分だった。

かつては、たとえ誰もいなくても自分の冒険を楽しんでいた。新しい場所を探索し、隠されたアイテムを見つけ、強力な敵に挑むことが楽しかった。しかし、今ではそれすらも色あせて見える。

「さみしいな…」

ミルクは心の中で繰り返しそう呟いた。彼女は何を求めていたのか、何のためにこのゲームに戻ってきたのか。もしかしたら、ただ誰かと繋がりたかっただけなのかもしれない。

孤独の中で
その夜、ミルクはゲームの世界でただひとり、月の光が降り注ぐ丘の上に座っていた。目の前には広大な風景が広がっている。かつては、この景色を仲間と一緒に眺めたことがあった。笑い声が響き、喜びと興奮がその場に満ちていた。

「誰か、私の声を聞いてくれる人はいないかな…」

静かな夜風が彼女の頬を撫でる。ミルクは自分の存在が、まるでこの広大な世界の一部として消えていくかのような感覚に襲われた。誰かに話しかけたい、でも話す相手がいない。その現実が、彼女をますます孤独に追い込んでいく。

ログアウトするべきか、それともこのまま続けるべきか。ミルクは、しばらく考えた後、ゆっくりと立ち上がった。

「それでも、私は冒険を続けるんだ…」

誰もいなくても、話す相手がいなくても、彼女は再び歩き出す。冒険は彼女自身のためのもの。誰かに見てもらうためではなく、自分自身の心を満たすために。たとえその満足が一時的であっても、彼女は前に進むことを決めた。

ミルクは丘の上から走り出し、再び広大な世界へと飛び込んだ。









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