季節の織り糸

春秋花壇

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冬の海 1月23日

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冬の海

しんしんと降り積もる雪は、容赦なく世界を白く塗り込めていく。凍てつくような冷たい風は、容赦なく海の向こうから吹きつけ、肌を刺すように鋭く感じる。あたり一面が白一色に包まれ、冬の訪れを肌で感じる中、雪を踏みしめながら歩く一人の女性がいた。名は雪乃。北海道の、ひっそりと静まり返った小さな漁村に住んでいる。

深く悴(かじか)んだ手を交互に温めながら、雪乃は足元の雪に埋もれるように、ゆっくりと歩みを進めていた。寒さが肌を刺すのは当然だったが、それ以上に、雪乃の心を占めていたのは、冬の海が彼女に与えてくれる、静かで深い安らぎだった。

「冬の海は、いつもこうだわ…」と、雪乃は小さく呟いた。冬の海は、時に荒々しく牙を剥き、時に息を潜めるように静まり返る。その冷たい静寂に包まれていると、まるで時間が止まってしまったかのような、不思議な錯覚を覚える。

街灯もなく、雪明かりだけが頼りの漁村の道を歩いていると、雪乃は遠くに小さな影を見つけた。目を凝らすと、それは雪で作られたかまくらだった。そのかまくらの姿に、雪乃の心の中に、幼い頃の記憶が鮮やかに蘇ってきた。かつて、この村では大寒(だいかん)を迎える頃になると、村の子どもたちが集まってかまくらを作り、中で温かいお茶を飲んだり、歌を歌ったりして過ごすのが、冬の一番の楽しみだった。しかし、大人になるにつれて、いつの間にかその光景も途絶えてしまった。

かつては、子どもたちの歓声と笑顔で溢れていた大きなかまくら。そこで交わされた温かい会話、分け合ったおやつ、そして無邪気な笑い声。今、その場所には誰もいない。冬の海は昔と変わらずそこにあるのに、人々の温かさだけが、時の流れと共に過ぎ去ってしまった。

雪乃は目を閉じ、遠い日の記憶に静かに浸りながら、雪の中に半分埋もれたかまくらの跡をじっと見つめていた。「今年もまた、あの時のようにみんなで…」と、言葉が口をついて出そうになったが、すぐに飲み込んだ。今、ここにいるのは一人だけ。冬の海と、しんしんと雪が降り続ける静かな村だけが、今の雪乃の世界だった。

雪乃が再び歩き始めると、空から白いものがちらちらと舞い始めた。風花(ふうか)だ。冬の冷たい風に吹かれて、まるで白い花びらが舞い落ちるように、儚くも美しい光景が広がっていた。風花は、寒風に揺れながらも、どこか温かさを秘めているように見えた。

「こんな厳しい寒さの中でも、花が咲くこともあるんだ…」と、雪乃は小さく微笑んだ。その微笑みに呼応するように、雪乃の心の中に、ほんのりと温かいものが広がっていくのを感じた。

さらに歩みを進めると、雪乃は道端にひっそりと咲く臘梅(ろうばい)の花に目を留めた。黄色く小さな花は、降り積もる雪の中で、まるで小さな灯火のように輝いている。臘梅は、冬の厳しい寒さをじっと耐え忍び、春の訪れを待ちわびている。その健気な姿を見ていると、雪乃は勇気づけられるような気持ちになった。「私も、この花のように強く生きられるだろうか…」と、雪乃は心の中でそっと呟いた。

ふと顔を上げると、遠くの空を鷹(たか)が悠々と舞っているのが見えた。冷たい風を受けながら、力強く羽ばたくその姿は、冬の厳しい空の中でも、確かな生命力を感じさせた。雪乃はその鷹の姿に、自分の中にまだ残っている、小さな希望の光を重ね合わせていた。「どんなに寒くても、前を向いて歩いていかなければ…」と、雪乃は自分に言い聞かせるように、小さな声で呟いた。

村に戻る途中、雪乃は古びた茶の花(ちゃのはな)の木を見つけた。まだ固い蕾をつけた茶の木は、春の訪れをじっと待っているようだった。雪乃はその蕾を優しく見つめながら、今はまだ見えないけれど、必ず訪れるであろう春を信じて、再び歩き出した。

家に帰り着くと、温かい火鉢の前に座り、悴んだ手をかざしながらゆっくりと息を吐いた。外の厳しい寒さが、家の中の暖かさをより一層際立たせているように感じた。

「根雪(ねゆき)が解けるまでには、まだしばらく時間がかかるだろう。でも、あの臘梅の花のように、私もこの冬を乗り越えれば、きっと春が来る…」雪乃はそう思いながら、火鉢の温かさに身を委ね、静かな夜を迎えた。

雪は依然として降り続き、時折風が強く吹くこともあったが、雪乃は冷たい空気の中に、確かに温かさを感じていた。それは、過ぎ去った日々の中で育まれた大切な思い出、そして今、目の前に広がる雄大な自然から受け取る、力強いエネルギーだった。

冬の海の静寂、風花や臘梅の力強い生命力に触れる中で、雪乃は少しずつ、過去の悲しみを乗り越え、前を向いて歩き出そうとしていた。厳しい寒さの中でも、春を待つ希望を胸に抱きながら。千枚漬(せんまいづけ)の塩味が、遠い記憶を呼び起こす。蒲団(ふとん)の温かさが、明日への力を与えてくれる。寒泳(かんえい)をする人の姿を想像し、その力強さに勇気づけられる。寒薔薇(かんそうび)は、雪の下で春を待っている。日脚伸ぶ(ひあしのぶ)を感じ、春の訪れを確信する。骨正月は過ぎ、日常が戻ってきた。マスク(ますく)の下で、雪乃は静かに微笑んだ。


1月23日

水 仙

かまくら

冬の海

冬 海

大 寒

スケート

風 花

臘 梅

冬 日

悴 む





枯 葎

姫 椿

北海道

茶の花



根 雪
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