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冬半ばの恋 12月7日

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冬半ばの恋

12月7日、空はどこまでも透き通るように青く、北風が寒さを運んでいた。冬の波の音が遠くから聞こえてくる。街角には凩が舞い、白い綿虫が風に揺られながら舞い落ちる。落ち葉が通りに積もり、時折、冬の空に薄曇りの雲が広がる。日はすぐに短くなり、昼が名残惜しそうに終わりを迎える。その日は、神楽月の静けさが感じられるひとときだった。

小町(こまち)は、暖かいカフェの窓際で、ぼんやりと外の景色を眺めていた。冬の空気が肌を刺すようで、寒さを感じるたびに、ふっと息を吐き出していた。周りは静かで、都会の喧騒がどこか遠くに感じられる。しかし、その静けさの中にひとつ、確かなものがあった。それは、目の前に座る彼—藍沢(あいざわ)だった。

藍沢と出会ったのは、ちょうど冬の始まりだった。彼は小町が通うカフェの常連客で、毎日のように同じ時間に現れる。最初はお互いに目を合わせることもなく、ただ静かにコーヒーを飲むだけだった。だが、ある日、小町がカフェの外で落ち葉を掃いていると、藍沢がやって来て、ふと「寒いですね」と声をかけてきた。その言葉がきっかけで、二人は少しずつ会話を交わすようになった。

それから数週間、小町は藍沢と過ごす時間が少しずつ増えていった。冬の空の下、温かなカフェで交わす何気ない会話が、心地よいものだった。彼の落ち着いた声、深い瞳の中に浮かぶ柔らかな表情が、小町の心を少しずつ溶かしていった。

「今日は寒いですね。」藍沢がゆっくりと話し始めた。

小町は手元のカップを軽く回しながら答える。「ええ、こんなに寒いと、外に出るのが億劫になります。」

藍沢は少し笑って、「でも、冬の景色も悪くないですよね。落ち葉が舞う風景や、寒いからこそ感じる温もりとか。」とつぶやいた。その言葉に、小町は思わず彼を見つめた。

藍沢はいつも静かで落ち着いていて、どこか優しさに満ちた雰囲気があった。しかし、彼の目の奥には何か複雑なものを感じ取ることができた。それが何かは分からなかったが、彼と過ごす時間が心地よかっただけに、どうしてもその不安を感じてしまう自分がいた。

ある日、藍沢がふと話し始めた。

「小町さん、実は僕、少し前に大きな変化があったんです。」

小町は驚き、彼の顔を見つめた。藍沢は一瞬言葉を止め、しばらく黙ってから続けた。「私はある場所で働いていたんですけど、最近、辞めることにしました。理由は色々あるんですが、どうしても自分のやりたいことを見つけたくて。」

その瞬間、小町は彼の眼差しに何か深い思いを感じた。それは迷い、そして覚悟のようなものだった。藍沢が言葉を続ける前に、小町は軽くうなずき、優しく言った。「それは…すごく勇気のいる決断だったのでしょうね。」

藍沢は笑みを浮かべ、「でも、今は自分の時間を大切にしたいと思っています。冬の寒さが教えてくれるように、時間が止まったような感覚を大切にして。」と語った。

その夜、小町は藍沢の言葉が頭から離れなかった。彼が過去に何を経験したのか、なぜあのように静かな表情をしているのか、それが気になって仕方なかった。しかし、同時に彼の言葉には心がほっとするような温かさも感じられた。

数日後、藍沢から手紙が届いた。封を開けると、彼の字で書かれた温かな言葉が並んでいた。

「小町さんへ。君との時間が、僕にとってとても大切なものになっています。冬の冷たさの中でも、君と過ごす時間が、僕にとっての温もりです。これからも少しずつ、君と共に歩んでいきたいと思っています。」

その言葉に、小町は胸がいっぱいになった。藍沢の言葉には、彼が本当に心を開こうとしていることが伝わってきた。そして、彼の過去を知らないままでいることに少しだけ不安を覚えながらも、今はただ彼との未来を信じたいと思った。

冬が深まり、年の瀬が近づく頃、二人はまたカフェで会うことになった。外の景色は変わらず、凩が舞い、落ち葉が道を埋め尽くしていた。小町は藍沢の前に座り、静かにコーヒーをすすりながら言った。

「藍沢さん、私はあなたと一緒にいる時間がとても幸せです。」

藍沢は少し驚いたように見つめた後、優しく微笑んだ。「僕も、同じ気持ちです。」

その瞬間、二人は何も言わず、ただ静かな時間を共有した。冬の冷たい風がカフェの窓を震わせる中で、彼らの心は温かくつながっていた。

そして、次第に冬が過ぎ、春が近づく頃、二人はもうお互いの存在を欠かせないものとして感じていた。彼の過去も未来も、今では重要ではない。ただ、二人が共に過ごすこの時間が、どれほど価値のあるものかを感じていた。

その日のカフェでのひとときは、彼らの新しい物語の始まりを告げるものだった。


12月7日





時 雨

冬の波

綿 虫

落 葉

十二月

冬の空

日の短か

神楽月

北 風

綿 虫

冬 帝

年木積む

温暖化

落 葉

冬紅葉

冬半ば

大 根
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