季節の織り糸

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冬の訪れ 12月19日

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冬の訪れ

12月19日。初霜が降り、大地は薄氷に包まれていた。木枯らしが吹き抜ける中、貴族の娘リヴィアは古城の中庭を歩いていた。彼女の肩には古びたショールが掛けられ、寒さに耐えきれず何度もくしゃみをしていた。

「リヴィア様、こんな寒空の下で何をされているのです?」

声をかけたのは庭師のルイスだった。彼は冬の空を背景に、遠くからも一目でわかる逞しい姿で立っていた。彼の胸には鮪漁師を思わせる太陽に焼けた肌があり、貴族の生活にはない力強さが漂っていた。

「あなたには関係ないわ。」

リヴィアは冷たく言い放ったものの、ルイスの優しげな瞳に一瞬心が揺らいだのを自覚していた。

中世ヨーロッパのこの地では、冬になると街の広場に「社会鍋」が設置され、貧しい人々に温かいスープが振る舞われた。師走の寒さが厳しいこの日は、多くの人々が火鉢を囲み、凍える手を温めながら助け合っていた。

リヴィアはその光景を見下ろす塔の窓から、心に小さな罪悪感を抱いていた。城で守られた彼女の生活は、貧困や苦しみとは無縁だった。しかし、彼女が知る限りただ一人、そんな庶民の生活と繋がる男がいた。それがルイスだった。

「名草枯る」という言葉が似合うほど、庭園の花々はすっかり姿を失っていた。リヴィアは、幼いころに父と植えた枯山吹の枝に手を伸ばした。父を失ってから、彼女の心はいつも孤独だった。

「その花はまた春に咲きますよ。」

背後から聞こえたのは、再びルイスの声だった。驚き振り返ると、彼は股引を履き、薪を運んできたところだった。

「春なんて、私には意味がないわ。」

「どうしてです?」

ルイスは荷を下ろし、じっと彼女を見つめた。その瞳は冬の日のように冷たくも暖かい光を宿していた。

その夜、ルイスが火鉢を修理している間、リヴィアは彼に問いかけた。

「あなたはどうしてこの城に仕えるの?」

「それが私の務めだからです。ですが……本当は別の理由もあります。」

「別の理由?」

ルイスは少しだけ視線を下げ、言葉を選ぶように話した。

「リヴィア様、あなたがここにいらっしゃるからです。」

その一言に、リヴィアの心は大きく揺れた。彼女は貴族、彼は庭師。決して交わるはずのない身分差が、二人の間に暗い影を落としていた。しかし、その瞬間、彼女の中に小さな灯がともった。

翌朝、初霜に覆われた枯田を見ながら、リヴィアは決意した。彼女は城を出て、街の広場に向かった。社会鍋の周りには、冬の蝶のように儚い笑顔を浮かべる人々がいた。彼女はその輪の中に身を置き、初めて貧しい人々の現実に触れた。

その夜、ルイスが再びリヴィアのもとを訪れた。

「あなたは何を考えているのです?貴族の身で、あんな場所に!」

「私が何をしたかなんて、関係ないわ。ただ、私は知りたかったの。」

ルイスはため息をつき、リヴィアの手をそっと取った。

「あなたが望むなら、私はどこへでもお連れします。」

その後、二人は密かに城を抜け出し、旅に出た。冬の空の下、狼の遠吠えを聞きながら、リヴィアは初めて自由を感じていた。

旅の途中で見つけた枯蓮の湖のほとりで、ルイスが言った。

「いつか春が来たら、この湖にも花が咲きます。そして、その時もあなたと一緒にいたい。」

リヴィアは微笑み、そっと彼の手を握り返した。

「春を待つわ、一緒に。」

寒さに震えながらも、二人の心には確かな温もりが宿っていた。


12月19日

初 霜



師 走

社会鍋・慈善鍋

名草枯る

火 鉢

枯 田

木 枯

冬 日

くさめ

くしゃみ

冬の蝶



冬の空

枯 蓮

枯山吹

股 引
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