281 / 359
霜柱 1月14日
しおりを挟む
霜柱
2025年1月14日。凍えるような寒さが肌を刺す朝、庭は一面、霜柱で覆われていた。土を持ち上げ、針のように林立する氷の結晶は、朝日を受けてキラキラと輝き、踏みしめるごとにザクザクと乾いた音を立てる。前日の雪が薄く残る庭のあちこちには、雪吊りを施された木々が、重たい雪の重みに耐えるように静かに佇んでいた。雪をまとった縄は、まるで墨で描かれた線描のようで、冬の庭に静かな趣を添えている。
その庭の一角には、蝋梅と唐梅が寄り添うように咲いていた。透き通るような黄色い花弁が、蝋細工のように光を反射する蝋梅。白く可憐な花を咲かせ、かすかな甘い香りを漂わせる唐梅。寒空の下、それぞれの花が控えめに、しかし確実に春の訪れを告げている。蝋梅の甘い香りは、冷たい空気の中にほんのりと漂い、凍てつく空気にわずかな温かさを与えていた。
庭を見下ろす古い日本家屋の一室で、一人の老人が座っていた。名は宗太郎。彼は俳句を嗜み、この季節になると庭の景色を眺めながら句を詠むのが日課となっていた。今日は特に、俳人・与謝蕪村の忌日、蕪村忌である。宗太郎は、使い込まれた蕪村の句集を手に取り、静かにページをめくっていた。古びた紙の匂いと、墨の香りが、宗太郎の記憶を呼び起こす。
外では、冬鳥たちが寒そうに木々の間を飛び交っている。乾いた羽音が、冬の静けさを一層際立たせる。時折、遠くの森から梟の低い鳴き声が聞こえてくる。その声は、遠い記憶の底から響いてくる子守唄のようだった。
宗太郎は、蕪村の句をいくつか諳んじた後、庭の景色に目を戻した。霜柱の立つ地面、雪を被った木々、そして蝋梅と唐梅。それらの景色が、彼の心の中に様々な思いを呼び起こす。かつて、この庭で子供たちと雪合戦をした日のこと、妻と二人で梅の花を愛でた日のこと。過ぎ去った日々が、走馬灯のように蘇る。
「雪解けて 村いっぱいの 子供かな」
蕪村の有名な句が、宗太郎の口から静かに出た。雪解けを待ちわびる子供たちの、歓声が聞こえてくるようだ。泥だらけになって駆け回る姿、春の陽光を浴びて輝く笑顔。宗太郎は、遠い昔、自分も同じように雪解けを待ちわびていたことを思い出した。今の庭は雪に覆われ、子供の姿はない。しかし、春になれば、この庭もまた賑やかになるだろう。霜柱の下から、新しい命が芽吹き出すように。
宗太郎は、懐手をして、目を閉じた。蕪村が生きた時代、そして今の時代。時間は流れ、人の姿は変わっても、自然の営みは変わらない。冬が来て、春が来る。その繰り返しのなかで、人々は生きていく。世代を超えて、同じ季節を共有し、記憶を紡いでいく。まるで、一本の糸が、何世代にも渡って織り込まれていくように。
庭の隅には、田鳧が降りてきていた。冬の田んぼで見られる鳥だ。宗太郎は、小さな鳥が寒さに耐えながら、懸命に餌を探している姿をじっと見つめていた。その姿は、厳しい時代を生き抜いてきた自分と重なるようだった。
日が傾き始め、冬日が庭を優しく照らしていた。霜柱は少しずつ溶け始めている。溶けた霜柱の跡には、湿った土が見えていた。宗太郎は、温かいお茶を飲みながら、再び蕪村の句集を開いた。
「春の海 ひねもすのたりのたりかな」
穏やかな春の海を詠んだ句。冬の寒さとは対照的な、暖かくのどかな情景が目に浮かぶ。宗太郎は、春の訪れを待ちわびる気持ちを新たにしていた。それは、単に季節の変わり目を待つだけでなく、新しい希望、新しい出会いを待ちわびる気持ちでもあった。
夕食後、宗太郎は再び庭に出た。あたりはすっかり暗くなり、月明かりが雪を照らしていた。霜柱は再び凍りつき、地面は白く輝いている。冷たい空気が肺を満たし、吐く息が白く立ち上る。
宗太郎は、今日一日を振り返っていた。蕪村の句を読み、庭の景色を眺め、冬の自然と向き合った一日。それは、彼にとって特別な時間だった。過ぎ去った時間、大切な記憶、そして未来への希望。それらは全て、「季節の織り糸」によって繋がっているのだと、宗太郎は感じていた。
明日は、寺で寒念仏が行われる。厳しい寒さの中で念仏を唱えることで、心身を清め、新年を迎える準備をする行事だ。宗太郎も参加するつもりだ。冷たい空気の中で、人々の祈りの声が響き渡るだろう。それは、冬の寒さを乗り越え、春を待ちわびる、人々の力強い生命の歌声となるだろう。
夜空には、満月が輝いていた。静かで冷たい光が、雪野を照らし出している。宗太郎は、月を見上げながら、静かに呟いた。
「冬来たりなば春遠からじ。」
厳しい冬の後には、必ず春が来る。それは、自然の摂理であり、希望の光だ。そのことを信じて、宗太郎は静かに家の中に戻っていった。彼の心には、蝋梅の甘い香りと、春への確かな期待が残っていた。
1月14日
霜 柱
蝋梅・唐梅
冬 鳥
臘 梅
雪
冬 芽
雪 吊
冬 日
懐 手
田 鳧
霜 柱
正 月
寒念仏
梟
蝋梅・唐梅
蕪村忌
2025年1月14日。凍えるような寒さが肌を刺す朝、庭は一面、霜柱で覆われていた。土を持ち上げ、針のように林立する氷の結晶は、朝日を受けてキラキラと輝き、踏みしめるごとにザクザクと乾いた音を立てる。前日の雪が薄く残る庭のあちこちには、雪吊りを施された木々が、重たい雪の重みに耐えるように静かに佇んでいた。雪をまとった縄は、まるで墨で描かれた線描のようで、冬の庭に静かな趣を添えている。
その庭の一角には、蝋梅と唐梅が寄り添うように咲いていた。透き通るような黄色い花弁が、蝋細工のように光を反射する蝋梅。白く可憐な花を咲かせ、かすかな甘い香りを漂わせる唐梅。寒空の下、それぞれの花が控えめに、しかし確実に春の訪れを告げている。蝋梅の甘い香りは、冷たい空気の中にほんのりと漂い、凍てつく空気にわずかな温かさを与えていた。
庭を見下ろす古い日本家屋の一室で、一人の老人が座っていた。名は宗太郎。彼は俳句を嗜み、この季節になると庭の景色を眺めながら句を詠むのが日課となっていた。今日は特に、俳人・与謝蕪村の忌日、蕪村忌である。宗太郎は、使い込まれた蕪村の句集を手に取り、静かにページをめくっていた。古びた紙の匂いと、墨の香りが、宗太郎の記憶を呼び起こす。
外では、冬鳥たちが寒そうに木々の間を飛び交っている。乾いた羽音が、冬の静けさを一層際立たせる。時折、遠くの森から梟の低い鳴き声が聞こえてくる。その声は、遠い記憶の底から響いてくる子守唄のようだった。
宗太郎は、蕪村の句をいくつか諳んじた後、庭の景色に目を戻した。霜柱の立つ地面、雪を被った木々、そして蝋梅と唐梅。それらの景色が、彼の心の中に様々な思いを呼び起こす。かつて、この庭で子供たちと雪合戦をした日のこと、妻と二人で梅の花を愛でた日のこと。過ぎ去った日々が、走馬灯のように蘇る。
「雪解けて 村いっぱいの 子供かな」
蕪村の有名な句が、宗太郎の口から静かに出た。雪解けを待ちわびる子供たちの、歓声が聞こえてくるようだ。泥だらけになって駆け回る姿、春の陽光を浴びて輝く笑顔。宗太郎は、遠い昔、自分も同じように雪解けを待ちわびていたことを思い出した。今の庭は雪に覆われ、子供の姿はない。しかし、春になれば、この庭もまた賑やかになるだろう。霜柱の下から、新しい命が芽吹き出すように。
宗太郎は、懐手をして、目を閉じた。蕪村が生きた時代、そして今の時代。時間は流れ、人の姿は変わっても、自然の営みは変わらない。冬が来て、春が来る。その繰り返しのなかで、人々は生きていく。世代を超えて、同じ季節を共有し、記憶を紡いでいく。まるで、一本の糸が、何世代にも渡って織り込まれていくように。
庭の隅には、田鳧が降りてきていた。冬の田んぼで見られる鳥だ。宗太郎は、小さな鳥が寒さに耐えながら、懸命に餌を探している姿をじっと見つめていた。その姿は、厳しい時代を生き抜いてきた自分と重なるようだった。
日が傾き始め、冬日が庭を優しく照らしていた。霜柱は少しずつ溶け始めている。溶けた霜柱の跡には、湿った土が見えていた。宗太郎は、温かいお茶を飲みながら、再び蕪村の句集を開いた。
「春の海 ひねもすのたりのたりかな」
穏やかな春の海を詠んだ句。冬の寒さとは対照的な、暖かくのどかな情景が目に浮かぶ。宗太郎は、春の訪れを待ちわびる気持ちを新たにしていた。それは、単に季節の変わり目を待つだけでなく、新しい希望、新しい出会いを待ちわびる気持ちでもあった。
夕食後、宗太郎は再び庭に出た。あたりはすっかり暗くなり、月明かりが雪を照らしていた。霜柱は再び凍りつき、地面は白く輝いている。冷たい空気が肺を満たし、吐く息が白く立ち上る。
宗太郎は、今日一日を振り返っていた。蕪村の句を読み、庭の景色を眺め、冬の自然と向き合った一日。それは、彼にとって特別な時間だった。過ぎ去った時間、大切な記憶、そして未来への希望。それらは全て、「季節の織り糸」によって繋がっているのだと、宗太郎は感じていた。
明日は、寺で寒念仏が行われる。厳しい寒さの中で念仏を唱えることで、心身を清め、新年を迎える準備をする行事だ。宗太郎も参加するつもりだ。冷たい空気の中で、人々の祈りの声が響き渡るだろう。それは、冬の寒さを乗り越え、春を待ちわびる、人々の力強い生命の歌声となるだろう。
夜空には、満月が輝いていた。静かで冷たい光が、雪野を照らし出している。宗太郎は、月を見上げながら、静かに呟いた。
「冬来たりなば春遠からじ。」
厳しい冬の後には、必ず春が来る。それは、自然の摂理であり、希望の光だ。そのことを信じて、宗太郎は静かに家の中に戻っていった。彼の心には、蝋梅の甘い香りと、春への確かな期待が残っていた。
1月14日
霜 柱
蝋梅・唐梅
冬 鳥
臘 梅
雪
冬 芽
雪 吊
冬 日
懐 手
田 鳧
霜 柱
正 月
寒念仏
梟
蝋梅・唐梅
蕪村忌
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
ギリシャ神話
春秋花壇
現代文学
ギリシャ神話
プロメテウス
火を盗んで人類に与えたティタン、プロメテウス。
神々の怒りを買って、永遠の苦難に囚われる。
だが、彼の反抗は、人間の自由への讃歌として響き続ける。
ヘラクレス
十二の難行に挑んだ英雄、ヘラクレス。
強大な力と不屈の精神で、困難を乗り越えていく。
彼の勇姿は、人々に希望と勇気を与える。
オルフェウス
美しい歌声で人々を魅了した音楽家、オルフェウス。
愛する妻を冥界から連れ戻そうと試みる。
彼の切ない恋物語は、永遠に語り継がれる。
パンドラの箱
好奇心に負けて禁断の箱を開けてしまったパンドラ。
世界に災厄を解き放ってしまう。
彼女の物語は、人間の愚かさと弱さを教えてくれる。
オデュッセウス
十年間にも及ぶ流浪の旅を続ける英雄、オデュッセウス。
様々な困難に立ち向かいながらも、故郷への帰還を目指す。
彼の冒険は、人生の旅路を象徴している。
イリアス
トロイア戦争を題材とした叙事詩。
英雄たちの戦いを壮大なスケールで描き出す。
戦争の悲惨さ、人間の業を描いた作品として名高い。
オデュッセイア
オデュッセウスの帰還を題材とした叙事詩。
冒険、愛、家族の絆を描いた作品として愛される。
人間の強さ、弱さ、そして希望を描いた作品。
これらの詩は、古代ギリシャの人々の思想や価値観を反映しています。
神々、英雄、そして人間たちの物語を通して、人生の様々な側面を描いています。
現代でも読み継がれるこれらの詩は、私たちに深い洞察を与えてくれるでしょう。
参考資料
ギリシャ神話
プロメテウス
ヘラクレス
オルフェウス
パンドラ
オデュッセウス
イリアス
オデュッセイア
海精:ネーレーイス/ネーレーイデス(複数) Nereis, Nereides
水精:ナーイアス/ナーイアデス(複数) Naias, Naiades[1]
木精:ドリュアス/ドリュアデス(複数) Dryas, Dryades[1]
山精:オレイアス/オレイアデス(複数) Oread, Oreades
森精:アルセイス/アルセイデス(複数) Alseid, Alseides
谷精:ナパイアー/ナパイアイ(複数) Napaea, Napaeae[1]
冥精:ランパス/ランパデス(複数) Lampas, Lampades

聖書
春秋花壇
現代文学
愛と癒しの御手
疲れ果てた心に触れるとき
主の愛は泉のごとく湧く
涙に濡れた頬をぬぐい
痛む魂を包み込む
ひとすじの信仰が
闇を貫き光となる
「恐れるな、ただ信じよ」
その声に応えるとき
盲いた目は開かれ
重き足は踊り出す
イエスの御手に触れるなら
癒しと平安はそこにある
日本史
春秋花壇
現代文学
日本史を学ぶメリット
日本史を学ぶことは、私たちに様々なメリットをもたらします。以下、そのメリットをいくつか紹介します。
1. 現代社会への理解を深める
日本史は、現在の日本の政治、経済、文化、社会の基盤となった出来事や人物を学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、現代社会がどのように形成されてきたのかを理解することができます。
2. 思考力・判断力を養う
日本史は、過去の出来事について様々な資料に基づいて考察する学問です。日本史を学ぶことで、資料を読み解く力、多様な視点から物事を考える力、論理的に思考する力、自分の考えをまとめる力などを養うことができます。
3. 人間性を深める
日本史は、過去の偉人たちの功績や失敗、人々の暮らし、文化などを学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、人間としての生き方や価値観について考え、人間性を深めることができます。
4. 国際社会への理解を深める
日本史は、日本と他の国との関係についても学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、国際社会における日本の役割や責任について理解することができます。
5. 教養を身につける
日本史は、日本の伝統文化や歴史的な建造物などに関する知識も学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、教養を身につけることができます。
日本史を学ぶことは、単に過去を知るだけでなく、未来を生き抜くための力となります。
日本史の学び方
日本史を学ぶ方法は、教科書を読んだり、歴史小説を読んだり、歴史映画を見たり、博物館や史跡を訪れたりなど、様々です。自分に合った方法で、楽しみながら日本史を学んでいきましょう。
まとめ
日本史を学ぶことは、私たちに様々なメリットをもたらします。日本史を学んで、自分の視野を広げ、未来を生き抜くための力をつけましょう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる