季節の織り糸

春秋花壇

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白粉婆の夜

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『白粉婆の夜』

寒さが肌を刺す深夜、山間の小さな集落は静まり返っていた。村の家々は明かりを消し、風が吹き抜ける音だけが耳に残る。若い女性、沙織は一人、冬の冷え込む部屋で毛布にくるまっていた。

「また雪が降るのかな…」

沙織は窓の外を見た。雪が舞い落ちる中、遠くに人影が見える。それは、古びた和服を着た老婆だった。

「こんな時間に…?」

老婆はゆっくりと村の方向に歩いてくる。その姿は何か奇妙で、白く塗られた顔が月明かりに浮かび上がっていた。

訪問者
その夜、沙織の家の扉が軽く叩かれた。

「こんな時間に誰?」

恐る恐る扉を開けると、そこにはあの老婆が立っていた。顔には真っ白な白粉が厚く塗られており、笑みとも不気味な表情とも取れる口元が浮かんでいる。

「寒かろう。少し休ませておくれ。」

老婆の声は低く、どこか湿り気を帯びていた。沙織は警戒しながらも、老人を追い返すのは忍びなく、家に招き入れた。

「お茶でもお持ちしますね。」

沙織が台所に向かうと、背後から老婆の声が響く。

「若い肌だねぇ。白粉をつければもっと美しくなるよ。」

振り返ると、老婆は懐から取り出した小瓶を沙織に差し出した。中には純白の粉が入っている。

「これを顔に塗ると、雪のように美しくなれる。試してごらん。」

沙織は笑顔を作りながら断ろうとしたが、老婆の目は鋭く、断ることができなかった。

白粉の効果
部屋の鏡の前で、沙織は老婆から受け取った白粉を恐る恐る顔に塗った。冷たく、異様に滑らかな感触が肌を覆う。

「本当にこれで美しくなるのかな…」

塗り終えた瞬間、沙織の顔は透き通るような白さに変わった。まるで陶器の人形のようだ。

「これ、すごい…」

鏡に映る自分の姿に驚いたが、同時に胸の奥に違和感が広がった。肌がひどく冷え込み、感覚が麻痺していくようだった。

振り返ると、老婆は笑っていた。その笑顔は裂けるように広がり、声が低く囁いた。

「美しさの代償、それは魂だよ。」

襲い来る恐怖
突然、沙織の体が動かなくなった。肌が石のように硬直し、血の気が引いていく。

「あなた、何を…?」

老婆は沙織の顔に手を伸ばし、冷たい指先で白粉を撫でた。

「これで永遠に美しくなれる。その代わり、お前の魂はこの雪とともに凍りつくのさ。」

老婆の顔が異様に近づく。その瞳には無数の雪景色が広がり、そこには老婆に捕らえられた若い女性たちの姿が浮かんでいた。

命をかけた抵抗
沙織は必死に体を動かそうとしたが、冷たさが徐々に心臓に迫ってきた。

「負けるものか…!」

最後の力を振り絞り、沙織は老婆の手を払いのけた。そして、近くにあった熱いお茶の入った湯のみを老婆に投げつけた。

老婆は叫び声を上げ、白粉が溶けるように剥がれ落ちた。剥がれた顔の下から現れたのは、ただの骸骨だった。老婆は雪の中に消え、沙織の体は次第に元に戻った。

朝の静けさ
翌朝、村はいつもの静けさを取り戻していた。沙織の部屋には、老婆の白粉の瓶が残されていたが、中身はただの雪に変わっていた。

沙織はそれをそっと外に持ち出し、雪に埋めた。

「美しさなんて、自分の心次第だわ。」

その日から、沙織は自分の素顔を大切にするようになった。そして、あの白粉婆の噂を語り継ぐことで、村の若い女性たちを守ることに決めたのだった。

終わり







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