季節の織り糸

凍蝶（いてちょう）2月2日

凍蝶（いてちょう）

春の息吹が、かすかに、そこに感じられるようになった。

二月二日。冬の寒さはまだ残っているけれど、空はどこまでも澄み渡り、陽光が雪に反射して、まるで世界全体が淡い光を帯びているようだ。隣家の庭では、待ち焦がれていたように、早咲きの梅がほころび始めた。その芳しい香りが、静かな風に乗って、そっと私の鼻をかすめる。

それでも、世界はまだ冬の中にいる。

青写真のような冬の空の下、大地は雪に覆われ、白一色に染まっている。音といえば、時折、屋根から雪が落ちる、ぽとり、という小さな音くらい。すべてが静寂に包まれ、まるで時が止まってしまったかのように感じられる。

今日は節分。夜になれば、追儺の火が焚かれ、鬼を追い払う声が響くだろう。人々は冬の終わりを祝い、春の到来を待ち望む。けれど今は、静けさの中、すべての命が、来るべき春をじっと待っている。

凍てついた滝のそばでは、鴨たちが身を寄せ合っている。冷たい水面には薄氷が張り、滝から流れ落ちる水も、心細いほど細くなっている。それでも彼らは、じっと寒さに耐えながら、力強く生きている。春が来ることを、知っているかのように。

私は厚手の手袋をはめた手で、自分の指をこすり合わせる。寒さで感覚がなくなってきた。そんな時、ふと足元に目をやると、雪の上に小さな影が落ちているのが見えた。

蝶だ。

小さな、小さな、黒い影。冬の蝶だろうか。それとも、秋の名残が今頃になって姿を現したのだろうか。

そっとしゃがみこみ、かじかむ指先で蝶を拾い上げた。その小さな体は、まるで氷のように冷たい。生きているのか、それとももう……。それさえ、わからないほどだった。

けれど、その姿は、まるで春を待ち望むように、じっと静かに、そこに横たわっていた。

家に戻り、蝶をそっと手のひらで包み込む。暖房の効いた部屋は、外とはまるで別の世界のようだった。手袋を外し、ゆっくりと息を吹きかける。

すると、かすかに、本当にわずかに、蝶の翅が震えた気がした。

「……生きている？」

そっと蝶をテーブルの上に置き、小さな箱に薄い布を敷いて、その中へ蝶を入れた。しばらくじっと見守っていると、蝶はかすかに翅を動かし、ゆっくりと、閉じていた翅を開いた。そして、また閉じた。

その動きは、とても緩慢で、まるで長い眠りから目覚めるようだった。

生きている。

たったそれだけのことなのに、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。

夜が訪れた。

豆をまき、恵方巻を食べる。新海苔の香ばしい香りが部屋いっぱいに広がる。遠くから冬雲雀の鳴き声が聞こえ、夜空には凍星が瞬いている。

窓辺に蝶を運び、そっと手を開いた。

蝶は一瞬、ためらうようにじっとしていた。冬の寒さが、まだその体に染みついているのかもしれない。

「大丈夫。もうすぐ春が来るよ」

私はそう囁いた。蝶に聞こえたかどうかはわからない。それでも、この小さな命が、どうか春を迎えることができますように、と心から願った。

その時、ふわりと、蝶が翅を動かした。

そして、次の瞬間。

光の中へと、舞い上がった。

白い雪の中を、黒い蝶がひらりひらりと舞う。その姿は、まるで冬の終わりを告げているようだった。

冬は、厳しく、長い。

けれど、どんなに凍てついた世界でも、春は必ず訪れる。寒さに耐え、静かに息づく命がある限り、春の光は、決して遠くはない。

私はもう一度、空を見上げた。

冬牡丹が、冷たい風の中で凛と咲いている。あの蝶と同じように、厳しい冬を乗り越え、春を待ち続けているのだ。

私もまた、春を信じて、歩み続けよう。

たとえ今は、冷たい風に身を縮める日々が続いたとしても、やがて暖かな日差しが降り注ぐ時が来る。その日まで、希望を胸に、前を向いて生きていこう。

凍てついた蝶が、私に教えてくれた。

春は、必ずやってくる。

だから、私は希望を捨てない。

春を信じて、待ち続けよう。

やがて、暖かな春の陽光が、私を包み込む時が来るまで。

その時まで、私は、力強く生きよう。

冬の寒さに負けずに、春を待ち続けよう。

凍てつく蝶のように、私もまた、春に向かって、羽ばたこう。

(了)


2月2日

春　隣

青写真

雪

追　儺

鴨

凍　滝

鴨

雪

富士山（冬）

あかぎれ

凍　蝶

新海苔

冬雲雀

凍　星

冬牡丹

富士山（冬)

凍　蝶