季節の織り糸

春秋花壇

文字の大きさ
上 下
246 / 359

菰巻きの季節

しおりを挟む
菰巻きの季節

秋の空が澄み渡り、少し肌寒く感じるようになったころ、村の広場には穏やかな風が吹いていた。その風は、木々の葉を揺らし、枯葉を舞い上げながら、山々の間をぬけていった。まさに、菰巻きの季節の到来を告げるような風であった。

村には代々続く伝統があり、菰巻きもその一つだった。江戸時代から続くこの風習は、木々に住む害虫を駆除し、松や杉の木を守るための大切な手立てであった。年に一度、秋が深まるとともに村人たちは集まり、木々に「こも」を巻きつける準備を始める。

「今年も無事に菰巻きをできるな。」村長の岩田さんが、肩を叩きながら言った。彼の言葉には、この伝統行事に対する深い愛情が込められていた。

「そうですね。」私、泉も微笑みながら答える。「毎年この時期が来ると、少し切ない気持ちになりますね。木々が寒さを乗り越えるための準備をしているのを見ると。」

私の家では、父が毎年この菰巻きを行っていた。父は村の中でも有名な木こりで、松や杉を育てるのが得意だった。私も幼い頃から、父の手伝いをしながら菰巻きのやり方を学んだ。何度も手を痛めながら、藁を編み込み、木の幹に巻きつける。そのたびに、木の幹があたかも新しい服を着たかのように見える瞬間が好きだった。

「今年もお前の出番だな。」父が声をかけてきた。その顔にはいつもの優しい笑みが浮かんでいた。

「はい、頑張ります!」私は気合を入れて答える。

その日の作業は、村の人々と協力して進められた。みんなで藁を編み、松や杉の幹に巻きつけていく。高さ1.2メートルあたりで、しっかりと巻きつけていくのだが、その作業は意外にも細かい気配りが必要だった。藁をきつく編んでいかないと、害虫が中に入り込んでしまうからだ。村の男たちは手際よく作業を進めていき、私たち子供たちはその手伝いをしていた。

「これで、冬を越せるな。」父が言った。私はその言葉を聞いて、心の中で木々に感謝の気持ちを込めた。菰巻きはただの作業ではなく、木々に命を与える儀式のようなものだったからだ。

「そうだな。」岩田さんが頷く。「この作業で、木々が無事に冬を乗り越えることができる。そして、春が来る頃にはまた新たな命を育んでくれるだろう。」

夕暮れ時、作業が終わると、みんなで温かいお茶を飲みながら一息ついた。空は美しいオレンジ色に染まり、山々がその光を反射して輝いていた。村の人々は、互いに手を取り合い、笑い合いながら一年の終わりを感じていた。

「これで、また春に来る新しい芽を楽しみに待とう。」父がしみじみと語りかけると、私も頷きながら心の中でその言葉を繰り返した。

その後、私たちは「こも」を巻いた木々を見守る役目を果たした。冬の寒さが厳しくなり、村は静かな時を迎える。夜は星空が広がり、寒さに包まれた村の中で、木々は黙ってその時を過ごしていた。まるで私たちの手を借りて守られているように、木々は耐えているのだろう。

数ヶ月後、春が訪れると、私は再びその木々を見に行った。雪が溶けて水流が増し、空気が新たな生命を感じさせる時期だ。松や杉の木々は、無事に冬を越し、新しい芽を芽吹かせていた。その姿を見たとき、私は心の中で深く感謝の気持ちを込めた。

菰巻きは、ただの害虫駆除の方法ではない。それは自然と人々が共に生き、支え合うための大切な儀式であり、命を守るための手段なのだ。父が教えてくれたその意味を、私は今、しっかりと受け止めている。

そして、来年の秋にはまた、私はその作業を手伝い、木々に感謝の気持ちを込めて菰巻きを行うだろう。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

春秋花壇
現代文学
注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

生きる

春秋花壇
現代文学
生きる

憂鬱症

九時木
現代文学
憂鬱な日々

陽だまりの家

春秋花壇
現代文学
幸せな母子家庭、女ばかりの日常

ギリシャ神話

春秋花壇
現代文学
ギリシャ神話 プロメテウス 火を盗んで人類に与えたティタン、プロメテウス。 神々の怒りを買って、永遠の苦難に囚われる。 だが、彼の反抗は、人間の自由への讃歌として響き続ける。 ヘラクレス 十二の難行に挑んだ英雄、ヘラクレス。 強大な力と不屈の精神で、困難を乗り越えていく。 彼の勇姿は、人々に希望と勇気を与える。 オルフェウス 美しい歌声で人々を魅了した音楽家、オルフェウス。 愛する妻を冥界から連れ戻そうと試みる。 彼の切ない恋物語は、永遠に語り継がれる。 パンドラの箱 好奇心に負けて禁断の箱を開けてしまったパンドラ。 世界に災厄を解き放ってしまう。 彼女の物語は、人間の愚かさと弱さを教えてくれる。 オデュッセウス 十年間にも及ぶ流浪の旅を続ける英雄、オデュッセウス。 様々な困難に立ち向かいながらも、故郷への帰還を目指す。 彼の冒険は、人生の旅路を象徴している。 イリアス トロイア戦争を題材とした叙事詩。 英雄たちの戦いを壮大なスケールで描き出す。 戦争の悲惨さ、人間の業を描いた作品として名高い。 オデュッセイア オデュッセウスの帰還を題材とした叙事詩。 冒険、愛、家族の絆を描いた作品として愛される。 人間の強さ、弱さ、そして希望を描いた作品。 これらの詩は、古代ギリシャの人々の思想や価値観を反映しています。 神々、英雄、そして人間たちの物語を通して、人生の様々な側面を描いています。 現代でも読み継がれるこれらの詩は、私たちに深い洞察を与えてくれるでしょう。 参考資料 ギリシャ神話 プロメテウス ヘラクレス オルフェウス パンドラ オデュッセウス イリアス オデュッセイア 海精:ネーレーイス/ネーレーイデス(複数) Nereis, Nereides 水精:ナーイアス/ナーイアデス(複数) Naias, Naiades[1] 木精:ドリュアス/ドリュアデス(複数) Dryas, Dryades[1] 山精:オレイアス/オレイアデス(複数) Oread, Oreades 森精:アルセイス/アルセイデス(複数) Alseid, Alseides 谷精:ナパイアー/ナパイアイ(複数) Napaea, Napaeae[1] 冥精:ランパス/ランパデス(複数) Lampas, Lampades

日本史

春秋花壇
現代文学
日本史を学ぶメリット 日本史を学ぶことは、私たちに様々なメリットをもたらします。以下、そのメリットをいくつか紹介します。 1. 現代社会への理解を深める 日本史は、現在の日本の政治、経済、文化、社会の基盤となった出来事や人物を学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、現代社会がどのように形成されてきたのかを理解することができます。 2. 思考力・判断力を養う 日本史は、過去の出来事について様々な資料に基づいて考察する学問です。日本史を学ぶことで、資料を読み解く力、多様な視点から物事を考える力、論理的に思考する力、自分の考えをまとめる力などを養うことができます。 3. 人間性を深める 日本史は、過去の偉人たちの功績や失敗、人々の暮らし、文化などを学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、人間としての生き方や価値観について考え、人間性を深めることができます。 4. 国際社会への理解を深める 日本史は、日本と他の国との関係についても学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、国際社会における日本の役割や責任について理解することができます。 5. 教養を身につける 日本史は、日本の伝統文化や歴史的な建造物などに関する知識も学ぶ学問です。日本史を学ぶことで、教養を身につけることができます。 日本史を学ぶことは、単に過去を知るだけでなく、未来を生き抜くための力となります。 日本史の学び方 日本史を学ぶ方法は、教科書を読んだり、歴史小説を読んだり、歴史映画を見たり、博物館や史跡を訪れたりなど、様々です。自分に合った方法で、楽しみながら日本史を学んでいきましょう。 まとめ 日本史を学ぶことは、私たちに様々なメリットをもたらします。日本史を学んで、自分の視野を広げ、未来を生き抜くための力をつけましょう。

聖書

春秋花壇
現代文学
愛と癒しの御手 疲れ果てた心に触れるとき 主の愛は泉のごとく湧く 涙に濡れた頬をぬぐい 痛む魂を包み込む ひとすじの信仰が 闇を貫き光となる 「恐れるな、ただ信じよ」 その声に応えるとき 盲いた目は開かれ 重き足は踊り出す イエスの御手に触れるなら 癒しと平安はそこにある

老人

春秋花壇
現代文学
あるところにどんなに頑張っても報われない老人がいました

処理中です...